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116話 変わりゆく世界

 「今、大丈夫ですか? 各地からの報告が届いたので、お伝えしようかと」

 「うん。宿で休んでるから問題ないよ」


 ソフィアの声は、どこか疲れが混じっていた。その理由はすぐに明らかとなる。


 「では、手短に。魔界のダンジョン攻略ですが、挑んだ五つのうち、成功したのは三つ。失敗したところも、コアを手に入れるまではよかったのですが、元の世界に帰る際、魔界の者との戦闘で落としてしまったとのこと」


 完全な成功とは言えなかった。

 元々ダンジョンそのものを世界から消すつもりだったソフィアにとって、この結果はやや不満である様子。

 とはいえ、魔界側の計画を潰すには十分だった。 これで、二つの世界が混ざって世界規模の災害が起こるという最悪の未来は回避された。


 「魔界側に、何か隠し玉とかは」

 「サーラから聞きましたが、ないそうです」


 元々は魔界の者だったサーラ。

 色々と知っていた彼女がないと言うのなら、その通りなのだろう。

 だからか、リリィはほっとした様子で息を吐いた。


 「じゃあ、あとは待つだけ?」

 「そうですね。できることはないので、今はただ変化を見守るのみです」


 数日もすると、その影響を見聞きすることができるようになる。

 ダンジョンの数が減っている。

 そんな話が、冒険者たちの間で広まるようになった。


 「聞いたか? 世界からダンジョンがいくらか消えていってるそうだ。そのせいでギルドは大忙しだよ」

 「なんだと!?」

 「攻略して消えたあと、元に戻ることがないらしい。消えたままなんだと」

 「だから、ギルドの職員が最下層への立ち入りを厳しく監視してるのか。知り合いの手紙にそう書いてあった」


 リリィたちがやったことは、世界全体からすればちっぽけなこと。

 それでも、その影響は大きい。

 派手な戦争や大規模な災害の発生を未然に防いだ。

 水面下で入念に準備し、一気に動いて終わらせた。

 魔界の者が気づいた頃にはすべてが終わり、こちらの世界の者は気づくこともない。


 「ふぁ……朝から外を見るのは楽しいか?」

 「それなりに、かな」


 リリィが宿の窓から外を眺めていると、起きたばかりのサレナに声をかけられる。

 外では、冒険者たちのざわめきが続いている。

 いくらか消えたダンジョン、急増する調査依頼、変化する世界。

 それでも、世界は回っていく。人々は、日々を生きていく。




 魔界に暮らす魔族の計画を打ち砕いてから一週間後。

 冒険者をしながら今後の身の振り方を考えていたリリィに、魔導具を用いた連絡が来る。

 相手は、オーウェン。

 直接話したいことがあるから、ソフィアから魔導具を借りて話しているという。


 「どうだ? いつヴァースに戻ってくる?」

 「いきなりそれですか」

 「魔界で危ない橋を渡って、なんとかコアを持ち帰ることに成功したからな。おかげで、借金はチャラだ」


 言葉には嬉しさが満ちていた。

 だが、そのあと軽いため息が続く。


 「ま、完璧な成功とまではいかず、ダンジョンがいくらか減るだけの結果に、教団の教祖殿は不満なようだが」

 「でも、それは冒険者をしてる者からすると嬉しい。でしょ?」

 「ああ。飯の種がなくなった荒くれ者がいきなり放り出されることがなくて、俺はほっとしてる」


 ヴァースの町で自警団の団長をしているオーウェンは、割と顔が広くて政治的なことにも通じている。

 そんな彼は、おふざけ混じりに言う。

 ダンジョンありきの世の中で、ダンジョンがすべてなくなったことを想像すると、体が震えて仕方がない、と。


 「でも団長なら、全員ぶちのめしてしまえる」

 「一人じゃきついから、有能な奴が団員になってほしいんだがねえ」

 「もうしばらくは、冒険者続けるので」

 「そうかい。俺はエリシア殿に監視されつつ、町の平和を守っていくよ」


 これで話は終わり、次はソフィアとやりとりすることに。


 「最後に伝えることが。今、あなたに貸し出しているその魔導具ですが、まだそのままで構いません」

 「返却は、好きな時に?」

 「ええ。あなたと話がしたいと考える誰かがいるので」


 そのあと、ソフィアから別の誰かに切り替わる。


 「少しいいだろうか?」

 「……まあ、はい」


 声の主は、アルヴァ王国の国王だった。

 まさかの相手に、リリィはなんともいえない表情になるが、国王は苦笑混じりに褒め称える。


 「よくやってくれた。まさか、君みたいな少女が世界を救うことになるのは驚いたが」

 「成り行きで、そうなったというか。わたし一人だけの力でもないので」

 「それでも、君がいなければ、今はなかっただろう。それに命の恩もある。だから、リリィ・スウィフトフット、君に改めて言わせてほしい」

 

 ありがとう。

 その言葉を聞いた瞬間、リリィは気恥ずかしさから、白いウサギの耳がピクピクと動く。


 「どうだろう? 銅像でも建てようか? しばらく先になるが」

 「いえ、そこまでは」

 「っと、あまり独り占めするのもいかんな。私はこれで失礼する」


 国王はそう言うと、また別の誰かに切り替わる。


 「リリィ。わたしのところに来てください。イドラに長居するよりはいいはず」

 「いやいやいや、いきなり過ぎる」


 アルヴァ王国の王女、ロジーヌ。

 彼女は率直に自分の要求を語るも、リリィがはいと言わないので、露骨に機嫌が悪くなった。


 「はい? いいえ? 返事はどっち」

 「そのうち行くというのは?」

 「……人の顔にパイを投げつける風習がどこかにあるというのを耳にしました。クリームがたっぷり乗ったものを、叩きつけて差し上げます」

 「ひどい」

 「まあ、おふざけはこの程度で。王女なので予定が色々あります。事前に言ってくれると調整できるので、王都に来る場合は一度この魔導具で連絡を」


 これでようやく話は終わり、ソフィアから失くさないよう注意を受けたあと、リリィは魔導具を荷物の中に戻す。

 そしてパーティーメンバーである三人がいる方を見た。


 「このあとどうする?」

 「まずは朝食から。イドラに留まるか、このまま去るか。それを決めるのはあとでいい」

 「そうですね。今のうちに、わたくしはオリビアの店に足を運びましょうか。魔導具を貸し出してくれる店というのは、将来性がありそうなので」

 「私は、決まったことに合わせるわ。急いで何かする予定はないし」


 これといった目的はない。

 気の向くまま、どこかに行ったり、したいことをできる。お金が尽きない限りという言葉がつくものの。

 四人が宿屋を出ると、フードのついたローブを着た何者かが近くの路地にいた。

 その隣には、レオンがいる。

 つまりローブの何者かは、サーラであるわけだ。


 「少しいいだろうか。君たちがイドラから離れる前に話をしたい」


 場所を移すため、狭い路地の奥へ。

 そこは誰かに聞かれる心配がない。

 まずレオンから口を開いた。


 「すまなかった。我々は、コアを持ち帰ることに失敗した」


 謝罪の言葉のあと、サーラはフードを少しだけ上げる。


 「悪いね。レオン坊やたちと挑んでたけど、向こうの兵士とかが待ち伏せててねえ。コアを投げて注意を逸らしてなんとか戻ってきたんだよ」

 「ギリギリとはいえ成功に終わったので、わたしは責めません」


 失敗したならともかく、成功という形に落ち着いた。

 だからリリィは気にしないでいたが、レオンは心底申し訳なさそうに頭を下げる。


 「そう言ってくれてありがたい」

 「ま、私らはこんなところか」


 サーラはそう言ってその場を離れようとするが、いくらなんでもそれはどうなのかということをレオンが語る。

 そしてせめてもの感謝の気持ちということで、今日の朝食はレオンたちに奢ってもらうことに。

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