12話 賞金首の動向
賞金首に大怪我を負わせたものの、逃げられてしまう。
自分が死ぬという最悪の結末よりは良いとはいえ、あまり喜べない勝利だった。
リリィは稲妻の魔法を受けたせいで足に力が入らず、剣を杖代わりにしてなんとか立つと、倒れているセラのところに向かい、揺さぶって起こす。
「セラ、起きて。ここを出ないと」
「くそ……あいつなんなの。同じ魔法で打ち消してくるとか」
フラフラとしているが、セラはゆっくりと立ち上がる。
「どうする? ギルドに報告する?」
「どっちでもいいわ。あのワイズって奴は、どこか遠くに逃げただろうから」
立ち去る前にワイズがいた部屋を探索してみるも、目ぼしいものは見つからない。
無駄に戦っただけという結果に終わり、二人は疲れた様子で他のパーティーが待っているだろう地下一階へ。
「どうした、ずいぶん疲れてるが」
「探索したけど何もなくて」
「ははあ、心が疲れたか。心ってのは意外と肉体に影響をもたらす。なのでダンジョンに挑む時は……」
「おっさん、子ども相手に話してる場合じゃないぞ」
「おおっと、ダンジョンが消えるのを見逃すのはもったいない」
リリィは、ゴーレムとの戦闘や賞金首であるワイズと会ったことを隠した。
報告するにしろ、しないにしろ、冒険者パーティーに言ったところでどうしようもない。
全員で地上に戻ると、コアを失ったダンジョンは完全に崩壊し、さっきまで階段があった場所は土に埋まる。
「なんだか呆気ない」
「野良ダンジョンだしな。都市とかのでかいダンジョンなら、もっと凄いかもしれないが」
「そういうところのダンジョンって、攻略されたりとかは」
「ない。冒険者ギルドが厳しく管理してる。ダンジョンは、ギルドにとって大事な飯の種でもあるからな。大昔はあったみたいだが。生き埋めになった冒険者はそこそこいたらしい」
「うわあ……」
「ま、ダンジョンのことはギルドに任せたらいい」
攻略を終えたあとは町に戻るだけ。
馬車に乗り、揺られながらしばらく経つと、冒険者ギルドの前で降りて解散となる。
早速、今回得たモンスターの素材を換金しに行こうとするリリィだったが、セラに呼び止められる。
「なになに?」
「私はしばらくギルドに顔を出さない。……町から賞金首の話が消えるまで。だから手を貸せなくなる」
「わかった。引き留めたりはしない」
「あらら、予想以上にあっさりね。あーあ、お姉さんは寂しいわ」
「なら、泣いて引き留めようか? 嘘泣きになるけど」
「どういう演技をしてくれるのか気になるけど、目立つから遠慮しておく。ま、今回得た素材は全部あなたが持っていっていいわ。じゃあね」
ワイズのことを警戒しているのか、どこかに姿を隠すらしく、遠くからでも目立つラミアの後ろ姿は路地の中に消えていった。
一人残されたリリィは、色々と中身が詰まった袋を持ってギルドの受付に行き、ひとまず換金を済ませる。
合計で銀貨二十枚。事前に支払った五枚を引くと、利益としては十五枚。
一日の稼ぎとしてはまあまあだが、野良ダンジョンの中での苦労と比べると微妙過ぎた。
その苦労の大半はワイズが原因とはいえ。
「あ、そういえば種があったっけ」
宝箱から得た謎の種。
そもそもなんの種なのか気になるため、ギルドの受付で尋ねることに。
「あの、調べたいことが」
「なんでしょうか?」
「今日、野良ダンジョンに行ったんですけど、謎の種を宝箱から手に入れたんです。これなんの種ですか?」
「確認のためにお預かりします」
結果がわかるまでしばらくかかるらしく、待つ間リリィは酒場で時間を潰す。
さすがにお酒ではなく果物のジュースを頼むが、これが意外と美味しい。
追加でもう一つ注文して飲んでいくと、ギルドの中が少し騒がしくなる。
「うん?」
自警団の団員を引き連れてオーウェンがやって来た。
武装しているのでなんとも物々しい限り。
ギルドの受付で何かを話すと、手紙らしきものを置いてそのままギルドから出ていく。
見物していた冒険者たちは、突然やって来てさっさといなくなる自警団に首をかしげるだけだったが、リリィはとある予想をする。
「賞金首関係で何か大きな動きがあったかな?」
それは単なる予想でしかないが、答え合わせをする機会はすぐにやって来る。
ベレー帽を被り、高価なドレスに身を包むハーピーの少女レーア。
彼女がギルドに来たのだ。
リリィを見つけた瞬間、真面目な表情で隣に座ってくるため、何か急ぎの用件がある様子。
「それを飲み終えたら、わたくしの馬車に」
「今行くよ」
一気飲みすることでジュースはすぐになくなった。
ちょっときつそうにするリリィだが、レーアが乗ってきた馬車に乗り込むとすぐに話が始まる。
「……賞金首のワイズですが、王都へ向かったとの知らせがありました。それにより、ヴァースの自警団とギルドは、賞金首の追跡を中断することになるでしょう」
「商会だけはそのまま?」
「はい。ヴァースの町に来るかもしれないからこそ、協力関係が成り立ってたわけです。こうなると問題なのは」
「賞金首が今後どう動くのか」
リリィが言葉を被せると、レーアは何か探るような視線を向け、軽く足を蹴ってくる。
一度ではなく何度も。
痛くはないとはいえ、やられている方からしたらたまったものではない。
「ちょ、なんで蹴るの」
「会いましたね? 賞金首と」
「…………」
「目を逸らさない」
「ちょっと話して戦っただけだから」
「どこで?」
「野良ダンジョンの中。なんかダンジョンの研究をしてるらしい」
そこまで話すと蹴りは来なくなる。
「よく生きていましたね」
「かなり危なかった。お互い部屋にいたから、魔法が放たれるタイミングを見て動くことができた。ただ、剣を胴体に刺したけど割とピンピンしてた。多分、捕まえるの無理かも」
「まあいいです。厄介な相手は、大人に任せるべきですから。王都にいる冒険者たちなら賞金首を捕まえてくれるはず」
厄介な賞金首だが、ヴァースの町に来ないならそこまで重要ではないのか、レーアは背もたれに寄りかかると外を眺めた。
しばらくそうしていると、軽く息を吐いてから話し始める
「リリィ、冒険者としての経験は積めていますか?」
「それなりには、かな」
「ずっと銀貨十枚の返済では、いつまで経っても借金は減りません。そろそろ一ヶ月ごとの返済量を増やそうと思っているのですが」
「そ、それは待って! 装備の更新とか済んでからにして!」
性能の良い武器や防具ほど値段は高い。
今のリリィはまともな防具を身につけておらず、持っている武器は広く出回っている安物の剣のみ。
これではダンジョンの深い階層において苦労するため、より大きく稼ぐことを目指すなら、装備の更新は必須である。
「リリィは今いくつでしたっけ?」
「十五歳だけど。レーアと同じ」
「それでは、わたくしが将来設計を考えましょう。今はただの一般冒険者。しかし、そこから最強冒険者へ至る計画を!」
「いやいやいや、そういうのはいいから」
一人で盛り上がるレーアに対し、リリィは頭と手を振って全力で拒否する。
もし最強冒険者へ至る計画なんかに同意した場合、いったい何をやらされるのやら。
かなり予定を詰められ、心休まる日々が無くなるのだけは確実。
「むう、つれないですね。わたくしの計画ではこうです。まず数年ほど下準備を行い、実力と装備をかなり高いものにする。そして人の多い王都に行って、難しい依頼をずばばっと次々に完了させていく。すると、とんでもない有望株が現れたということで注目が集まる」
「……それで?」
お互い馬車の中にいるので無視することはできない。
「ふふふ、生意気な若僧に対して喧嘩を売る古参の冒険者たち。しかし、リリィはそいつらをすべて返り討ちにして、周囲からの驚きを集めるわけです。そして色々あって最終的には金貨一万枚の借金をすべて返済してしまう。いかがですか?」
端的に言って現実味がない計画であり、今の段階では加わる意味がない。
なんともいえない表情のまま相手の話を聞いていたリリィは、改めて強く首を横に振る。
「レーアの計画には絶対乗らないという気持ちが強くなった。あとその色々の部分が結構大事じゃない?」
「さすがに何があるかわからないので、曖昧にしました」
「……そう」
やがて馬車は止まるのだが、外を見るとギルドに近い大通りだった。
「話はもう終わりです。降りたいならどうぞ」
「一応、言っておくけど、最強冒険者計画なんてものには参加しないからね」
「リリィは才能あるのに。成長して有名になった時、わたくしが育て上げたと周囲に言って回りたい」
「ダメ」
「どうしても?」
「うん。もう降りる」
レーアが乗る馬車が遠ざかるのを眺めながら、リリィはあることを思い出す。
それは調べてもらっている種のこと。
慌ててギルドの受付に向かうが、調査は時間がかかるようで、もう少し待つように言われた。




