52話 穴の中
「うぅ……い、生きてる……」
リリィは意識を取り戻したものの、全身の痛みで動けない。
周囲を見渡せば、同じように動けない者たちがあちこちに転がっている。
その中には微動だにしない者もいた。落ちた際に命を落としたのだろう。
「サレナ、死んだ……?」
「……いきなり、それか。あたしは生きてるぞ」
小声で呼びかけると、弱々しいながらもサレナからの言葉が返ってきた。
「……でも、動けそうにない」
「ポーション残ってる? 団長がくれたやつ。わたしはもう使っちゃった」
「袋の中に残ってるが、割れてないことを願いたいな……」
リリィはサレナの道具袋を漁るが、落ちたせいでポーションが入っていた容器は割れてしまっていた。
ただ、微妙に中身は残っていたので、こぼさないようサレナの口に持っていくと、慎重に飲ませた。
「どう?」
「少し、痛みはマシになった」
防具の差が、動けるか動けないかの違いを決めていた。
リリィはゆっくり立ち上がると、状況を確認する。
「だいぶ深いところまで落ちた……か」
上を見れば、たいまつの火が動いている。地上の方でも状況の確認が行われているのだろう。
ただ、声が届かないくらい距離があるため、地上との意志疎通は難しい。
「そういえば団長は……」
あの場にはオーウェンもいた。
そうなると、一緒に落ちてきたはず。
周囲を見渡すと、数人の冒険者と話し合っている最中だった。
「どうだ?」
「ダメです。崩れたせいで、通路は埋まってる。道具はないので掘り出すのも難しい」
「明らかにキナ臭い状況、早くここから抜け出したいところですが」
「上の奴らが飯とか落としてくれませんかね。こちとら、飯をほとんど食わずにモンスター退治やってたんですぜ?」
「ふむ……」
状況はあまりにも悪い。
考え込むオーウェンであったが、リリィは気にせず声をかけた。
今という機会を逃せば、のんびり話すことすらできないかもしれない。
「団長」
「リリィか」
「ここから脱出する方法とかって」
「今のところない。ここにいるのは、お前さん以上に実力がある冒険者たち。そいつらでさえ、どうにもならんときた」
肩をすくめながら話す姿は、そこまで深刻そうには見えない。
だが、これは演技であることをリリィは知っていた。
この場にいる者の中で、オーウェンこそが最も実力ある冒険者。
そんな彼が取り乱したりしようものなら、余計な混乱が起きてしまう。
「オーウェン、その子は? 地上でのやりとりを見る限り、知り合いのようですが」
「俺の故郷であるヴァースの町で、冒険者やってる子どもさ。才能あるから、俺がトップやってる自警団に引き込もうとしたが、あっさりと出ていった」
苦笑混じりに、どこか面白がるような態度で話す。
他の冒険者たちは、あのオーウェンが目をつけた存在ということで、リリィに対して興味深そうな視線を向けた。
「よく見ると、装備からして一般の冒険者とは違いますね。つまりはそれだけ稼げる、と」
「それほどまでの才能、羨ましい。そしてもったいないとも思う。オーウェンの下に居続ければ、その才能はさらなる高みに行けるだろうに」
「まあ待てよ。オーウェンは付きっきりで面倒見れないわけで。しょうがねえって」
三者三様の反応が返される。
どれも悪くはないものだが、辺りがわずかに揺れると、それまでの穏和な雰囲気は一瞬で消えた。
全員が武器を手に持ち、警戒を強める。
「さらに下へ落ちる事態だけは、勘弁してほしいが」
オーウェンの呟きに合わせるかのように、床の一部が変化していき、下の階層へ続く階段が現れた。
「おい、現在の階層」
「大まかにですが、地下十五階かと。王都アールムにあるダンジョンの最下層です」
冒険者の一人が言うと、オーウェンは険しい表情のまま床に座り込む。
何か考えているようだが、すぐに答えが出たのかため息をついた。
「明らかに誘い込んでる。潜るのは明日だ。疲れた体では危ない」
いったい誰が誘い込んでるのか?
それはわからないが、ダンジョンには何者かの意志が介入していることは確か。
ただ、問題があった。
明日まで休むのはいいとしても、食事はどうするのかという問題が。
何も食べないでいるのは、戦闘などで悪影響がある。
「誰か魔術師いるか? 強い光を放てるなら実力は問わない」
「あ、できます」
「なら、今から合図を出すから、それに合わせて地上に対して光を点滅させてくれ」
オーウェンの指示により、魔術師の一人が上に向かって光を点滅させていく。
それは一定の感覚で行われ、しばらくするとロープに結びつけられた大きな袋が、慎重に下ろされてくる。
「団長、これはいったい?」
リリィが尋ねると、オーウェンは届いた大きな袋から中身を取り出しながら答える。
中身は、保存食や水の入った革袋。
「上に連絡入れた。光の点滅を利用してな。“生存”と“空腹”というものを」
「だから、ロープに結びつけられて運ばれてきたわけですか。……これ、人が上に戻ることもできるんじゃ?」
「できることはできるが、ロープをしっかり掴んでいられる奴じゃないと無理だぞ。負傷して動けない奴は運べん。途中で落ちてきても困る」
取り出された保存食や水は、生きている者に分配される。
「上に行きたいなら、先に行ってもいいぞ。文句を言う奴は黙らせてやる」
「いえ、サレナを残して向かうのはちょっと」
「だろうな。俺は探索を進めるから、お前たちの面倒は見てやれない」
そして空になった袋と共に、そこまで負傷していない冒険者の一人が、ロープを掴んで上に向かう。
色々と必要なものを書いた紙を持たされて。
これにより、中身の詰まった大きな袋が再び下りてくる。
早速、オーウェンは取り出していくが、今度はポーションばかり。
すぐさま負傷者に配られていき、死んでいる者以外は全員が戦えるくらいには回復した。
「こういう危機的な状況でも、オーウェン団長は冷静だな。おかげで助かった」
「頼りになるよね」
「リリィ、このあとどうする?」
「どうするって、どういうこと」
「あの怪しい階段を進むのか、ロープで地上に戻るのか」
サレナの問いかけに、リリィは悩む。
進むのは危険。戻るのは安全だが、ダンジョンにおいて進行している異変からは遠ざかる。
「サレナはどうしたい?」
「お前が決めたことに付き合うよ」
「なら……進もう」
「その理由は?」
「危険があっても団長に任せればいいし、起きている異変が解決したなら、相当な報酬が見込めるから」
「まあ、未知の調査に関して、ギルドは結構な報酬を出してくれたから、その選択もありか」
あの時は、金貨百枚という臨時収入が得られた。
異変の解決に関わった一員になれたなら、いったいどれだけの報酬になることか。
危険に挑むからこそ、大きなものを得ることができる。冒険者とはそういう職業。
それゆえに、リリィは地下十六階に進むことを決めた。
「食べて飲んで、ポーションで回復もした。あとは寝るだけ」
「それはそうだが、問題は残ってる。セラとレーアがどう動くか」
「あ……」
すっかり忘れていたという表情になるリリィだが、頭を振ると余計な考えは振り払った。
サレナは呆れ混じりに白い目を向ける。
「すべて終わってから考えよう。うん」
「……やれやれ、二人は怒るだろうな」
他の冒険者とは離れたところで二人は一緒に寝る。剣をすぐ引き抜けるようにしつつ。
それは孤児としての暮らしで染みついた習性。
お互いがお互いを援護できる形。
表向きは他人を信じながらも、見ず知らずの者ばかりなため、ある程度の警戒を残していた。




