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107話 溜まっていたものをぶちまける

 身軽な者同士、剣を強く振るうことはせず、牽制のために軽い攻撃を繰り返す。

 何度も金属音が響く中、リリィは笑みを浮かべた。


 「昔は、何度もこうして戦ったよね。訓練の一環で」

 「自警団にいた頃は、だけども。でも、リリィは……お姉ちゃんはあたしを捨てた」


 サレナは一度強く剣を叩きつけるも、受け流されるので効果的な一撃にはならない。


 「うーん……捨てたって言い方やめない?」

 「やめない。あたしは傷ついた。夜、一人で泣いたりもした」


 たいまつの炎が照らすサレナの顔には、むすっとした表情が浮かんでいた。

 黒いウサギの耳はピクピクと動いている。


 「正直なことを言うと、お姉ちゃんと一緒じゃないせいで、しばらく眠れなくて寝不足な日々が続いた。触れていたり、匂いがあるから眠れてたのに」

 「え、それは」

 「隙あり!!」

 「うわっ……っととと」


 まさかの正直過ぎる言葉に、リリィは動揺して動きが鈍くなる。

 そこを狙われるが、重い鎧などはしていないこともあって、かすめる程度で済んだ。


 「こら、ちょっとそこの黒ウサギ。外野から言わせてもらうけど、模擬戦にかこつけて溜まったものをぶちまけるのやめなさい」


 見物していたセラは言う。

 ため息をつきたそうな様子で。

 聞いている方も恥ずかしくなることを、あそこまで堂々と言われては、何も言わずに済ませることは難しい。

 これにはレーアも同調した。


 「そうですね。新しい装備の慣らしというより、リリィに半分甘えているだけに思えます」

 「そこの白ウサギ。責任取って甘やかしなさい。これから危険なところに挑むのに、心配事があるのは避けたいわ」

 「いやいやいや、なんでそうなるわけ!?」


 会話している間にも戦闘は続くが、リリィの素早さにより、決着にはまだ程遠い。


 「あのね、私は話を聞いただけでしかないけど、あなたはサレナと共に、孤児として苦しい時期を一緒に過ごしたわけでしょ?」

 「それは、そうだけども」

 「しかもお姉ちゃんと呼んでるから、あなたが引っ張っていく形で、生活を維持していた。もう依存に近い感情があってもおかしくはない。なのに、置いていくとか人の心がないわねえ」


 からかい混じりに話すセラは、肩をすくめながらヘビの尻尾を軽く揺らす。

 その顔には、少し楽しげな様子が浮かんでいた。

 自分にちょっかいをかけてくる、割と鬱陶しい白ウサギを、正しい側に立って責めることができるという嬉しさがにじみ出ていた。


 「ふふふふ……」

 「大人としてどうなの、それ……」


 セラの様子を目にしたリリィは、なんともいえない表情でサレナの方を見る。


 「甘えたい……?」

 「受け入れてくれるなら」


 赤い目がまっすぐに見つめ返してくるため、リリィは剣の柄を強く握る。

 そして、どこか悩みながら言う。


 「なら、とりあえずわたしから一本取ってみて」

 「わかった」


 わずかなやりとりだが、先程までの緩い空気は消えた。

 つまり、それだけサレナは甘えたいということになるわけだが、リリィはそのことをできるだけ考えないようにし、ひとまず目の前の戦いに集中する。


 「それじゃ、改めて」

 「はぁっ!」


 サレナは一気に踏み込み、鋭い一撃を放つ。

 素早くて重い、先程までとは違う攻撃。


 「いきなり本気出してくるとか……!」


 負けじとリリィも反撃を行うが、意外と守りは固い。

 このまま攻めても防がれるため、一度距離を取って息を整える。

 厄介なことに、サレナの動きは鋭さを増している。

 無駄な動きを減らし、体力の消耗を抑えてもいる。


 「少し、楽しくなってきたかも」


 リリィは笑みを浮かべた。

 殺し合いではない戦い。

 それがどこか楽しく感じられる。

 同じウサギの獣人、同じ性別、同じ年齢、同じくらいの力量。

 違うのは、姉と妹という関係性。あとは髪や目の色だけ。


 「次はあたしからだ!」


 サレナは駆ける。

 行われるのは、低い姿勢からの突き。

 リリィは剣を傾けて受け流し、間髪入れずに右足を払うように蹴り上げた。

 剣に意識が向いている時に、剣以外で反撃をするわけだ。

 だが、サレナは跳ねるように回避すると、空中から剣を振り下ろす。


 「くっ……!」


 咄嗟に床を転がり回避するリリィ。

 勢いを利用して立ち上がると、距離を詰めて仕掛けた。

 身軽とはいえ、サレナは金属鎧などを着込んでいて重装備。

 飛んで回避したせいで、だいぶ負荷はかかっている。

 そこを狙っての攻撃。


 「まだまだっ!」

 「おっとっと……」


 攻撃を剣で逸らしつつ、サレナは近づいて体当たりをしてくる。

 リリィはわずかによろめく。

 それを見逃さず、サレナはさらに踏み込んだ。


 「もらった!」


 鋭い一撃がリリィの肩に迫る。


 「甘い!」


 だが、リリィはわずかに身を沈め、サレナの腕を絡め取るようにしながら体を翻す。

 その勢いを利用して背後に回り込み、サレナを一気に押し倒す。


 「しまっ……」


 背中から馬乗りになると武器を奪う。

 それが決着の合図だった。


 「勝負あり。リリィの勝ちね」


 セラが審判となって告げると、リリィは立ち上がってから少し息を吐いた。

 サレナも剣を拾い、よろよろと立ち上がる。


 「サレナ、惜しかったね。少し違えば、わたしが負けてたかも」

 「ううん。お姉ちゃんが、あたしより強くて嬉しい」


 そう言って笑うサレナの顔は、どこかすっきりしていた。

 悔しさもあるのだろうが、それ以上に、一連のやりとりの中で満たされたものがあるような、そんな目だった。


 「うーん……わたしが勝ったけど、少しなら甘えていいよ」


 緊張が薄れた空気の中、リリィは妥協するような感じで言う。

 サレナはゆっくり近づくと、両腕を使いぎゅっと抱きしめた。


 「お姉ちゃん……」


 その声は、先程までの鋭さや緊張感は欠片も残っていない。まるで別人のように甘い雰囲気を帯びていた。


 「うぅ……暑いし重い……」


 しがみつかれたリリィは、じたばたと体をよじらせるが、サレナの腕の力は案外強い。

 離れようとすればするほど、逆にぎゅっと締めつけてくる。


 「ずっとこうしていたかった……あたしは、ずっと寂しかった……」


 甘ったるい声とともに、リリィにすりすりと頬を擦りつけてくるサレナ。

 その様子を見ていたセラとレーアは、無言で顔を見合わせたあと、同時にため息をついた。


 「前々から片鱗はあったけど、だいぶ重症ね、これ」

 「わたくしは、二人が別々になった以降しか知りません。リリィ、昔、サレナと一緒の頃はこういうのが当たり前でしたか?」

 「近いことはあったけど、ここまではなかった!」

 「そうですか。とはいえ、わたくしに甘えてくるお母様を思い出すので、少しばかり困ったものです」


 やれやれといった様子で頭を振るレーア。


 「くっ、見られてるから、もう少し抑えて」

 「いやだ。堂々と甘えられる機会は少ないから」

 「うぐぐぐ……」


 すっかりぬいぐるみのようにくっついて離れないサレナをどうにもできず、リリィは顔をほんのりと赤くしながら、見物組に助けを求めるような視線を送った。


 「ちょ、ちょっと助けて」

 「あのねえ……そこの白ウサギ。ちゃんと責任取りなさい」

 「……なんの!? なんの責任なのこれ!?」

 「心の責任よ。放置してた分、ぎゅっと受け止めてやりなさい。逃げようとしても無駄よ。助けないから」

 「まあ、頑張ってください。妹のために、姉として」


 まるで観賞するように、二人はやや呆れた顔で見守っていた。

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