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54話 謎の装置

 白い霧はどこまでも視界を奪ってくる。

 そこでリリィは目を閉じた。

 目ではなく耳を頼り、厄介な霧を攻略するための糸口を探そうとする。


 「……聞こえない」


 だが、これといって成果はなかった。

 その代わり、一つわかったことがある。

 さっきまでと比べ、音が聞こえにくくなっていた。


 「これから、どうするの?」

 「歩く。サレナも武器を構えて。いざという時、身を守れるように」

 「うん、まかせて」


 霧の中を歩いていくが、歩くほどにリリィの表情は険しくなる。

 まっすぐ進んでいるのに、一向に壁が現れない。

 方向感覚を狂わされているのか、あるいは行動しているという幻覚に惑わされているのか。

 とにかく、少しずつだが確実に状況は悪化している。


 「サレナ、少し我慢してね」

 「え、あっ……」


 自分の感覚に疑問を覚えてしまった。

 これはまずいということで、リリィはサレナを抱きしめる。

 相手に触れているという感覚は確かなもの。偽りではない。

 体温を感じ取れてもいるため、まだ自分自身の感覚は狂っていない。


 「つまり……考えられるのは」


 リリィは道具袋を漁り、ポーションを取り出す。

 穴の中で怪我を治す時に使った代物で、中身はほとんど残っていない。

 それを思いっきり投げた。


 ガシャン


 ガラスの容器はすぐ近くで割れると、破片が地面に散らばり、ちょっとした目印になった。

 だが、リリィがそのまま歩き続けると、ガラスの容器がぶつかった壁らしきものは存在せず、通り過ぎることができてしまう。

 その瞬間、リリィは盛大な舌打ちをする。


 「わたしの感覚はまだおかしくなってない。つまりこの階層自体が、動いてる」


 どういう仕組みか、中にいる人物が動くとそれに合わせてダンジョンの壁も動いていた。

 進むことも戻ることも許さない地下十六階。

 このままでは、飢えと疲労によって倒れ、ダンジョンの中で力尽きてしまうだろう。


 「ここで、しぬの?」

 「いや、脱出する手段はある」


 ダンジョンから脱出できる魔法のスクロール。

 これを使えば地上に戻ることはできる。一枚しかないので、数人だけ。

 使うなら、オーウェンと合流しておきたいところだが居場所は不明。


 「団長! 今どこですか!」


 呼びかけてみるも、返事はない。

 最悪の場合、自分たちだけで戻るかと考えたその時、目の前に階段が現れた。

 上に戻れば、危険な霧から逃れることができるが、オーウェンや他の冒険者たちを見捨てることに繋がる。


 「サレナは上に行って。ここよりは安全だから」

 「いきたくない」

 「わがままはダメ。わたしの言うことを聞いて」

 「……もどってきてよ」


 無理矢理に言い聞かせることで、幼い頃の姿となったサレナを上の階層に向かわせる。

 霧によって、心までも昔に戻された状態では、単純に足手まといだからだ。

 そして一人になったリリィは、階段の位置と向きを確認すると、剣で地面に線を引きながら歩いていく。

 そうするのは、まっすぐ進むため。


 「そろそろ広間の中心部のはず」


 それは最初、広間の中心部に留まっていた。

 範囲を広げていき、途中から一気に包み込んできたが、まるで意志があるような動きだった。

 おそらく、中心部に何かがあるはず。

 歩き続けること数十秒、霧の中から金属の塊が現れる。

 なんらかの装置のようだが、仕組みや構造がわからない。


 「とりあえず、第一段階は終わり。次はこれをどうするか……だけども」


 謎の装置は、霧を出し続けていた。

 これを壊せば、幻惑の霧は消えるだろうということで、リリィは剣で叩きながら脆い部分を探すが、どこも金属で構成されており、どう破壊すればいいのか悩んでしまう。


 「うーん……」


 考えても答えは出ないため、まずは霧を出している穴らしき部分に剣を突き刺してみる。

 思いっきり力を込めると、何か壊れるような音のあと、剣は奥に刺さっていく。

 これを何度か繰り返すと、謎の装置から出てくる霧は少しずつ減っていき、やがて完全に止まった。


 「成功、かな?」


 喜ぶリリィだが、壊れた装置がガタガタという音を出しながら震えるため、距離を取って警戒する。

 数分後、壊れた装置から非常に濃密な霧が出てくると、それは人の形を取った。

 より正確には、剣を持つリリィの姿となる。


 「一人でここまでやるなんて、凄いね」


 それだけならまだしも、霧の人形は言葉を話した。

 クスクスと笑いながら。


 「……何者?」

 「見ればわかるでしょ? わたしは君だよ」


 相手は十五歳の自分。形だけだが。

 リリィはふと自分の体を確認すると、幼い頃の姿は解除され、元通りの体に戻っていた。

 霧が消えたから幻惑する力も消えた。

 つまり、オーウェンとの合流が現実的になったわけだ。


 「なら、もう一人のわたしに聞きたいけど、このダンジョンで起きたことを知ってる? 教えてほしい」

 「それはできない。なぜなら知らないから」


 本当か嘘か。

 どちらもあり得るような声で答えてくる。


 「その装置がどんなものとか、どうしてわたしの姿となっているのかとか、そういう部分は教えてくれないの?」

 「やれやれ、教えられる部分だけ教えよう。この機械は魔導具の一種で、人を惑わす霧を出す。霧を通じて見ていたよ。君は、昔の自分のことを疎んでいるね? 好ましく思っていない」

 「……否定はしない。ろくでもない日々を過ごしてたし」


 いきなり仕掛けるよりは、話を続けてオーウェンが気づくのを待つ。

 なにせ相手は未知の存在。

 どういう力があるのかわからないため、気をつけるに越したことはない。


 「だから、小さい頃に戻っても今と変わらずにいた。機転が利くわけだ」

 「…………」

 「そうでないと生き残れなかった。悲しいねえ。まあ、君と一緒にいた黒ウサギは昔と今で変わりすぎだけど。お姉ちゃんだってさ。わはははは」


 霧を人の形に固めた存在は、わざとらしく肩をすくめると、腕を組んで辺りをうろうろし始める。


 「では、次はわたしのことを話そう。わたしはその装置の中にずっと入っていて、この階層の侵入者を迎え撃つよう指示を受けた」

 「指示って、誰から?」

 「さあ? 王都の偉い人なら知ってるんじゃないの?」


 まともに答える気はないようで、挑発するような動きをしたあと、しゃがんで地面から剣を引き抜いた。

 土を剣の形に固めただけの代物だが、人を殺傷するには充分過ぎる。


 「君が装置を壊したせいで、わたしは自由となったが、長くは存在できない。だから戦おう。最後は大きく体を動かしたい」


 話しながら、姿を真似た霧の人形は接近してくる。

 リリィは横に跳びながら回避すると、仕返しとばかりに斬りつけるが、相手は霧なのですり抜けてしまう。


 「これが肉体、それを動かすということか。形を持つというのは、いいね」

 「すり抜けてしまう程度の体だけど」

 「それでも、大事な体には違いない」


 斬っても効果がないということで、リリィは回避と防御を優先した。

 ただ避けるだけでなく、相手の剣を弾き、時には受け流す。

 王城の中で暗殺組織の者と戦った時に比べると、はっきり言って弱い。

 動きは読めるし、剣を振るう動きも素人丸出し。

 数分ほど戦いに付き合うと、霧の人形は剣を手放す。形を維持できなくなっているのだ。


 「終わりか。そうそう、近くに潜んでいる誰かさんにも教えよう。指示を出した、もとい起動したのは、ここの王様だよ。じゃあね」


 そう言うと、霧は霧散して消えてしまい、辺りは暗い地下空間の広間に戻った。

 そしてオーウェンが近づいてくる。どこか深刻そうな表情で。


 「あ、団長。話どこまで聞いてました?」

 「あの訳わからん存在が、指示とか起動したのはここの王様と言ったとこから。というかサレナはどうした?」

 「上に戻らせました。外見だけじゃなく、中身も昔のままだと足手まといなので。団長こそ、他の冒険者たちは?」

 「霧が薄れた段階で戻らせた」


 今ここにいるのは、知り合い同士の二人だけ。

 だからか、オーウェンは盛大なため息と共にうなだれた。


 「あーあー、くっそ面倒なことになったぞ」

 「というと?」

 「王様のこと調べる必要出てきた。ギルドは……頼れねえ」


 冒険者ギルドは、その国にそれぞれ所属している。

 ある程度は、他国のギルドとの繋がりがある自立的な組織とはいえ、国の影響を無視することは難しい。

 田舎ならまだしも、王都のギルドともなれば、国との結びつきはかなりのもの。

 王様を調べる依頼を出そうものなら、何が起こるかわからない。


 「どうするんです? 見なかったことにするには、かなりの騒動が起きてしまってますけど」

 「そりゃあ……口の固そうな知り合いを使うしかないよなあ?」


 オーウェンはリリィを見た。

 より正確には、リリィのパーティーメンバーの力を頼るつもりでいる様子。


 「報酬は」

 「いきなりそれかい」

 「じゃあ手伝いません」

 「待て待て。払わないとは言っていない。ただ、金貨五千枚をエリシア殿に支払う必要があるから、お金以外のでいいか?」

 「何をくれるんです」

 「とっておきのアクセサリーだ。特殊効果つきの」

 「前払いで」

 「ああ。いいとも」


 話がまとまると、まずは壊れた装置を協力して上の階層に運ぶ。

 今回の異変を解決したことを周囲に知らしめる、目に見える成果であるから。

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