110話 最上階に潜む、何か
塔の十階。
おそらく最上階と思われるそこは、これまでのように入り組んだ構造はしていなかった。
二つの小部屋、一つの通路、そして一つの広間だけが存在した。
「……ゴーレムどこにいると思う?」
「そりゃ、こういう場合は広間でしょ」
警戒しているリリィとは対照的に、セラは堂々と小部屋の扉を開ける。
そこには古びた家具が置いてあり、それ以外は何もない。
「モンスターは出てこない。一休みできそうなところはある。となると、あそこしかないわ」
これまでの移動や戦闘で少し疲れているため、一時的に休憩の時間となる。
その時、エクトルが口を開く。
「以前、ヴァースのダンジョンで見かけたゴーレム。それと同じものと考えていいだろうか?」
「今回のように、僕たちを戦力として雇った時の話だよ」
ジョスもあとに続く。
これを受けてリリィは大きく頷いた。
「多分。まったく同じとまでは、いかないかもしれないけど」
「……あの時、ギルドの職員という戦力がいても倒すのに時間がかかった」
「僕たちが来る前に、雇い主さんが傷つけていたにもかかわらず。……そして、今回は広いダンジョン内部で逃げ回ることはできず、ある程度狭い場所で正面からやり合わないといけない」
熟練冒険者たる二人は、当時の戦いを思い出し、険しい表情でいた。
一体ですら苦労した。
果たして、死者を出さずに倒せるのだろうか?
その不安に対し、レーアが意見を出す。
「まずは全員でスクロールを使い、その後、戦闘という流れで」
魔法が仕込まれたスクロールは、誰でも使えて一定の効果が見込める。
そこで、初手から一斉に攻撃を加え、少しでも戦闘を有利にするという策が出された。
「いいと思う」
「では、好きなものを選んでください」
パーティー全員で、魔法のスクロールを見ていく作業が始まった。
幸い、数分ほどで終了し、次は広間に足を踏み入れる。
「先に出る。おそらく、先頭の者に仕掛けてくるはず」
エクトルが囮役を引き受け、最も前を進んでいると、近くの壁が崩れ、ゴーレムが現れた。
「なんだと!?」
意外なところからの登場に驚くも、すぐさま全員でスクロールを使用する。
様々な属性の魔法が放たれ、全身金属なゴーレムに命中し、わずかに動きを止めることができた。
「サレナ」
「わかってる」
リリィとサレナはすぐに、ゴーレムの一体に接近して斬りかかる。
残る一体はエクトルが相手するが、こちらは少しずつゴーレム同士の距離が遠くなるよう立ち回っていた。
「じゃ、前衛組が頑張ってる間に、私たち後衛組も頑張りましょうか」
「僕は、エクトルの方を優先する。連携は無理、実質別々のパーティーが協力する感じになる」
「それだけでも十分過ぎるわ」
「あのゴーレムは厄介な限りですから」
次に使うスクロールを取り出しつつ、レーアは言う。
その視線の先には、攻撃を受けてもまるで効いていないゴーレムの姿。
怯まず一方的に攻撃してくるため、前衛の者たちは苦労していた。
「リリィ!」
「うわっ、と……髪の毛にかすめた」
リリィたちは身軽なおかげで紙一重で回避できていたが、エクトルの方はそうもいかない。
「ぬぅ……いかんぞ、これは」
避けきれず、小さいながらも傷が増え、わずかな出血が。
「このバカ、何やってる!」
ジョスは少し離れたところから、回復魔法によってエクトルの傷を癒す。
長期戦を考えると、出血はできるだけ避けたいからだ。
「以前と、少し動きが違う」
「そうかい。でも、相手は加減してくれない。あっちの二人みたいに上手く避けろ!」
「努力はする」
戦いは、ゴーレムの頑丈さからどうしても長引いてしまう。
それは、生身の肉体を持つ側が不利になっていくことに繋がる。
なにせ、ゴーレムは疲れることがない。動きが鈍ることがない。
「ふう……まずいかも」
「とはいえ、傷はついてる。あの時みたいに破壊することは不可能じゃない。戦力的に厳しいが」
「セラ! もっと魔法撃って!」
「あのね、闇雲に放つよりしっかりと当てる方が大事だから!」
まだ軽口を言い合う余裕はある。
苦戦はしているが、それは相手が頑丈過ぎるため。
攻撃は、金属の手足を振るうだけなので、魔法を放たれるよりは驚異ではない。
「このままでは埒が明かない。リリィ。奥に行ってコアを取ってくることは?」
「できなくはないけど、罠とかありそう」
目的は、コアを手に入れて元の世界に戻ること。別に相手を無理に倒す必要はない。
だが、壁の中からゴーレムが現れた。
他にも何か仕込んでいる可能性は高い。
「レーア、探知系のスクロールちょうだい!」
「ええと……これです」
くしゃくしゃにして丸めたのを、レーアは投げてくる。
リリィはそれを拾うと、破かないよう広げつつ、奥に走った。
「破れないなら使えるけど、まさかくしゃくしゃに丸めて投げてくるとか」
戦闘しているためか、ゴーレムはリリィを追ってこない。
広間の奥にある通路に到着すると、すぐにスクロールを使用する。
反応は、壁の中に一つ。しかも大きい。
「……これは」
明らかに、何かがある。
罠か、ゴーレムか。
どちらにせよ、これ以上進むのは得策ではない。
引き返すリリィだが、広間の入口部分に、人影らしきものを見つける。
遠いのではっきりしないが、おそらく罪人の一部が気づいて観察しているようだ。
「サレナ、奥には反応があった。壁の中に大きいのが一つ」
「厄介な話だ。このゴーレムを倒さないといけなくなった」
リリィが戻ってきたのを見て、戦っていた他の者たちは全員が気づく。
このまま進むのは、何があるかわからない。
まずは目の前のゴーレムを倒すしかない。
「ジョス。こっちはいい。数を減らすために向こうの援護を。死なない程度に足止めする」
「わかった。死にかけた程度なら助けてやる」
ここでジョスがリリィたちの援護に回る。
エクトルは苦しくなるが、まずは敵の数を減らすことを優先した。
「生きてるかい」
「見ての通り」
物理的な攻撃は効果が薄いが、魔法なら少しは効く。
後衛組の集中攻撃により、ゴーレムの一体に大きなヒビが入る。
「前よりは、脆い……?」
「そこは私たちが成長したと考えてほしいわ。こちとら、多少は研鑽を積んでるのよ?」
一体倒せば、あとはだいぶ楽になる。
ヒビが入った部分を狙い、リリィが剣を叩きつけると、砕けた表面がポロポロと床に落ちていく。
「はい、これでおしまい」
セラが、一回り大きな魔力の塊を、表面が砕けて内部が露出した部分へと当てた。
これによりヒビはさらに広がり、リリィとサレナがそこへ剣を突き刺すと、ゴーレムの動きは鈍くなっていく。
あとはゆっくりトドメを刺して、ゴーレムを一体撃破する。
「よし! まず一体!」
「大怪我せずに倒せた。あとは……」
残る一体に全員で対処するのだが、その時異変が起きる。
広間の入口部分から、数人の人々が現れると、一気に奥を目指して走り出した。
「どこの誰だか知らないが、ありがとよ!」
「コアを手に入れれば、無罪に……!」
「ま、待って、奥には何かが」
リリィが止める間もなく、下の階層で盗み聞きした罪人たちは走る。
抜け駆けしてでも、ダンジョンという牢獄から出たいのだろう。
だが、その願いは叶うことがなかった。
「な、なんだこいつ」
「にげ……」
わずかな叫び声のあと、戦闘音のようなものが一瞬聞こえ、そのあと一切の物音が消えた。
「いったい、向こうで何が」
「気になるが、まずは目の前のこいつを先に!」
幸い、奥から何かがやって来る気配はない。
リリィは残る一体のゴーレムへ意識を集中し、いくらか時間がかかったがこれも撃破。
「あとは、奥に潜む何かが相手……」
「リリィ、向こうから人が」
「え?」
ほっとしたのも束の間、サレナから呼ばれたので広間の入口部分を見ると、一人の男性が歩きながらやって来る。
格好を見るに、先程ここを通り抜けた罪人たちの仲間。
「君たち、それはダメだ。ここが牢獄としての意味を果たせなくなる」
しかし、感じられる気配は友好的なものではなく、敵対的なものだった。




