118話 酔う白ウサギ
遠くに陸地が見えてきたため、飛空艇の操縦に集中していたリリィは気を抜いた。
そしてサレナに操縦を任せると、だらりと寝そべる。
「あ~、疲れた」
「朝から晩まで、ずっと動かしてたんだ。当然といえば当然」
「サレナ、あとは任せた」
「うん。あたしとしても、練習になるから問題ない」
軽く休んだあと、リリィは何か思い出した様子で荷物を漁っていく。
取り出したのは、いくつかの果物。
襲われていた船団を助けた時に、お礼として貰ったもの。
非常に色鮮やかで、食べ物というよりは別の何かに思えるほど。
「これ初めて見る果物だけど、どんな味がするかな?」
「一度、港町に寄って調べるのが確実ですよ」
「そうそう。極端に変な味かもしれないし、美味しく食べるためのレシピとかあるかもしれないわ」
「でも、ちょっと……これとか」
リリィは果物の一つを持ち上げる。
傷みかけており、一部だけ色が変わり始めていた。
早いうちに食べないと腐ってしまう。
「では、腐る前にそれを一つ食べてみましょうか」
「やれやれね。不味くない代物であることを願いたいわ。ほら、貸しなさい」
セラはナイフを持ち、果物の皮を慣れた様子で剥いて、人数分に切り分けてから配る。
「匂いは、ちょっと甘い……? まあいいや」
「それじゃ、全員で」
四人が同時に謎の果物を食べる。
すると、なんともいえない空気が漂う。
「……不味くはないけど、美味しくもない」
「シャリシャリとした食感なので、食べ続けることはできる」
「味は期待外れ、ですね」
「もしかしたらもっと美味しい食べ方があるのかもしれないけど……」
呟くセラだが、言葉は途中で止まる。
なぜかリリィが、ヘビな尻尾をベタベタと触ってきたからだ。
微妙にいやらしい手つきのため、尻尾を強く動かして払い除けようとする。
「ちょっと、いきなりなんなの」
「いやあ、なんだか、そうしたくなってきて……」
リリィはにへら、と緩んだ笑みを浮かべたまま、セラの尻尾をふにふにと弄び続ける。
艶やかな鱗の感触にうっとりしながら、まるで高級なクッションを愛でるような手つきだった。
「こら、やめなさい!」
ぴしっ、と尻尾でリリィの手を払い除けたセラは、目を吊り上げて睨む。
だが、当のリリィはというと。
「うふふ、セラの尻尾って、なんか……こう、気持ちいいよねぇ……」
なぜか酔っていた。
それも、酒をあおったかのような、ふわふわした足取りと、意味不明なテンション。
「……リリィ、それ本当に大丈夫な果物だったんですか?」
「たぶん……たぶんね……」
尋ねても、本人はろくに考えていないようだった。
そしてターゲットは変わる。
今度は、レーア。
「ふふっ、レーアぁ……」
「あっ、ちょっと、こっちに来ないでください。わたくし、そういうのは……うわっ!」
ぐい、と両腕を広げて飛びついたリリィが、レーアの肩に頭を乗せてすり寄ってくる。
頬をすりすり、手は背中を這い、耳元で甘く囁く。
「レーアの髪、さらさらで、甘い匂いがするぅ……もしかして、わたしの好みかも……」
「なっ!? まさか、いきなり口説いてくるとは……!」
驚きから顔を赤くしたレーアが、火花でも出そうな勢いで引き剥がし、跳ね除ける。
しかし酔っぱらいは止まらない。
「サレナぁ……サレナも可愛いよぉ……えへへ……」
「くっ、今度は……あたしか!?」
気づいた時には遅かった。
リリィはサレナを背後からぎゅうううっと抱きしめ、そのまま身を預けてぴったりとくっつく。
「よくがんばってるもんねぇ……えらい……サレナのそういうとこ、ほんとに好き……。誰がみとめなくても、わたしがみとめる。大事な妹だから」
「ぅ……っ……く、くそっ……。大事な妹とか言われたら、足に力が……入らな……」
崩れ落ちそうになるサレナを、リリィがそのまま抱えて揺らす。
どこか、桃色がかった甘い空気が、船内に漂っていた。
そして数分後。
「……ん? あれ? わたし、なにか……」
ようやく酔いが覚めたリリィが、きょとんとした顔で身を起こす。
そして目に入るのは、なかなかにひどい光景だった。
やや顔を赤くして睨み続けるセラ。
危険な代物とばかりに謎の果物を布で包んでいるレーア。
床に座り込んでぷるぷると震えているサレナ。
「……あれ? わたし、なんか……やらかした?」
「やらかしたなんてレベルじゃないわ!!」
「わたくしは、ああいうリリィを始めて見ました。あの果物は、危険物過ぎます……」
「あたし……あたしは……ふぐううぅっ! このバカ!」
三人の怒号が飛ぶ中、リリィは額に手を当てた。
「うわ、うそ……まさか、あの果物、酔っ払う系……?」
「黒ウサギではなく、白ウサギにだけ効果がある代物。……謎な限りです」
「なんだっていいわ。とりあえず、うざ絡みしてきたクソガキには説教が必要だと思うから、逃げないように」
「うっ……お、お手柔らかに」
逃げ場のない飛空艇の中、しばらくセラによる説教が続いた。
逃げられないよう尻尾で拘束した上で。
やがて飛空艇は港町に降り立つ。
謎の果物を処分するために。
ぐったりとした様子のリリィは、謎の果物とは引き離され、三人のやや後ろをついていくしかない。
まずは、市場通りの果物屋へと向かった。
木造の古びた屋台の奥にいた店主は、年季の入ったエプロンを着けた初老の男性だった。
「おや、旅の方か。何か探し物かな?」
「これですが……見覚えありますか?」
レーアが布で包んだ果物を取り出す。
店主は目を細め、包みを開いて中身を確認すると、ひょいと一つを持ち上げた。
「ふむ……こりゃあ珍しいもんだな。こんなもん、そう簡単に手に入るもんじゃない」
「どういうものなんですか?」
レーアの問いに、店主は果物をくるくる回しながら答える。
「高い山の上でしか育たない果実さ。標高と気候の影響で、運ぶのも一苦労。それに……こいつ、見たところ酔わせるタイプだな」
「……酔わせる、タイプ?」
「そう。見た目は同じでも、中にはちょっと特別な成分が入ってるやつがあってな。人によっては酒に酔ったようになっちまう。特に、そこにいるウサギの二人みたいに耳や尻尾がついてる種族なんかは、よく反応するんだ」
リリィとサレナが同時に目を細めた。
「あー……だからあんな風に」
「けど、あたしは酔わなかったぞ」
「酔いやすい人がいれば、酔いにくい人もいるもんで。黒ウサギのあんたは、酔いにくい体質なわけだ」
「ところで、それって……お値段のほうは?」
リリィが恐る恐る尋ねると、店主はにっと笑った。
「酔わせるやつは、なかなかに高く買い取られる。金貨二十枚は堅いな。宴の盛り上げ用としては最高だからな」
「……金貨、二十枚?」
リリィの顔が凍りつく。
手持ちの果物の数を脳内でカウントして、しばらくの沈黙……。
そして、残りの果物を店主が調べ、値段が提示される。
「残念ながら酔わせるやつはなかった。通常のやつは一つ辺り、銅貨五枚。全部で銅貨二十枚だ」
「そ、そんな……」
がくり、とその場に崩れ落ちるリリィ。
肩を落とし、手をぶらりと下げ、膝から崩れ、静かに天を仰ぐ。
金貨と銅貨。
その価値には、雲泥の差がある。
「高級な果物を……自分で食べて……酔って……変な絡みして……しかも銅貨……くぅぅ、やらかした……!」
「なるほど、これは確かに酔うやつですね」
レーアは淡々と呟く。
「果物一つ……金貨二十枚……くそっ、あたしが金庫番なら泣いてるぞ……」
サレナは頭を抱える。
そして、そんな様子を見ていたセラが冷たい声で一言。
「全額、請求してもいいかしら?」
「勘弁してっ!!」
市場の片隅で、白ウサギの少女が天に向かって叫ぶ。
それは、港町に響く、かつてないほどの後悔の声だった。




