59話 盗み聞き
「陛下、そこまでお怒りになられなくとも」
「貴様らは、城に影響はないと言っていた。それがどうだ? 大規模な崩落が起こり、城の設計を見直す必要が出てくるほどだ!」
話しているのは、身分の高そうな高齢の男性と、角を生やした妙齢の女性。
黙ったまま二人に付き従う者は、武装している様子からして護衛。
やりとりを見る限り、怒っている男性が前王のようだ。
「ダンジョンというものは、制御が困難でして」
「それならそうと、最初から言えばいいものを。このような状況になると知っていたら、許可なぞ出さなかったというのに」
前王は近くの椅子に勢いよく座ると、近くの棚からワインとグラスを取り出して飲み始める。
おかげで少しは落ち着いたのか、さっきよりは怒りが弱まった。
「ふん、魔族とやらも大したことはないのだな」
「お戯れを……」
魔族という単語が出てくるので、盗み聞きしているリリィは首をかしげるが、まさか質問するわけにもいかない。
静かに、目の前で行われるやりとりを見続ける。
「とりあえず、そなたら魔界の者との計画は白紙に戻す。今回は大事に至らなかったが、都市一つが呑み込まれる事態になりかねん」
「今回の一件は、我々の不徳の致すところでございます。次はもっと小規模で安全なものを進めることにします」
角の生えた女性が頭を下げることで、前王の怒りはだいぶ消えたようで、ため息と舌打ちのあと次の話題に進む。
「で、あれはどうなっている?」
「どれのことでしょう?」
「若返る魔導具のことだ。実験はどうだ」
「あれは、陛下と同じ血を持つ方でないと効果がありません」
「そうか。罪人で効果が出れば楽だったのだが。やはり、ロジーヌを使うしかないか」
「しかし、陛下もなかなかに非道でございますね。自らの孫を利用されるというのは」
「王家に、獣人の血を引く者は不要だ。とはいえ、殺したり追放するのはもったいない。有効活用しなくてはならん」
幼い孫をいったい何に利用するというのか。
物騒な話が行われる中、ワインの入ったグラスを揺らしながら、前王は顔をしかめる。
「諸外国から多くの賓客が訪れた。そんな中、アルヴァ王国は醜態を晒してしまった。当初の予定以上に。この落とし前はどうしてくれる?」
「……こちら側の計画を後回しにしてでも、陛下の計画を優先します。これにより、隣国からいくらかの土地を奪い、王国の領土を増やせるかと」
「そうか。戦争にはならぬよう気をつけるのだぞ」
戦争せずに領土を手に入れるつもりのようだが、その鍵を握っているのは魔界の魔族のようだ。
これはあとでオーウェンに色々聞いてみようと考えるリリィだったが、その時、城がわずかに揺れて傾く。
城の内部にある地面に大きな穴が空き、あちこちが破壊されているため、支える部分が耐えきれなくなっている。
そのためリリィの上にある本が落ちると、透明化しているリリィの頭にぶつかり、跳ね返った。
「何者かが潜んでいるようだ」
「陛下、ここは我々にお任せを」
「とりあえず、どの計画よりも城の修復が先だ。いいな」
前王はさっさと部屋を出ていき、あとは魔族の女性と護衛らしき男性が残る。
「出てきなさい。出てこないなら、斬る」
「閣下。ネズミは一匹とは限りませぬ」
「そうね。他への警戒をお願い」
もはや、何事もなく脱出するのは不可能になった。
扉の前には護衛が立っているため通れない。
かといって、窓は開けた瞬間に攻撃が来るので難しい。
もはや一戦を交えないといけないわけだが、相手の実力は未知数。
武器を用いた戦闘はどれくらい強いのか、魔法は使用できるのか。
リリィが考えていると、大きなベッドが動き始めた。
「むっ!?」
透明化したオーウェンが持ち上げているのだろうが、魔族の女性と護衛の男性には、いきなりベッドが動いたようにしか見えない。
「どりゃあああ!」
叫び声と共にベッドは投げ飛ばされ、護衛と扉を巻き込んで通路の向こう側に。
「まさか、透明化の魔導具!?」
ガギン!
火花が散った。
透明なオーウェンが振るった剣を、魔族の女性が咄嗟に防いだのだ。
だが、蹴飛ばされて壁にぶつかる。
その瞬間、リリィは扉を目指して駆け出した。
「よし、部屋を出たな。現地解散だ。無事を祈る」
少し声を変えて話すオーウェンであり、透明なままどこかへ走り去っていく。
リリィも逃げ出すが、一つ問題があった。
城の内部に詳しくないのだ。
どこにどう通路と階段があるのか知らないため、迷ってしまう。
「曲者が入り込んだぞー!」
「……どうしよ」
ベッドを投げ飛ばして扉を破壊などすれば、当然ながら見張りの兵士は異常に気づく。
すぐに他の兵士が呼ばれ、時間が経つほどに脱出は難しくなり、捕まる可能性が高まる。
リリィはとにかく下を目指すが、兵士の集団が移動するせいで、なかなか降りる機会が来ない。
「……透明になれる時間が」
なんとか二階部分にまで来たが、様々な扉の前に兵士が数人ずつ立っていた。
侵入者は透明になれる。
その情報が広まっているため、一人がやられてもすぐ対応できるよう、扉の守りを固めてあるわけだ。
透明になれる時間にも制限がある。
このままでは捕まるのも時間の問題なため、リリィは焦り始めた。
「各員、油断するな! 相手は大きなベッドを投げ飛ばせる怪力を持っている。さらには透明になれる魔導具の持ち主でもある。全力で警戒せよ! 時間が経てば侵入者の姿は現れる!」
どこもかしこもピリピリしている。
王都を揺るがす異変が起き、それが解決してからまだそれほど時間が経っていない。
使用人らしき者が出入りする際、兵士が色々と確認してからようやく移動できるという有り様。
「大変です! 西棟において透明な何者かから襲撃を受けたとの報告が!」
「なんたることか。しかし、ここの人員は動かせん。修復作業を手伝っている魔術師を動かすしかない」
外に繋がる場所は、封鎖されていると考えていい。これに魔術師が加われば、危険性は高まる。
とにかく人のいないところを探し、身を隠さないといけない。
とはいえ、どこに行けばいいのか。
しばらく移動し続けたリリィは、とある場所で足を止める。
「あれ? ここって……」
なんとなく見覚えのある場所。
少しすると思い出す。
ソフィアに会いに来た時、ここを通って王女のいる部屋に入ったことを。
辺りを見れば、兵士はなぜかここにはいない。
大きな扉をリリィが弱くノックすると、ソフィアが現れる。
「ん? 誰もいない?」
「あのー」
「……っ!」
見えない相手から声をかけられたことで、ソフィアは驚くが、声を出したりはしなかった。
「この声は……なるほど、そういうことですか」
「中に入っても?」
「少し待ってください。ロジーヌ王女に聞きます」
数秒後、なんともいえない表情でソフィアが戻ってくる。
「あなたが入ってもいいか聞くと、すぐに頷きました。くれぐれも失礼のないように」
「気をつけます」
王女の部屋に入ったリリィは、指輪を外して透明化を解除する。
すると、突然現れたことに驚いてビクッと体を動かすロジーヌだったが、むかついたのか食べかけの果物を投げた。
なお、投げられた果物は命中せず床に落ちる結果に。
「人を驚かせない」
「いや、食べかけの果物を投げるのもどうかと思います」
「それで、なんで変装を?」
ソフィアの当然ともいえる質問に、リリィは腕を組んで唸る。
どう答えるべきか難しい。
それを見たロジーヌは、床に落ちた果物をゴミ箱に捨てつつ言う。
「言いにくいなら、わたしがあなたの無事を保証する。他言無用も約束」
「王女様。そういう安請け合いはよくないですよ」
「護衛は静かにしてて。今はわたしがお話してる」
ソフィアはやれやれといった様子で頭を振ると、何歩か下がった。
これによりリリィは少し不安ながらも変装した目的を言っていく。
「ちょっと盗み聞きをするために、変装を」
「誰を相手に?」
「前の王様」
「ふーん」
前の王様と聞いただけで、何か納得した様子でロジーヌは何度も頷く。
「それで、その、しばらくここに避難とか」
「認めます」
やけにあっさりと認めることに首をかしげるがリリィだが、すぐにそれどころではなくなる。
兵士の集団がやって来ると、怪しい者を見かけなかったか聞いてくるのだ。
その際、リリィの姿は見つかり、厳しい視線が向けられる。
「王女殿下。そちらにいる黒ずくめの少年は、何者なのかお教えいただきたいのですが」
王女が平然としているので動かないが、兵士はかなり怪しんでいた。
いざとなれば、王女が止めても動く心積もりのようだ。
「あら、見つかりましたか。実は、この人はわたしの恋人です」
「え?」
「な、なんですと!?」
まさかの言葉に、リリィは目を丸くし、兵士たちは呆気に取られる。
「こ、恋人とおっしゃいますが、本当に?」
「いやいや、そんなことが……しかし王女殿下のお言葉だ」
さすがに半信半疑でいるが、相手は代替わりした王の娘。
自分たちの納得よりも優先されるものがある。
「申し訳ありません。確認不足でした。どうぞごゆっくり……」
そう言いながら兵士たちは去っていく。
明らかに疑っている様子からして、親である王に話が行くのは確実だろう。
扉が閉まったあと、リリィはなんともいえない表情でロジーヌを見る。
「かなりの大騒動になるのが決まりましたけど」
「ああでも言わないと、兵士たちは引き下がらない。だって怪しいから」
「それはまあ……」
侵入者を探している最中、王女の部屋に黒ずくめの衣服に身を包んだ者がいる。
なんらかの取り調べを受けることは確実なため、リリィは言い返すことができない。
「二人とも、まずは明日の言い訳を考えるべきでは? 私は護衛なので、王女殿下の意向に従っただけなのを口にするだけですが」
「いや、言い訳を考えるの手伝ってよ」
「そうです。大人なら、子どもよりも効果的な言い訳を考えることができるはず」
「……まず、二人が考えたあと、私が助言する形で」
まさかの事態になったが、とりあえず今日は捕まらずに済んだ。
問題は明日だが、これは夜遅くまで全員で言い訳を考えることになってしまう。




