109話 様々なダンジョンの役割
探索は少しずつだが確実に進んでいた。当初の予定よりは遅いものの。
それはなぜかというと、他の階層へ繋がる階段や周辺通路の確認を行い、脱出のために最低限の地図を描き上げていたため。
「ここも、ある程度は確認できた。次に行こう」
五階に足を踏み入れると、今までと少し雰囲気が違った。
それまでは、ダンジョンの内部といった感じで荒れている部分が普通だったが、五階は、荒れている部分としっかり補修されている部分に分かれていた。
「リリィ、あなたの耳に頼ることになりそうね」
セラはラミアとしての蛇の尻尾をわずかに揺らしながら、補修された場所とそうでない場所を見比べて呟く。
「おそらく、補修されている部分を進めば次の階層に繋がる階段へ最短で到着できます。でも、誰かがいる可能性が高いですね。この分だと」
レーアは、壁に自分の羽根が触れないように距離を取る。
魔界にどれだけ、半分モンスターで半分人間な種族がいるかわからないため、羽毛などが落ちないよう警戒していた。
「盗み聞きできないかな?」
「危険過ぎる」
「まあ、そうだよね」
サレナからの突っ込みを受けて、リリィは壁などが補修されていない方を歩いていく。
そこにはモンスターによるものか、所々に細かな傷が入っており、戦闘の余波かひびが入っているところも。
「戦闘の痕跡……? でも、誰が?」
「……リリィ、遠くから音が聞こえる」
サレナの黒いウサギの耳が、音を聞きつけたのか小刻みに動く。
リリィは立ち止まり、耳をすませた。
聞こえてくるのは金属音。そして焦りをにじませた人の声。
「くそ! こんな装備で上まで行けとか、ふざけてる!」
「仕方ない。俺たちは罪人だ。ここで死ぬか、無罪放免となるか。何十年も牢の中に入らずに済む可能性があるだけ、マシだろう?」
「遠回しな死刑にしか思えん!」
モンスターと数人の何者かが戦っているようで、文句を言いながら戦闘が続いている。
リリィとサレナは、耳にした内容をすぐさま全員に共有した。
「どう思う?」
「そのままの意味だと思うよ。刑罰として、貧弱な装備でダンジョンに潜らされる。攻略できれば無罪放免。できなければ死ぬだけ」
よくあることだと言わんばかりに、妖精のジョスは肩をすくめた。
「君たちはヴァースの町で暮らしてた。あそこにそういう刑罰はなかったから、知らないのも無理はない」
「その言い方からすると、見てきたりとか?」
「あるねえ。罪人用のダンジョンが、わずかだけど存在する。僕が最初に生まれ育った妖精の村には、そういう制度があったから」
あまり良い思い出はないのか、それ以上語らないジョスだった。長く生きているからこそ、語りたくない記憶もあるのだろう。
リリィは考え込む。
もしかしたら、魔界の罪人たちを上手く“利用”できるのではないか?
「急募、あの罪人たちの活用方法」
「たまにリリィは……お姉ちゃんは冷酷になる。昔、そのおかげで生き延びれたけど」
サレナはそう言うと、他人に冷たいお姉ちゃんが嬉しいのか、わずかに口の端が上がる。
「色々難儀な黒ウサギは置いとくとして、私はあの罪人たちが騒がしく暴れられるよう、死なない程度に援護するのがいいと思う。一種の身代わりね」
「うむ、それは名案だ。侵入してることに気づかれないためにも。だがそうなると、出入口に誰もいなかったのが気になるところではあるが」
普通、罪人が脱出しないよう出入口には見張りの類いがいるはず。
だが、誰もいないので問題なく入り込むことができた。
リザードのエクトルが感じた疑問に対する答えは、戦闘を終えた罪人たちの会話によってすぐ明らかになる。
「ちっ、また一人死んで戦力が減った」
「なら逃げるか? 周囲はだだっ広い平原。近隣の町まで十日ほどかかる。食料や水はほとんど持たされてないから、道中はモンスターを仕留めて食い繋ぐ以外ないが」
「飢え死にするだけだろうが。逃げるに逃げられん」
リリィとサレナは逐一、会話を仲間たちに小声で伝える。
「ダンジョンの中なら、食えるモンスターがいる。水も、場所が限られているとはいえ補充できる。問題は装備だ」
「少しずつ損耗し、きつくなっている。上の階層で宝箱を探すか?」
「ちっ、やるしかないか」
ジリ貧な状況を少しでもよくするため、罪人たちは動き始めた。
これを受け、リリィたちは後ろからついていく形で追いかける。
「この分だと、五階を中心に上と下の階層をうろうろするだけ。となると、利用は難しいかな?」
「ま、私たちは上に向かうだけよ」
六階に上がると、人の骨を見かけるようになる。
おそらくは罪人の死体。
ろくに掃除などがされていない様子からして、ここに送られるのは罪人ばかりで、それ以外の者は滅多に来ないようだ。
パキン
エクトルはしゃがみ、一本の骨を砕いた。
これにジョスは注意する。
「こら、やめろ」
「少し確認しただけだ。……この骨、だいぶ時間が過ぎて劣化している。どうやら、罪人を送るだけ送って、放置しているようだ」
魔界のダンジョンを起点に、リリィたちの暮らす世界にダンジョンを発生させている。
ある意味、重要な施設なはずなのに、どうしてここまでろくに管理されていないのか。
全員、疑問に思うものの答えは出ない。
「とりあえず、モンスターや罪人に見つからないよう、慎重に行こう」
「そうね。幸い、モンスターはそこまで多くないから、避けながらでも進みやすいわ」
人の骨以外に、時折モンスターの骨らしきものが転がっていたりもする。
それは食料となったモンスターだろう。
階段付近にそこそこ多く、離れると減っていく。
「そういえば、セラは一時的にダンジョンで過ごしてたよね?」
ヴァースの町のダンジョンで起きた出来事を思い返し、リリィは呟く。
「セラはここでもやっていけそう?」
「余裕よ。水の補充ができて、食べれるモンスターがいるなら。ま、ろくな娯楽のないダンジョンで過ごすのは、あまりやりたくないけど」
話しているうちに、戦闘音が近づいてくるため、慌てて近くの小部屋に入り、開けられないように細工をして息を潜める。
「ギギギギ……」
「よし、仕留めた。こいつはうまいぞ」
「うまいモンスターを狩るのはいいんだが、あんた、もう何年もここにいるだろ? 出られた奴とか見たりは」
先程の罪人たちの声だった。
どうやら、一人だけずっとここで過ごしている者がいるらしい。
「……いない。あと少しってところまで行った奴はいたが、俺はそいつが十階で殺されたのを物陰から見てただけだ」
「十階は、ここの最上階だな。……何がいた?」
「ゴーレムだよ。全身が金属で人の形をしている。デッサン人形とかあるだろ? あれのでかいやつ。……それが、二体」
「はっ、全身が金属か。そりゃあ、無理だわな。まともな装備を入手できないと、一方的にやられるだけだ」
役立つ情報を得られたリリィだが、その顔はだいぶ険しい。
ヴァースの町のダンジョンで戦ったが、かなり苦労した。それが二体もいるとなると、相当に大変なことが予想できる。
「勝てる?」
「ふむ……勝つ以外の道があるのか? 我々はなんとも厄介なことに、世界の命運を背負っている」
気負った様子のないエクトルの言葉に、リリィは小さな笑みを浮かべる。
「まあね。だから熟練の助っ人にも期待してる」
「任せてもらおう」
「報酬を前払いでたくさんもらったし、できる限りのことはするよ」
少しずつ、挑んでいるダンジョンの地図は完成に近づき、それは最上階へ挑むことにも繋がる。




