51話 危機に満ちた状況
素早い動きから放たれる剣の一撃。
普通の冒険者なら反応する前にやられるところだが、リリィは後ろに跳んで避けると、剣を振るって反撃する。しかし当たらない。
一方、ソフィアは転がりながら近くに落ちている剣を拾うと、意外にも相手の攻撃を防ぎ続ける。
「なんだ、この子どもは」
「無駄口を叩くな」
油断なく追撃してくるのを見るに、襲撃者はこういう仕事に慣れているようだ。
侮れない実力を持っているが、リリィはいくらか余裕を残していた。
「速いけど、それじゃわたしに追いつけない」
威力はなくていい。とにかく素早い一撃を。
リリィは相手の足を浅く斬ると、次も足を狙う。
「ぐっ……」
「これで、トドメ」
出血、足の怪我、それらは動きを大きく鈍らせる。
リリィはどこか冷たい表情になると、胴体に剣を突き刺し、すぐさま引き抜いた。
ドサッ……
襲撃者の一人は死んだ。
すぐにソフィアの方へ加勢に向かおうとするが、そちらも決着はついたのか、水の槍が刺さったまま襲撃者は倒れる。
「こちらも終わりました」
「よし、あとは」
「ぐあっ! こ、ここまでか……」
これまで耐えてきた騎士だったが、体を大きく斬られて崩れ落ちる。
鎧のおかげで死ぬまではいかないようだが、もはや戦力にはならないだろう。
つまり、貴族の少女を守る壁が消えたことを意味している。
「死んでもらう」
「そんな……」
少女は逃げようとするが、すぐに追いつかれ、体に剣が突き刺さってしまう。
襲撃者の生き残りは、念入りに攻撃を加えようとするが、リリィの攻撃によって防がれる。
その後、ソフィアにちらりと視線を向けると、状況は不利だと判断したのか逃げ出した。
「ソフィアさん、回復魔法とかは?」
「使えますが、この傷は……」
明らかな致命傷だった。
倒れている少女はリリィよりも幼い。
年齢的に十歳くらいの子どもであり、剣は完全にその小さな肉体を貫いている。
「獣人としての生命力。それに賭けるしか」
少女には、灰色のウサギの耳と尻尾が生えていた。
同じウサギの獣人ということで、リリィはどこか複雑そうな表情になるが、できることはない。
ソフィアの回復魔法により、ひとまず出血は止まった。
しかし、傷が治っても、死は遠ざかるどころか近づいていた。
「……剣の一撃は、小さい肉体には影響が大き過ぎました。せめて、あと何歳か成長していたなら」
もはや手遅れだということで、ソフィアは首を横に振る。
「これを試したい」
「それは、ポーションですか」
「高価な代物らしい。千切れた腕も治せるとか」
「死が、少しは遠のくでしょう。無駄になるだけの可能性もありますが」
リリィはポーションを倒れている少女に飲ませようとするが、自力で飲み込むこともできないくらい弱っているようで、思わず舌打ちしてしまう。
「ちっ、仕方ない」
リリィはしかめっ面のまま、ポーションを口に含むと、少女に口移しで飲ませていく。
見ず知らずの他人と口が触れるのは嫌だが、同じウサギの獣人が死ぬのも嫌。
それゆえの、しかめっ面だった。
「それがあなたの素ですか」
「半々だよ。それよりも、この子はどう?」
「……数時間は命が伸びました。生命力が回復すれば、生き延びることができるとは思いますが……」
「モンスターをどうにかして、安全な空間を確保しないといけないか」
リリィはため息混じりに立ち上がると、部屋を出るが、その時ソフィアの方を見る。
「死にかけた騎士の治療と、そこの子を守るのは、ソフィアさんに任せた」
「一人で大丈夫ですか? 不審者として捕まる可能性がありますが」
「多分大丈夫。モンスターと戦ってる人に知り合いがいるから」
気楽な様子で言うと、そのまま歩いていく。
案内する者がいなくても、どこに向かえばいいかはすぐにわかる。
城の中で、最も戦いの音が聞こえてくる方向へ進むだけでいい。
ウサギの耳を頼りにリリィは走ると、崩落した広間で騎士や冒険者が戦っているのを発見する。
「ええいくそ、次から次へと出てきおって……これでは城内がアリの死体で埋まってしまうわい」
「あのー」
「なんじゃ? 子どもはさっさと避難せんかい」
「オーウェンという人を知ってますか? 多分、この辺りで戦ってるはずなんですけど」
「死体の山の向こうにおる。わしらはモンスターを空いている場所に運んでいる。もし、今現れている穴が塞がりでもすれば、他の部分から出てくるかもしれんからな」
少し周囲に意識を向ければ、戦闘している者以外に、数人がかりでモンスターの死体を別の場所に運ぶ者たちがいた。
それはそれとしてリリィは隙間を通り、オーウェンの姿を探すと、穴の付近で大きな剣を振るっているのが見えてくる。
一振りでアリのようなモンスターは真っ二つとなるため、半分になって軽くなったアリを掴むと、後方にいる冒険者に投げては運ばせていた。
「うわあ……強すぎでしょ」
まだまだ勝ち目はないなと考えつつも、リリィはオーウェンに近づく。
「団長」
「あ? 地下の次は地上か。多忙だな、おい」
「そっちもそっちで大変ですねえ」
「そろそろ休みたいんだがな。虫のモンスターは一向に尽きる気配がない」
周囲にいる者たちは、いきなりやって来たリリィに対し、なんなんだこいつはという視線を向けた。
だが、オーウェンの知り合いということですぐにそういう視線はなくなる。
「心当たりとかは?」
「んなもんがあったら、さっさと突撃してる。初めての事態で、色々と後手だ。こっちは」
「じゃあ、城のどの辺りにモンスターが抜けていったとかの情報。わたしが掃除してくる」
「おい、そこの兵士。こいつの道案内を頼む」
運ぶ作業をしていた兵士の一人に、オーウェンは声をかけた。
「は、はい。案内します」
城勤めの兵士により、城内を動き回るモンスターのところへ向かっては倒すことを繰り返すリリィ。
二十体ほどを処理し、途中でソフィアのいる部屋の前に来ると、扉を開けて中に。
そこにはソフィア以外に、サレナもいた。
「え、どうしてここに」
「あたしを置いていって先走る誰かさんを追いかけたからだが。闇雲に動くより、ここで待つ方が会えると考えた」
怒っているのか、どこか睨むような視線を向けるサレナだが、仲を取り持つようにソフィアが口を開く。
「とにかく、先程の負傷者たちはここよりも綺麗な別室に運び、私が様子を見ています。二人は、喧嘩よりも城内のモンスターの処理を」
「というわけで、ここからはあたしも手伝うぞ」
「助かるよ」
二人になると、モンスターを倒す効率は上がる。戦う時間よりも、移動する時間が長くなった。
それから数時間後、外が暗くなり始めると、ひとまずオーウェンのところに向かう。
「状況はどうですか?」
「ほとんど変わらん。交代要員と代わったあとは、飯と風呂をさっさと済ませて休憩だ。明日以降も、問題が続く可能性があるからな」
いくらオーウェンといえど、ずっと戦い続けるのは疲れるのか、さすがに疲労が顔に浮かんでいた。
そろそろ夜になるし、自分たちも休もうかと考えるリリィだったが、その時地面が大きく揺れる。
ゴゴゴゴ……!
「なんだ!?」
「くそ、ギルドの調査はどうなってる。まだ何もわからんのか」
「未知の状況ばかりだ。長年の経験から考えると、これはまずい」
周囲の者たちは動揺するも、驚くべきことは続く。
なんとアリのようなモンスターは次々と倒れ、新しく現れることもない。
つまりは打ち止め。
だが、誰も喜ばない。
さらに厄介な状況が起きる前兆なのを理解しているために。
「ええと、団長」
「警戒だけは怠るな」
「これは……。全員、すぐにここから離れ……」
何かに気づいた様子でサレナは叫ぶも、途中で声は途切れた。
辺り一帯の地面が崩落し、この場にいる者すべてを呑み込んでしまったからだ。
下にあるはずのダンジョンも崩れていくため、多くの騎士と冒険者たちが地の底に消えてしまう。
その中にはリリィたちも含まれていた。




