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50話 荒れた城内

 王都アールムには巨大な城がある。

 それはアルヴァ王国の中で最も煌びやかな場所。

 大勢の貴族が集まっている巨大な城は、地下から現れ続けるモンスターにより、あちこちが崩壊しつつあった。

 そしてそれゆえに、各地の門を守る兵士たちが城に集められ、騎士や冒険者と共にモンスターと戦い続けている。


 「……いない」


 リリィは物陰に隠れながら門を見ていたが、内部から避難してくる人々しかおらず、兵士の姿が見えないことに驚いていた。

 つまるところ、それほどまでに厄介な状況であると考えていい。


 「急ぐか。怪しい人影もあるし」


 少し視線をずらせば、人の波に逆らって門を通り抜ける怪しい者が見える。

 まともな身なりではないので、騒ぎに乗じて盗みを企てている者かもしれない。

 リリィはもしもの戦闘に備えながら、門を通って城を目指す。


 「リリィさん、こちらへ」


 人の波を進む途中、呼ぶ声が聞こえてくる。

 普通ならかき消される声も、ウサギの獣人であるリリィは聞き分けることができたため、声のする方へ向かう。

 すると、路地に隠れるように救世主教団の教祖たるソフィアが立っていた。

 どこかで戦闘してきたのか、水色の髪は少し荒れ、水色の目には苛立ちが浮かんでいる。


 「無事に到着してなによりです」

 「ソフィアさん、城で何を?」

 「あなたに頼まれた黒い刃という組織を潰すために、貴族の方々と親交を深め、一部からは協力を貰うところまでいきました。……地下からモンスターが出てくるせいで、色々と無駄になりましたが」


 この状況では、黒い刃をどうにかすることはできないため、組織を潰すのはしばらく延期するということが伝えられる。


 「それはしょうがない。で、他には?」


 まさかそれだけを伝えるために呼ぶはずがないため、リリィは次の話をするよう促す。


 「このような混乱が起きると、様々な警備が脆くなります。例えば、あなたが来た時の門みたいに。……非常に厄介なことに、黒い刃の一部が城内で動いているそうです」

 「誰かを殺そうと?」


 黒い刃は貴族御用達の暗殺組織。当主の座を狙う者たちが、邪魔な兄弟を排除するために利用する。

 後継者が自分一人だけになれば、すべてを相続できる。権力も土地も。

 権力争いには欠かせない組織なわけだが、貴族の多く集まる城で動いている。

 誰かを殺す依頼を受けている可能性があるわけだ。


 「はい。暗殺を未然に防ぐことで貴族に恩を売り、いくらか組織を弱体化もできる。リリィさん、あなたに協力してもらいたいわけです」

 「わざわざ、わたしを呼ぶ意味は? 教団の誰かでも事足りるはず」

 「王都に暮らしている者より、そうではない者の方が、あちら側に気づかれにくいので。私自身は、定期的に貴族相手に親交を深めているため怪しまれない。理由はこんなところです」


 別に断ってもいい。

 だが、それは救世主教団との関係が悪化することに繋がる。

 あちらは貴族との繋がりがある組織。

 今後を考えると協力しておいて損はない。

 とはいえ、タダで手伝うのも嫌なのでリリィは要求をする。


 「今回のを手伝う代わりに、何かちょうだい」

 「がめついですね。あなたから受けた仕事にも関わることだというのに」

 「それはそれ、これはこれ」


 堂々とした態度に、ソフィアは軽いため息をつく。


 「……報酬については、助けた貴族から貰ってください。交渉の場を設けられるようにしますから」

 「じゃあそれで」


 話はまとまるも、城に向かう途中、貴族が暮らす区画では戦闘が起きる。

 混乱に乗じて侵入した泥棒同士が争い始めたのだ。

 ソフィアについていくリリィの近くに、戦いに負けた泥棒の死体が落ちてくることもあった。


 「うわぁ……」

 「私たちの行動を気づきにくくしてくれるので、そういう点では泥棒たちの争いは利益があります」


 貴族の暮らす区画を抜けると、今度は城の方で戦いの音が聞こえてくる。

 これは地下から出てくる、アリのようなモンスターを相手にしているからだ。

 城はあちこちが崩れて穴が空いており、その穴から何体かモンスターが外に出てきている。

 大量の人員を利用できるギルドに比べ、どうやら処理が追いついていない様子。


 「ソフィアさん、戦闘は?」

 「問題ありません。単独で動くことを考えると、それなりに戦えないとお話にならないので」


 ソフィアはそう言うと、水の塊らしきものを先頭の一体に放つ。

 それは頭部を貫通し、胴体までも破壊したのを見るに、恐るべき精度と威力。


 「これもう、全部任せてもいいですか」

 「一発で仕留められたのは、相手が真正面から来ていたから。そうでないなら、簡単に仕留めることは難しい」


 角度が違うモンスターが相手となると、五発くらい放ってようやく倒せた。


 「おお、意外としぶとい」

 「私としては、あなたの実力を見たいところですが」

 「じゃあ、あそこに残った一体を」


 リリィは深呼吸したあと、剣を持って一気に駆け出す。

 相手が反応する前に、足を斬り、数十秒の間にすべて切断してしまう。最後は首を斬り落とす。

 ダンジョンとは違って、今いる場所は広いため、素早い決着に繋がった。


 「ざっとこんなもの」

 「ふむ……その若さで、これだけやれるとなると、戦力として頼りになりそうですね」


 ボロボロになりつつある城に二人は入る。

 豪華絢爛な内装があったはずの通路は、すっかり荒れていて、壊れた陶器の破片が床に散らばっていたりする。


 「大まかな状況は?」


 周囲に人がいないのでリリィは尋ねた。


 「崩落によって生まれた穴を中心に、騎士や冒険者が戦闘しています。ただ、モンスターの死体が増えると、それが障害物となって邪魔をする。その結果、穴から現れるモンスターが他のところに移動したりといったことが増え、混乱は拡大しています」

 「燃やす、のは建物の中じゃ無理か」

 「戦闘が続いている間は、モンスターの死体を別の場所に運ぶのも難しいですから」


 しばらく歩いていると、兵士の集団がどこかへ走っていくのが見えた。

 侵入者たる二人には目もくれずに。


 「忙しそう。ところでこのあとどこに向かうの」

 「教団と協力関係にある貴族には、モンスターや暗殺組織に警戒するよう呼びかけたので、無関係な貴族のところですね」


 外に逃げる貴族もいれば、逃げずに留まる貴族もいる。

 留まっている貴族は、何ヵ所かに分散しているとのこと。


 「これに、外国からの来賓も含まれるので、だいぶ大変な事態になっています」

 「そもそも、どうしてモンスターが地下から来てるんだろ。今までこんなこと起きないのに」

 「こればかりは、冒険者ギルドに調査を任せるしかありません」


 幸いにも、漏れ出たモンスターはそこまで多くない。

 ソフィアが魔法で弱らせ、リリィがトドメを刺していくというやり方で、進路上にいるアリのようなモンスターを次々と蹴散らしていく。


 「そろそろ籠城しているところに到着しますが……」


 ソフィアの言葉は途中で途切れる。

 曲がり角を過ぎた先には、血を流して倒れている兵士の姿があった。

 一人だけではなく、複数。

 全員が息をしておらず、傷口を見る限り、モンスターではなく人にやられたようだ。


 「既に暗殺組織は動いているようです」

 「急ごう」


 早足で進むと、扉の向こうから戦闘の音が聞こえてくる。

 金属同士がぶつかる音だ。

 警戒しつつ入ると、かなり激しい争いがあったのか、大勢の兵士と襲撃者らしき者たちが床に倒れていた。


 「だ、誰か……」

 「くっ、新たな曲者か!?」


 奥には貴族の少女と、彼女を守る騎士らしき者が一人。

 あとは、三人ほど兵士に化けた襲撃者がいる。


 「……お前たちは、目撃者を消せ。私は騎士を相手する」


 襲撃者の一人が呟くと、残る二人は無言で頷き、リリィたちへと襲いかかった。

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