47話 式の中断
即位式当日の朝。
とても騒がしかったせいで、宿に泊まっていた四人とも目が覚めてしまう。
まあ、お祭り騒ぎだから仕方ないか。
そんな風に納得しようとするも、リリィの白いウサギの耳は違和感からピクピクと動いた。
楽しむような声を聞き取れなかったせいで。
「これは、どういうこと……?」
急いで窓を開けて外の様子を見ると、なにやら厄介な問題が起きているのか、王都の中心部にある城から大量の煙が発生していた。
火事でも起きたのか思いきや、火らしきものは見えない。
「なんだ? 事故なのか、事件なのか」
同じウサギの獣人ということで、サレナもすぐにやって来るが、情報が足りないので首をかしげるしかない。
「これは、大変な一日になるわねえ……」
外では大勢の人々が、呆然とした様子で城を見ていた。
驚くべき出来事によって、今のところ人々の動きは止まっていたり鈍くなっている。
しかし、時間が経てばどうなるか。
混乱が起き、悪いことをするのに都合が良い状況になるだろう。
セラは不機嫌そうにヘビの尻尾を揺らすと、荷物をまとめ始める。
「ひとまず、ラウリート商会に避難しましょう。何か情報が得られるかもしれません」
安い宿に留まっていては、安全を確保できないかもしれない。
レーアの提案に従い、全員でラウリート商会の建物に向かう。
すべての荷物を持ったまま。
移動の最中、リリィは周囲に耳をすませた。
「おい、ありゃどういうことだ」
「わからん。近づこうにも兵士に追い返される」
「困ったな。人が大勢集まるから商売しに来たってのに」
「海外から来た騎士とかは中に入れるようだが、いったい何が起きてるのやら」
あまり有益な情報はない。
その後、ラウリート商会の建物に到着すると、驚くべき情報を聞かされる。
城の一部が崩落し、そこにダンジョンの出入口が発生した。
崩落のせいで火事が発生するも、すぐに消火された。煙はその名残だという。
「どういうところからその情報を?」
レーアが尋ねると、王都アールムにおける商会の代表者は小声で囁く。
「レーアお嬢様。ラウリート商会は、様々な取引をしております。その中には、情報という品物もありまして。表と裏で色々な繋がりがあるのですよ」
どこから情報を得たかはそこまで重要ではない。
真っ先に考えることは、今後どうするべきか。
王都アールムに留まるか、一時的に立ち去るか。
それについてはリリィが意見を出す。
「ダンジョンの出入口なのは確かなんですか?」
「即位式には、冒険者ギルドの有力な方々も参加しています。さらに高位ランク冒険者の一部も。すぐに確認が行われた結果、ダンジョンであるとの判断が」
「……冒険者ギルドに行けば、そこに潜る依頼が出されたりして」
その場にいる全員が、リリィの言葉を受けて表情を変える。
あり得ない話ではない。
なにせ、今日は新王の即位式が行われるはずだった。海外からも、多くの来客が訪れている。
事件のせいでひとまず延期になるのだろうが、王国からすれば長く延期するのは避けたいところ。
調査のために人を大量に投入する必要があるため、ギルドに緊急の依頼が出る可能性は高い。
「それは、厄介で危険だぞ。けれど報酬は良いかもしれない」
「そうね。他の国からお偉いさんが来てるから、王国は対処を急いでる。舐められないようにするためにも」
「リリィ、もし潜る依頼があったら行く気ですか?」
「うん。王様の威厳とかにも関わるから、とにかく高い報酬を出すだろうし、稼ぎ時だと思う」
かつてリリィは孤児として生きてきた。
その経験から、一つの予想をする。
大事な式がある日に、厄介な事件が起きた。しかも外国から多くの重要人物が来ているという時に。
早急に対処できなければ、新たな王と国の両方によくない影響がある。
だからこそ、お金に糸目をつけず依頼を出してくれるはず、というものを。
「冒険者ギルドに行って様子を見てくるよ」
ギルドに向かうリリィについてくるのは、サレナだけ。
セラは怪我が治っていないので待機。
レーアは、安全な場所に留まるよう商会側から求められるため、やはり待機。
「結局、サレナだけと」
「あたしじゃ不満か?」
「せめて、セラが怪我してなかったらよかったんだけどね」
「魔術師がいた方がいいのは、そうだな」
話しているうちに、ギルドの近くまでやって来るが、なかなか厄介な状況になっていた。
王都中から手の空いている冒険者が集まっており、道が塞がっているのだ。
「集まってる冒険者って、わたしたちと同じこと考えてるかな?」
「おそらくは。あそこから入るぞ」
王都アールムのギルドは巨大だった。
縦にも横にも大きい建物であり、ハーピーらしき種族が、上の窓から出入りしているのが見える。
そこで、ウサギの獣人である二人は人の少ない路地に向かうと、協力して近くの家の屋根に上がる。
家は密集して建てられているため、あとは屋根を進み続けるだけ。
途中でさらに高い屋根に上がると、三階部分にあるギルドの窓に到着するので軽くノックした。
「上から来るとは、身軽な子どもだな」
「もう少し大きめに開けてください」
「はいはい。ガラスを割るんじゃないぞ」
窓から中へ入り込んだあとは、混雑している一階部分に降りる。
冒険者のほとんどは依頼が貼り出されるボードの前にいたが、一部の実力がありそうな冒険者は、空いているところに座ってギルドの受付をちらりと見るだけ。
「いやあ、なんだかワクワクしてきた」
「ヴァースの時とは違うからな。不謹慎だが、気持ちはわかる」
空いているところに座って待ち続けていると、ギルドの職員が集団で現れる。
冒険者たちの視線が一斉に集まると、大きな声で話し始めた。
「アルヴァ王国から、緊急の依頼が入った」
その瞬間、うるさかったギルドの中は静まり返る。
誰もが集中していた。
国からの依頼という、とても大きな仕事の内容を聞き逃さないように。
「王城内部にて、崩落が発生。原因は、ダンジョンが発生したことによるもの」
「質問が」
熟練の冒険者らしき一人が手をあげる。
「何か」
「つまり、三つ目のダンジョン?」
「いや、入場制限がされていたダンジョンと、部分的に繋がっていることが確認された。とはいえ、まだ地下一階部分しか確認できていない」
「そいつはまた、面倒な臭いがしてきますが」
「だからこそ、王国はギルドに依頼を出した。依頼内容は調査。未知があれば、それを記すこと。報酬は、参加した者に金貨十枚。未知の情報を提出すれば、追加のボーナスがある」
「……コアを手に入れても構いませんか?」
「ダメだ。冒険者の間で奪い合いになってもらっては困る」
とにかく人手がいるということで、冒険者ランクの制限が一時的に解除される。
誰でも潜れるようになるわけだ。
その分だけ、死者も増えるということでもあるが。
「参加する者は、受付において手続きを行うように。ただし、大事な注意をしておく。普段よりも死ぬ可能性が高いということを」
注意を受けて、半分ほどの冒険者が固まっていた。
だが、周囲には大勢の冒険者がいる。これだけいるなら大丈夫だろう。
そんな気持ちから、一人また一人と動いていくと、数百人を越える冒険者たちが手続きを行う。
リリィとサレナは軽く様子を見て、比較的あとから手続きを済ませた。
「潜るのはギルドにある出入口から。王城側は、現地にいた高位ランクの者たちが対応している」
「問題を起こした者は、ギルドにて処罰する。心してかかるように」
大勢の冒険者が、列になって少しずつ入場制限のあったダンジョンへと潜っていく。
それを後ろで見ていたリリィは、何かに気づいた様子で手を叩いた。
「そういえば、現在の最下層までの地図を買っとかないと」
「向こうに商人がいる」
慌てて購入しようとすると、普段の二割増しという値段で買う羽目に。
やや足元を見られたが、無事に用意することはできた。
ついでに、ダンジョンから脱出できる魔法のスクロールを持っているのを確かめたあと、二人は冒険者の列に並び、謎の深まるダンジョンへ潜っていく。




