48話 国からの依頼を果たすために
「まずどこまで行こう?」
「人が少なくなるところまで。城に空いた穴まで行くぞ」
大勢の冒険者が潜ったせいで、アールムのダンジョンの中は非常に賑やか。
モンスターが出現しようとも、あっという間に仕留められ、一部の冒険者がお金に替えようと地上に運んでいったりする。
当面の間、危険は少なそうだが、城に空いた穴へ到着すると、リリィとサレナは驚いた。
「おう、地下の探索ご苦労さん」
ふと見上げてみると、見覚えのある姿が。
ヴァースの町にいるはずのオーウェンが、手を振っていた。
リリィは首をかしげ、サレナはすぐさま質問をぶつける。
「なんで団長ここに?」
「オーウェン団長、どうしてそこにいるのですか」
「来賓の一人だからだよ。ちなみに町の代表者の一人として来てる。なんたって、貴重なゴールドランクの冒険者様だぞ。はっはっはっ」
冒険者ランクは、ストーン、アイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールドの五段階。
その中でも最上位たるゴールドランクの冒険者というのは、貴重な存在。
その一人であるオーウェンは、城に楽々と入れるほどの人物であるわけだ。
「団長はわたしたちを手伝ってくれないんですか?」
「そうしたいのは山々なんだが、王族や、外国からのお偉いさんたちを護衛しないといけなくてな」
「じゃあ何か探索に役立つものください」
「おいこら、そんなほいほい持ってるわけねーだろが。……これで我慢しろ」
オーウェンは道具袋を漁ったあと、地上から何かを落とす。
リリィとサレナは協力して空中で掴み取る。
「これって?」
「怪我を治すポーション。そこそこお高いやつだからな。指がなくなっても治せる。腕は、さすがに千切れたとこをくっつけてから、傷口にポーションをぶっかけるまでしないと無理だが」
「ありがとうございます」
高価なポーションを二つ貰ったため、お礼の言葉のあとダンジョンの中を進んでいく。
しかし、道中で他の冒険者に呼び止められる。
「なあ、お嬢ちゃんたち、あのオーウェンと知り合いなのか」
「同じ町の出身で」
「オーウェン団長がまとめている自警団の一員」
ゴールドランクの冒険者と知り合いなのは、有象無象の冒険者にとっては羨ましいことなのか、リリィたちに対して媚びるように話しかける冒険者がそれなりに現れた。
地下二階、三階と奥に潜っても、オーウェンとお近づきになりたいのか、諦めずについてくる始末。
「いやあ、へへへ、そんなにお若いのに、ゴールドランクの人物に物怖じしないのは、将来有望ですなあ」
「まったくだ。しかも、物を貰うこともできるとは」
「お手伝いしまさあ。なので、ぜひともオーウェン殿に、俺たちのことを」
私利私欲に満ちた言葉は、聞いているだけで疲れてしまう。
リリィはサレナの顔を見ると呟く。
「行こう」
「ああ」
二人は一気に駆け出した。
リリィほどではないにしろ、サレナも足は速い部類。
あっという間に、取り巻きと化していた者たちを置き去りにし、地下四階にまで降り立った。
「ここも、既に人が通り過ぎたあとか」
「モンスターの死体があるな。油断せず進むぞ」
ダンジョン内は、冒険者の大群が進むだけで、ほとんどのモンスターが掃討されている状況だった。
リリィたちは、より深層を目指すことにする。
「今のところ、地図と違う部分は、城に繋がる道ができた地下一階ぐらい」
「最下層はどこまでだったか」
「ええと、地図があるのは、地下十五階まで」
「……面倒なことだな。まあ、他の冒険者に任せればいい。あたしたちは、とにかく潜るぞ」
人が多いところで調査しても、あまり稼げない。
人がまったくいないところでは危険度が増す。
その中間辺りが、ほどほどに稼げていくらか安全。
だが、進んでも進んでも、冒険者はどこかしらで見かける。
「どこ行っても誰かがいる」
「今も地上から冒険者が来ているから、どんどんダンジョン内における人の数は増えてるはず。急がないと、参加した分の金貨しか貰えないかもな」
「まあ、それはそれで楽だけど、どうせなら大きく稼ぎたい。急ごう」
「ああ」
リリィはとにかく最下層を目指すことにした。サレナも同意するのだが、地下十階付近でモンスターと遭遇する。
それは大きなイモムシ。
動きはゆっくりで、敵意はない様子。
しかし、その巨体のせいで道は塞がっている。
「うーん、邪魔だ」
「仕留めたところで、塞がったまま。だから他の冒険者たちも無視してるのか」
倒したところで道が塞がったままなら、倒す意味がない。
別の道を進もうとした時、イモムシは動き始めた。
軽く様子見をしてみると、その場を離れていくため、そのまま空いたところを進んでいくが、途中で足は止まる。
そこは小部屋となっているが、本来はあるはずのない地下への階段が存在した。
「……大当たり、かな?」
「誰かが先に入ってるといいが。あたしたちだけじゃ、不安がある」
リリィは地図と現在位置を確認しつつ、見間違いじゃないのか何度か交互に見たあと、しばらく他の冒険者が来ないか待ってみる。
数分ほど待っても誰も来ないため、諦めるようにうなだれた。
「ある意味、大外れかもしれない」
「で、どっちが照明係になる?」
「サレナに任せる。戦闘は、装備の新調をしたわたしのがいいだろうし。ついでに地図の書き込みもよろしく」
「わかった。任せろ」
高級品を取り扱う店で、クモ糸の衣服を買った。オーウェンから高価な剣を貰った。
武器と防具の双方において、リリィはサレナよりも上の装備であるわけだ
覚悟を決めて、地図には記されていない地下十一階へ。
そこは真っ暗だった。
ランタンがあるからこそ、かろうじて視界が確保できている。
「地形的には、上と変わりなし、と」
「モンスターの方はどうなのやら」
まずは、階段周辺をぐるっと一通り巡る。
通路や小部屋の配置はどうなっているのか、どんなモンスターが出てくるか、それらを確認する意味合いがあった。
だが、何も出てこないため、少しずつ動く範囲を拡大していく。
「地図はどう?」
「急かすな。道をちゃんと書くのは難しいんだぞ。しかも歩きながらだ」
「団長と一緒に潜ってる時、そういう技能は鍛えられた?」
「ああ。あとは、自警団の活動してる時もな。話を聞いて、色々書き込む必要があるが、素早くやらないといけない」
「へー。そういえば」
途中でリリィはそう言うと、足を止める。
「サレナのこと、あんまり知らないなって」
「昔のことは知ってるだろ。お互い、孤児として生きてきた。傷んだ食い物、泥の混じった水、それらでどうにか生きてきた」
「そんな昔の話じゃなくて、そのあとの方」
リリィは辺りを見渡すと、通路は長話に適さないため小部屋に向かう。サレナの手を引っ張る形で。
「自警団からわたしがいなくなったあとの話とか、聞きたい」
「図々しいな。あたしを捨てたくせに」
「いや、捨てたって、そんな人聞きの悪い」
サレナはむすっとした表情のまま詰め寄ると、両肩に手を置いて揺さぶった。
しばらくそれは続くが、止まったあとに話し始める。
「お前と一緒にいたかったよ。お前と一緒だったから、孤児としての貧しくて苦しい日々を耐えられたのに」
「とはいっても、途中で面倒見る人とかはいたわけで」
「ふん、途中で死んだじゃないか」
先程よりも、サレナはほんの少しだけ柔らかい表情になると、リリィを抱きしめる。
「死んだら終わりだよ。もうどうしようもなくなる。あたしは死なない。お前も死ぬな」
「大丈夫。それに、危なくなれば逃げるだけだし」
「頼むぞ。リリィが死んだら、泣くからな。場合によっては、あとを追うかもしれない」
それは本気の表情だった。冗談の一つも感じられない。
なのでリリィも、おふざけはせずに頷く。
その後、小部屋を出ようとする二人だが、怪しげな物音が聞こえた。
警戒を強めた二人は、外から聞こえる音がいくらか離れたのを確認してから、ゆっくりと扉を開けた。




