57話 幼い王女
王都の東部、大通りから少し外れた路地に救世主教団の拠点は存在する。
ギルドからは離れているため、これといってモンスターによる被害は見当たらない。
「誰かいますかー」
正面から堂々と入り込んだリリィだが、見える範囲に誰もいないので呼びかけるも、反応がなく内部は静かなまま。
一応、受付部分には呼び鈴があるので、それを鳴らすと数分後にようやく奥から人が出てくる。
以前、受付で居眠りをしていた男性だ。
「おや、君は……」
「教祖に会いに来ました」
「残念ながらここにはいない。今は城の方にいる」
「会いに行きたいんですけど、手伝ってくれますか」
「わかった。君が来たら知らせるよう指示を受けているから、少し待っててほしい」
遠くにいても会話できる魔導具を使うのか、男性は一度奥に引っ込む。
さらに数分が経つと、やや困ったような表情を浮かべていた。
「あー、今から行けるだろうか?」
「大丈夫です」
「門の警備をしている者には既に話を通してあるとのこと。門に到着したら、名前と目的を言えば案内してくれるだろう」
一通りの情報を得たあとは、王都の中心部へ向かう。
門ではモンスターの死体を運び出す作業で混雑しており、門番として見張りをしている兵士にリリィは声をかけた。
「ソフィアという人に会いに来たんですけど。リリィ・スウィフトフットです」
「リリィね。ああ、話は聞いている。城の方まで案内しよう」
人の出入りが激しいため、門の内側を歩いていても目立つことはない。
城の修復に関しては、職人らしき人々が集められ、被害の調査をしている。
「大きい被害が出てますね」
「困ったもんだよ。モンスターもあれだが、どさくさ紛れに暗殺も横行して……っと、そろそろ到着する」
そこは綺麗な通路だった。
モンスターが地下から現れて、城内で戦闘をしたことなど、一切感じさせない。
もし、案内役の兵士がいないまま、ここに足を踏み入れたら、別世界に迷い込んでしまったのかと思えるほど。
「一応言っておくが、問題を起こさないように。すぐ牢に送り込まれるからな。色々と忙しい状況だから、原因とかを詳しく調べることはしない」
「気をつけます」
ちょっとした忠告を耳にしたあと、リリィは大きな扉をノックする。
少しして扉は開き、中からソフィアが現れた。
「よく来てくれました」
「昨日からずっと城に?」
「ええ。詳しいことは中で」
その部屋はなんとも豪華だった。
まず単純に広い。数人が生活できるほど。
さらに、高価そうな家具に調度品があちこちに存在し、リリィからすればここはお金の塊のような場所。
とはいえ、所詮は豪華な部屋でしかない。
「……ん? あの子は」
重要なことが一つあった。
なぜか、ソフィア以外にも人がいたのだ。
幼い少女が、ソファーに座ったままじっとリリィを見つめている。
しかもその少女は、暗殺組織に命を狙われていて、死にかけたところにポーションを飲ませた子だった。
「昨日、助けた子ですよ。なんとか死なずに済みました」
そう話すソフィアは、よく見ると寝不足のせいか全体的に顔色が悪い。
「死ななかったのは嬉しいですけど、なんで一緒に?」
「今、この城内で安全なところは限られています。次に同じような襲撃が起こらないとも言い切れません。そこで私に王から指示が出ました。しばらくの間、護衛として守るように、と」
どこか面倒そうな様子で言う。
この混乱に満ちた状況で守るのは、さすがに大変なようだ。
「まあ、教団としても利益はあるので、守らせてもらいますが」
「今、王とか言ってたけど」
ソフィアの話を聞いたリリィは、少し声を抑えて尋ねる。
王というのは、アルヴァ王国で最も権威があって偉い。
そんな人物が守るように指示してくるほどの存在。
いったいどれくらい高い立場の子どもなのか。
「新王の即位式は中断されましたが、代替わりは済んでいます。彼女はロジーヌ。アルヴァ王国の王女です。前王の孫といったところですね」
「……自分の娘を守るにしても、兵士が誰もいないのは正直どうなの。他人任せ過ぎるというか」
「その真意はわかりませんが、王国との関係を深めることができるので、私は全力を尽くしますよ」
しばらく二人が話していると、さっきよりも突き刺さる視線は強くなる。
それは王女であるロジーヌからのもの。
無言の圧力をかけてきており、これ以上無視すると怒るかもしれない。
リリィはソフィアとの会話を中断し、ソファーに座っているロジーヌへ近づいた。
「こんにちは。リリィと言います」
「む、遅い。人が待っているのに長話はよくない」
「その、お名前をお聞きしても」
「ロジーヌ・ラウム・アルヴァ。ロジーヌと呼んでいい。様とか殿はいらない」
なんともそっけない態度だが、身分が違うからだろうとリリィは納得した。
ロジーヌは灰色の髪と目を持っており、髪の一部は伸びすぎていて片目を隠すほど。
ウサギの耳と尻尾が生えている獣人であり、大きなウサギの耳は垂れている。
着ているドレスについては、窮屈に感じているようだが、王女だからか我慢していた。
「昨日は、助かった。護衛は死んだものの、おかげで死なずに済んだ」
見た目の印象は、ちんまりとしている子ども。
さすがに口に出すとまずいので、心の中に留めるリリィだが、それを察知したのかロジーヌは目を細めた。
「何か言いたいことがあるなら、言ったらいい」
「いえ……特に何も」
「そう。ソフィアが話をしたそうにしてるから、次はそっちに譲る」
ロジーヌは綺麗に切り分けられた果物を食べ始めるので、リリィはソフィアの方を見た。
「このまま帰っても大丈夫? ソフィアさんと軽く話すだけのつもりだったけど」
「大丈夫ですよ。城には、戦力となる教団の者を潜ませていますから」
「それならよかった」
とりあえず、王女の護衛に関しては心配いらないようだ。
あとはこのまま帰るだけだが、一歩動いたあと、リリィは立ち止まってロジーヌをちらりと見る。
相手は王女。
もしかすると、前王や今の王についていくらか情報を得られるかもしれない。
「ええと、ロジーヌ」
「うん? 果物はあげない」
「いや、そっちは別に……。聞きたいことがあります。昨日、襲撃されていましたけど、心当たりとかは?」
いきなり本題に入ると怪しまれる。
そこでリリィは、共通の話題から少しずつ本題に近づく方法を取った。
「たくさん。多すぎてわからない。おとうさまやおじいさまに対する嫌がらせかも」
「嫌がらせで命を奪うのは、なかなか恐ろしいことですけども」
「わたしは子ども。おにいさまとかと比べれば、死んでも国にそこまで影響は出ない」
幼いのに達観しているが、昨日の護衛の多さを見るに、これまで襲撃を何回も受けたことがある様子。
嫌でも知ることになるわけだ。
自分の命の価値を。
「ロジーヌのお父さんとお爺さんは、死んでほしくないから、護衛を用意したんだと思う」
「おとうさまはともかく、おじいさまは……」
話の途中、ロジーヌは食べる手を止めて顔をしかめる。
父との関係は問題ないが、祖父との関係に問題があるようで、どこか不機嫌になった。
それを見たリリィはすぐに尋ねる。
「何か問題があったり?」
「……変な魔導具を使わせようとした。嫌がったら諦めたけど、かなり険しい表情だった。もう何年も前のことだけど、そのせいでおじいさまとはあまり会いたくない」
「どんな魔導具?」
「わからない」
これではどうしようもないということで、リリィは聞き出すのを諦めた。
無理に粘ってもよくない。このあと待っている仕事を考えると。
そこで、ソフィアとロジーヌに別れの挨拶を言ったあと城を出た。
「あとは、団長の仕事か」
その日の夕方、ラウリート商会を通じて、リリィに対して手紙が届く。
変装してから夜にギルドの裏へ来るように、という内容のものが。




