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55話 次の依頼に備えて

 王都アールムにおいて発生した異変の解決。

 それを成し遂げた冒険者に対する賞賛の声は、大きなものとなる。

 時間的には、昼をいくらか過ぎた辺りということで、王都における有力者が続々と集まった。


 「いやはや、さすがはゴールドランクの冒険者。君のような実力者がいてくれるなら、王国は安泰だ」

 「オーウェン殿、そちらの子は?」


 誰もがオーウェンに意識を向けていた。

 強そうな大人と、可愛らしい子ども。

 その違いはあまりにも大きい。受ける印象が違い過ぎる。

 とはいえ、隣にいれば気になって質問をする者は出てくる。

 この疑問に、オーウェンは背筋を正して答えた。


 「今回の異変は、この子の協力があったからこそ、解決することができました」

 「へぇ……ゴールドランクの冒険者であるオーウェン殿がそこまで言うとは」

 「それでは、その子の名前と冒険者ランクを教えてもらいたいのですが」


 貴族たちが興味津々といった様子でリリィを見る。

 これを受けてオーウェンは、リリィをさりげなく小突く。

 言ってやれという合図だ。


 「リリィ・スウィフトフット。冒険者ランクはシルバーです」


 簡単な自己紹介だが、まだまだ少女なリリィが実はシルバーランクということで、周囲のざわめきは大きくなる。

 十代半ばの少女。冒険に出るよりは友達と遊んでいる方がお似合いな存在。

 そんな非力な者が、まさかシルバーランクの冒険者だったとは。

 貴族たちは露骨に驚いており、それを見たオーウェンはどこか馬鹿にするような笑みを浮かべた。


 「……こう見えて強い、こいつは。やっぱり俺の見る目は正しいわけだ」


 それは小さな呟き。

 周囲のざわめきもあって、ウサギの耳でも聞き取りにくい。

 まさかの自画自賛だが、周囲に聞こえないよう声を抑える節度はあった。


 「さて、俺たちはギルドの職員に色々と話さないことがあります。異変に関することなので、お引き取りを」

 「これは失礼した。ぞろぞろと押しかけるものではないな」


 集まっている貴族たちは少しずつ立ち去っていく。

 残るのはギルドの職員以外には冒険者たちだけ。

 冒険者は、穴の中に落ちた者が集められていた。


 「オーウェン殿、その装置は?」

 「最下層を越えた先にある階層で発見しました。人を惑わせる霧を出す、なかなかに厄介な代物でしたよ。あそこで休んでいる者たちは、霧の影響を受けて無力化されましてね」


 あの時、一緒に潜った冒険者たちやサレナは、少し離れたところでギルドお抱えの医者による治療や検査を受けている。

 リリィがちらりと視線を向けると、サレナはすぐに顔を背けた。


 「む……」


 一瞬、むっとした表情になるリリィだが、今は異変に関する報告が大事ということで、すぐに表情を戻した。


 「なるほど。厄介な代物のようだ」

 「こちらとしては、なぜ巨大なモンスターが大量に出現するようになったのか、なぜ途中でいきなり死んで出現しなくなったのか。そこら辺を知りたいところですが」


 オーウェンの疑問は、王都にいる大勢が同じように気にしていることでもある。

 ギルドの職員は、やや険しい表情になるとため息をついた。


 「モンスターの出現についてはわからない。ただ、死んで出現しなくなったことについては……潜っていた冒険者のうち、こちらの言うことを聞かない一部の者が、勝手にダンジョンのコアを取ったことが影響している」

 「まあ、混乱してる状況ならそういう奴も出るか。アールムのダンジョンが消えても、他の地域のダンジョンで稼げばいいわけで」


 冒険者の中には犯罪者とそれほど変わらない者もいる。

 そこまではいかなくても、ギルドからの注意を守らない者はさらにたくさん。

 混乱に満ちた状況において、大金と引き換えられるダンジョンのコアを手に入れようとする動きは、あってもおかしくない。


 「で、ギルド側はその冒険者をどうしたんです?」

 「ダンジョンから出る前に捕まえた。コアについては、元の場所に戻した」

 「いやあ、助かりましたよ。もし外に持ち出されていたら、生き埋めになっているところでした」


 感謝に言葉を伝えるオーウェンだが、少し探るような視線を周囲に向けたあと、声を抑えて尋ねる。


 「これ、王様とかと話し合いする機会とかあったりしますかね? できるなら、個人的なお礼とか貰いたくて」

 「近いうちに、話す機会はあるはず。異変の解決に尽力した二人だけになるとは思うが」

 「それが聞けて安心しました。さてと、この装置はギルドに任せます」

 「うむ。何かわかれば知らせる。そうそう、時間が空いたら報酬を受け取りに来るように」


 あとはギルドの職員たちによって、壊れた謎の装置が運び出されていく。

 崩落した場所の近くに長居してもあれなので、リリィはサレナと一緒に、オーウェンについていく形で外に出る。


 「リリィ、サレナ」

 「なんですか団長」

 「何か、重要なことですか」

 「しばらく気をつけろよ。俺の依頼を受けれなくなる事態は勘弁な」


 外ではアリのようなモンスターの死体が片付けられている最中だった。

 大勢の兵士や労働者が、どこかへ運んでいく。

 空には火事とは異なる煙が上がっているので、一ヶ所に集めて燃やしているのだろう。


 「仲間と相談して備えます」

 「そうか。俺は貴族様が開くパーティーに参加する。来るか? 色々珍しいもんを食えたり、お金持ちな知り合いを増やせるが」

 「……いえ、やめときます」

 「わかった。ほら、前払いのアクセサリーだ」


 王様のことを調べるという依頼。

 その報酬ということで、小さな指輪が渡される。ずっと使われていないのか、微妙に埃がついている代物だ。


 「……倉庫の奥に眠ってたガラクタだったりしません?」

 「そんな目で見るな。今装備してるやつは渡せないから、予備のやつを渡すだけだ」

 「効果は?」

 「状態異常に対する耐性が得られる。めちゃくちゃわかりやすく言うと、腐ったもの食っても腹を壊さない。どうだ?」

 「そこ強調されても」


 リリィは呆れ混じりに言う。

 そもそも、今は腐ったものを食べる機会は皆無といっていい。


 「まあ、身動きしにくくなる状況を防げるとだけ覚えればいい」

 「魔法による被害を抑えるもの、状態異常への耐性が得られるもの。団長の用意するものって、なんか身の守りを優先してますよね」

 「命は一つしかない。やり直すことはできない。そりゃあ、身の守りを優先するってもんだ」


 あとで連絡すると言って、手を振りながら去っていくオーウェンであり、ボロボロになった城の中に姿が消える。

 リリィとサレナの二人はそのまま大通りに向かうのだが、途中でリリィはサレナの方を見た。


 「……なんだ?」

 「いや、どこまで記憶あるのか気になって」


 その瞬間、サレナはぎこちない動きで目を逸らす。決して顔を合わせようとはしない。


 「地下での出来事を覚えてる?」

 「なんのことだか、わからないな」


 わかりやすい反応を受けて、リリィはにやりとした笑みを浮かべる。


 「……おねえちゃん」

 「……っ!」


 ぼそっと呟いただけ。

 しかし大きな反応が返ってくる。

 体が一瞬だけビクッと動くのを、リリィは見逃さなかった。

 すかさずサレナに近づくと、黒いウサギの耳がある頭を撫でていく。


 「あーあ、昔はわたしよりも小さかったのにな」

 「……や、やめろ」

 「すっかり大きくなっちゃって。もう同じくらいだ」

 「くそっ、あのろくでもない霧のせいで……!」


 からかうようなリリィに対し、サレナは顔をしかめる。だが、撫でる手を頭から払い除けようとはしない。

 離れるまでそのままにしていた。

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