115話 元の世界へ
音が聞こえる。それは誰かが戦闘している音。
リリィは目を開け、周囲を確認する。
近くには倒れているサレナたち。そして少し離れた場所では、ジョスとエクトルがゴーレムを相手に戦っていた。
「ここはダンジョン……。なんとか目覚められたけど……いたたたっ」
起き上がろうとすると体が痛む。
原因は、真新しい怪我。
おそらく、意識を失っている間にゴーレムがトドメを刺そうとしてきたのだろう。
それを止めるため、ジョスとエクトルはゴーレムと戦っている。
「まずは、コアを……」
体のほとんどが液体で構成されたゴーレム。
あれは全身が金属のものより直接的な戦闘力に劣るようで、戦っている二人は余裕を持って対処していた。
ならば目覚めた自分がするべきことは、ダンジョンのコアの回収。
リリィは奥へ進む。
そして台座と、大きい宝石のようなダンジョンのコアを発見する。
「待った」
「サレナ? どうしたの」
追いついたサレナが呼び止める。
それを受け、リリィは伸ばしていた手を途中で引っ込めた。
「コアを取るのはもう少し待って欲しい。まだ、起きたばかりで回復してない。それに、あのゴーレムもいる」
「まあ、寝起きでいきなり走るのはきついか。わかった、待つよ」
やがてレーアとセラもやって来る。
二人の顔は、どこか険しい表情が浮かんでいた。
「意識を失っている間のこと、どれくらい覚えてますか? わたくしは、リリィがやって来たことを覚えてます」
「……あたしは、さっぱりだ」
レーアがはっきりと記憶を持っている一方で、サレナは肩をすくめて答える。
しかし、セラだけは黙ったまま。鋭い視線をリリィに向ける。
「ねえ、リリィ。あなた、私と何かしてた? なんかぼんやりと一緒にいたのは覚えてる」
「ええと……子どもの頃のセラと話したり」
「どこまで?」
声が低くなる。その響きには、かすかな敵意すら含まれていた。
返答を間違えれば、面倒なことになるかもしれない。
「洞窟の中で一緒にいて、外は寒いってのを聞いた」
「ちっ、人の心にずかずかと……。まあいいわ、原因はあのゴーレムだから、これ以上は言わない」
不機嫌そうになるが、不慮の事故ということで我慢してくれる様子。
それを見てほっとするリリィだが、セラはしかめっ面のまま、新たな質問を投げてくる。
「ちょっと待って。最初は私の子どもの頃として、最後はどういう感じだった?」
「……言わないとダメ?」
「ああもう! その様子からして、面倒なことが起きてたようね。怒らないから言いなさい」
「いや、でも……」
「そろそろ向こうも決着がつきそうだから早く」
ジョスとエクトルの戦いは、ほぼ終わりかけていた。
ゴーレムは形を保てず、かろうじて反撃する程度。
あと数十秒ほどで終わるだろう。
「言うけど怒らないでよ。……ある程度成長したセラが、洞窟を焼き払ったあと、わたしに全身で巻きついてた。泣きそうな声で」
その瞬間、セラはリリィを捕まえようとするが、リリィは回避するとコアを手に取って走る。
「この! 待ちなさい!」
「怒らないって言ったじゃん!」
「怒らないわ。忠告をしてあげるだけよ」
どんな忠告か。考えるだけで恐ろしい。
なので立ち止まらない。
「こっちは決着がついた。そっちは、回収できたみたいでなにより」
「なんだか揉めてるようだが、夢の世界で色々あったな、あれは」
あとは脱出するだけ。
手書きの地図と共に、来た道を戻る一行。
幸い、ダンジョンが崩れるような気配はない。
ただ、外から増援か何かが送り込まれる可能性は高いため、全員急いでいた。
「次はこの曲がり角を!」
一階に到着した時、外にはまだ誰もいなかった。
あとは元の世界に通じる門によって戻るだけだが、遠くからこちらに迫る存在が見えた。
それは大量の兵士らしき者たち。
数百人近くいる。
「他のところの状況とか気になるけど、まずは戻ろう」
「ああ。あたしたちは、自分たちに任された部分をきちんとこなした。もし他がダメで世界の危機が来るとしても、その時はその時だ」
全員で門を通ったあと、近くで待機していた救世主教団の者が門を壊し、解体していく。
これで向こうからこちらに来ることはできない。
一度宿に戻ったあと、リリィは遠距離でも会話が可能となる魔導具を使い、ソフィアと連絡を取る。
「はい。こちらソフィア。どうしましたか?」
「リリィです。無事に攻略成功して、コアを持ち帰ることができました」
「それは喜ばしいことです」
「他の状況とかは」
「私の方は、あとは門を通るだけ。残る三ヶ所については、まだ不明です。そう遠くないうちに連絡が入ると思うので、あとでお伝えします」
どうやらソフィアも攻略に成功したようで、この分だと世界の危機は避けられそうだった。
とはいえ、このまま待つのも落ち着かない。
リリィは買い物に出かけるが、セラもついてきた。
「なになに。夢というか精神の中のことは、不可抗力だったから」
「わかってるわ。とりあえず忠告だけ、しにきたの。……あの時、目にしたことは語らないようにね」
「目撃者とかいなさそうだけど」
「それでも、よ」
少しの間、無言が続くが、不意にセラから声をかけてくる。
「ねえ。あそこで見た私だけど、怖かった?」
「子どもの頃は可愛くて、成長した時のセラは、怖さと覚悟がいくらか詰まってる感じ」
「……そう」
適当に屋台で食べ物を買う。
出来立てで湯気が出ており、冷まさないと舌が火傷しそうなほど。
「集落には何人いたと思う?」
「わからない」
「三十人ほど。老若男女がいて、そのすべてをこの手にかけた」
淡々と語っていくが、その顔にはわずかなしかめっ面が浮かんでいる。
「後悔してるの?」
「いいえ。……私は、怖いでしょ?」
「うん。でもまあ、頼りになるパーティーメンバーでもある」
「もし、パーティーを抜けると言ったら?」
「そうしたいなら止めない。あ、やっぱり止めるかも」
「どっちよ」
話しているうちに、買ったものは食べ終えてしまう。
リリィは数秒ほどセラを見つめたあと、路地裏に連れていってから抱きついた。
「なにしてんの」
「あったかいでしょ。わたし、ウサギの獣人だから」
「リリィ、改めて忠告しておくけど」
セラは話しながら、尻尾を巻きつけていき、リリィを両腕で抱きしめる。というよりは締め上げる形になると、言葉を続ける。
「うぐっ……」
「私の過去を知った上でそういうことしてくると、あなたを私のものにしたくなるから、やめなさい。いい? 次に同じことやったら、安全を保証できないから」
「好意が上がるとまずいなら、下がることをするというのは?」
「ぶつわよ」
名残惜しそうにヘビの尻尾は離れる。
「セラ、もしダンジョンがなくなったら、どうする?」
「ダンジョンに潜らずチマチマ稼ぐ方の冒険者になるだけよ。あなたは?」
「同じかな。一応、自警団に就職するという道もあるけど」
「羨ましい。帰る場所があるのは」
帰る場所を自らの手で焼き払ったからなのか、セラは苦笑混じりに呟く。
「なら、わたしが帰る場所になってあげようか?」
「そういうの、わざと言ってる?」
「うん」
「このクソガキはほんと……やれやれね。まあ、どうしようもなくなったら、そうさせてもらうわ」
二人が宿に戻る頃、教団から貸してもらった魔導具を通じて、ソフィアから連絡が入る。




