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117話 空と海を飛ぶ

 海の上、というよりは空中。

 そこを飛び続けるのはアルヴァ王国で貰った飛空艇。これにリリィたちは乗っていた。


 「ヴァースの町まで一直線に進む……リリィ、正直無理があると思うんだけど」


 窓際で頬杖をつきながらセラは言う。

 空いている方の手には、地図があった。

 貰ったはいいものの使い道の少ない飛空艇。

 これを有効活用するため、ヴァースの町に置いてなくて売れそうなものを見繕い、少しばかり買い込んでから出発した。


 「大丈夫だって。最初の頃よりは操縦とかに慣れてきたし」

 「このペースなら一週間ほどで到着できる。ただし、途中で何事もなければ、だが。天候が荒れるだけでまずい」


 時々、窓から外を見ていくサレナ。色々なものを警戒している。

 海上と比べて空中はモンスターに襲われる心配がない。

 だからか、見かけるのは渡り鳥や他の飛空艇くらい。

 海に視線を向ければ、船団などを見ることができる。


 「海の船よりも素早く移動できる。これが飛空艇の利点なので、色んな地域を巡ることを考えると、わたくしとしてはリリィが操縦して経験を積むのはいいことだと思います。……それにいざという時は、飛空艇を捨てて転移するという手もあるので」


 レーアは大量のスクロールの中から一枚だけ取り出す。

 それは、使用者と周囲にいる者たちを転移させるというもの。

 なお、これを利用した場合、飛空艇やその中に積み込んだ荷物などは諦めることになる。


 「まあ、そういうの使わずに済むよう努力するから」


 雑談をしつつ飛んでいると、突如、飛空艇がぐらりと大きく揺れた。


 「うわっ……!」

 「もう、言ってるそばから問題起きてるじゃないの!」


 セラが体を浮かせかけ、慌てて窓枠にしがみつく。サレナがすぐさま窓の外を見た。


 「……下降気流! リリィ、速度落として、左に傾けろ!」

 「わかってるけど……う、制御が……っ!」


 操縦桿を握るリリィの手には力がこもり、顔には冷や汗が浮かぶ。

 飛空艇はみるみると高度を下げ、どこまでも青い海がすぐそこにまで迫ってきていた。


 「くっ、このままだと海面に……」

 「ぶつけないってば!」


 声を荒げると同時に、リリィは操縦桿を思いきり左に切る。

 船体がきしみながら斜めに傾き、海面すれすれの位置でなんとか水平を取り戻した。

 間一髪だった。


 「ふぅ……いきなり来るのやめてほしいんだけど。心臓に悪いわ」


 息をつくセラの背後で、レーアが軽く手を掲げながら一枚のスクロールを使う。

 風の魔法が空気を整え、船内の揺れをわずかに緩和した。


 「急降下の勢いによる揺れが落ち着きました。……このまま低空で飛行し、頃合いを見て上に戻りましょう」

 その時だった。


「……あそこを!」


 サレナが低く呟き、前方を指差した。

 その視線の先、青い海原の上に数隻の帆船が見えた。

 明らかに交易用の船団だが、その周囲に黒い影が蠢いていた。


 「モンスター? あの動き、空を飛んでる……」


 翼を持つ魚のようなシルエットが、船の周囲を滑空している。帆に爪を立て、甲板の上で跳ね、船員に襲いかかっているのが遠目にもわかった。


 「近すぎるわ……これは、巻き込まれる前に」

 「いや、助けるよ」


 リリィの声が鋭く響く。


 「こっちから見えてるってことは、向こうからも見えてる。ここで無視するより、助けてお礼を貰う方がいい」


 その言葉に、他の三人は視線を交わし、すぐに頷いた。


 「あたしは乗り込む。幸い、小型のモンスターばかりだから」

 「なら、私は飛空艇から魔法を放つわ。上から援護するわけ」


 サレナが鞘から剣を引き抜き、セラは杖を構える。

 レーアは後方に回って、広範囲魔法の使えるスクロールを探していく。


 「船上へ降りるには距離がある。リリィ、船団に近づくついでに、敵を空に引きつけてほしい」

 「了解!」


 操縦桿をぐっと押し込み、飛空艇が再び高度を上げていく。風を切りながら、モンスターたちの上空へと滑り込む。

 飛空艇の影に気づいたのか、数体の飛行モンスターが空を舞い、こちらへと軌道を変えた。


 「来たわね、飛行型が三体。……うち一体は、グリフォン」


 セラの指摘通り、群れの中にひときわ大きな影がいた。

 猛禽の翼と獣の下半身を併せ持つ魔獣。

 空の狩人たるグリフォン。

 普通の個体よりは小柄だが、それでも人間を軽く咥えて持ち上げられるほどの力を持つ。


 「サレナ、まさか飛び降りる気?」


 リリィが振り向く間もなく、サレナは窓枠に足をかけた。


 「何、あのくらいの距離なら問題ない。帆船のマストが見えるから、そこを使う」


 それだけを言い残し、黒ウサギは飛び出した。

 風がうなりを上げる中、サレナの体が弧を描き、船団の一隻、その帆の支柱に見事に着地する。

 片膝をついた体勢からすぐさま跳ね起き、そのまま甲板へと滑り降りた。


 「身軽ねえ。どこかの白ウサギより重装備なのに」


 セラは呆れ混じりに呟きつつ、杖を構える。

 飛空艇はそのまま高度を保ちながら、海上を旋回。操縦桿を握るリリィは舵を細かく調整しつつ、船団の全体を見渡す。


 「……サレナはもう戦ってる。セラ、援護お願い」

 「言われなくても!」


 セラの詠唱に応じて、その杖先から放たれた魔力の弾が、翼のある魚の背に命中。

 甲板で跳ねていたモンスターが煙を上げて吹き飛ぶ。

 その隙に、サレナが一閃。

 剣が放物線を描き、跳躍中の一体を空中で斬り裂いた。

 だがその背後から、グリフォンが滑空してくる。


 「っ、でかいのが来た……!」


 羽ばたき一つで数メートルを跳躍し、サレナへと急降下してくるグリフォン。帆を突き破らんとする勢いに、サレナは即座に反応し、逆方向へ跳ぶ。


 「逃がしません!」


 その時、後部に回っていたレーアがスクロールを使用。小型の雷が放たれ、グリフォンの動きを一瞬鈍らせる。


 「今だ!」


 叫びと共に、サレナが足場を蹴って舞い上がり、斜め上からグリフォンに斬りかかる。鋭い爪が肩を掠めたが、それでも剣が翼に深々と突き刺さった。


 「ギャウアッ!」


 咆哮と共に、グリフォンが空へ逃げるように舞い上がる。だがその翼は大きく損傷していた。


 「逃げた、か……」


 空に残るモンスターたちはグリフォンに追従するように方向を変え、海風に乗って遠ざかっていった。

 戦いは終わった。

 飛空艇の中で、リリィが息をつく。


 「ふう、飛空艇は非武装だけど、なんとかなってよかった」

 「でも、あなたが上手く高度を維持してくれたから、サレナの援護もしやすかったわ」


 セラが労うように肩を叩く。

 レーアは傷の手当て用に荷物の山から道具を用意しながら、ぽつりと呟いた。


 「今回に限っては、飛空艇よりもサレナの身体能力の方が気になるところでした」

 「確かに」


 ちょうどその時、サレナが飛空艇へと戻ってきた。肩の傷は浅いようで、着地後も平然とした顔で一言。


 「船団の者たちは、お礼を言ってた。荷に珍しい果実があるらしくて、少しばかりくれるとのこと」

 「報酬が果物かあ……まあいいや。何もないよりは全然マシだし」


 リリィは小さく笑い、操縦桿を再び握り直す。


 「さて、ヴァースの町に向かって再出発。……今度こそ何も起きませんようにって、念のため言っとく」


 空と海は穏やかだった。

 さっきまでの戦いが嘘だったかのように。

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