105話 心配する大人
地図に書かれていた目的地は、町外れにある小さな建物。
かつては何らかの店だったようだが、今ではすっかり倉庫として使われており、内外に雑多な物が乱雑に置かれている。
リリィたちがその中に足を踏み入れると、聞き覚えのある声が響いた。
「君たちか。あの人と共に魔界へ足を踏み入れたというのは」
「あなたは?」
「既に聞いているだろう。レオン。サーラという人物の甥だ」
それは、イドラのダンジョンで武装集団を率いていた男性。
彼はサーラの甥であり、既に彼女から何らかの話を聞いている様子だった。だが、その視線はどこか探るような色を帯びている。
「君たちも、魔界のダンジョンに挑むのか?」
「まあ、はい」
「正直、若すぎると感じるが、しかしシルバーランクの冒険者ではあるわけだ」
リリィのパーティーは、セラ以外は全員が子ども。
だからか、レオンは複雑そうな表情を浮かべていた。
「こちらは、叔母であるサーラと共に挑む。若すぎる外見だが、あの人は魔術師としての実力はかなりのものであるから。……君たちは、他に協力してくれる冒険者を集めた方がいい」
そう言うと、レオンは中身の詰まった袋を目の前に置いた。
「これは?」
「お金だ。大抵の人を動かすのに役立つ。ただし、数合わせの適当な者は避けるべきだが。これまでの日々の中で、信用できて戦力となる者と知り合ってきただろう」
「やっぱり、わたしたち四人は不安ですか」
「ああ。叔母に協力して、魔界側の計画を遅らせてくれたお礼でもある」
リリィは袋を両手で受け取った。
ずしりとした重みがあり、中には大量の金貨が詰まっていた。
レオンという人物が、資金面ではかなりの余裕があることがうかがえる。
「これだけのお金をポンとくれるとか、お金持ちですね」
「叔母の知識と経験によるものだ。自分自身の力で稼いだお金は少ない」
「ありがとうございます。わたしは知り合いを頼って、戦力を確保します」
「頼むぞ。一つか二つは攻略を失敗する余裕があるとはいえ、最善はすべて成功すること。なにせ、こちら側の人手は限られてる」
その言葉を受け、外に出ようとしたリリィは立ち止まる。
疑問があった。
世界に関する危機だというのに、どうしてこそこそと動いているのか。
サーラは、色んなところに潜入してる魔族が襲いかかってくるよと言っていたが、それでも色々と表沙汰になれば、魔族がどうにかすることは無理なはず。
その疑問をレオンにぶつけると、彼は苦笑混じりに肩をすくめる。
「魔族が来て活動する際、権力者との繋がりを得る。それが手っ取り早いからだ」
「あー」
リリィの脳裏には、アルヴァ王国の前王と、彼に付き従っていた魔族の女性の姿が浮かんだ。
「権力者に味方することで、自分たちに都合の良いように、色々とやってもらうわけですか」
「その真意を隠しながら、ではあるが」
「なら、知ってることを話せば、やっぱり魔族に協力するのやめようという動きになったりとかは」
リリィの言葉に、レオンは首を横に振る。
それで事が済めば、どれだけ楽なことか。
そんなため息と共に、話が続けられる。
「もう、すべては手遅れだ。今から色々と知らしめても、魔界側の警戒を強めるだけ。逆に面倒なことになる」
「今は、こそこそと準備をして、一気に仕掛けると」
「こちらの目的は、世界からダンジョンを消し、二つの世界が混ざるのを防ぎ、災害が起きないようにする。これにより、魔界からの侵略を防げる」
わずかな沈黙。
それを破るようにリリィはさらなる質問をする。
「新しくダンジョンを生み出してきたりとかは」
「数百年ほどは、その心配はない。あとは、後世の者が上手く対処してくれることを願うしかない。まあ、世界規模で進めていた策略がダメになるんだ。もう一度同じことをしようとしても、向こうは揉めるだろう」
「わたしたちが生きている間は大丈夫、と」
「それもこれも、攻略が成功したらの話ではある」
話が済んだあと、リリィたちはレオンに別れを告げて寝泊まりしている宿に戻る。
そして部屋の中で話し合い、もとい作戦会議が始まった。
「わたしたちに同行できて、戦力になりそうなのって誰がいる?」
「うーむ、団長は一度裏切った前科があるのが困りものだ。あれがなければ、あたしは団長を推薦してた」
「お母様に頼んで商会から人を送ってもらう……のは、いざという時に不安があります」
「私は、戦力になりそうな知り合いはいないわ。呼んでも来ないだろうし」
数合わせの者を適当に揃えるだけなら、とても簡単。
しかし、ある程度信用できる者となると、一気に減る。
挑むのは、魔界のダンジョンという地の利がない場所。
当然ながら、地図もないので一定の実力はほしい。
戦闘や探索に長けていて、危機に直面した時の対応力もある方がいいため、適当な者ではいけないわけだ。
「困ったねえ。団長は裏切らなければ呼べたのに。いや、レーアのお母さんに連れていかれる場合もあるか」
「あとは、ジョスとエクトルという冒険者たちか。どこにいるか知らないが」
「呼んでみますか? 魔導具を貸してくれるお店に立ち寄って」
「いっそ、人を増やすより装備の新調に使うのもありだけど」
少し悩んだ末に、リリィは魔導具を借りることのできるオリビアの店に足を運ぶ。
離れた相手に、直接声を送れる魔導具を、五秒につき銀貨一枚で借りると、わたしたちはイドラのギルドにいるから近くにいるなら会いに来てと伝えた。
「さて、これでよし」
「連絡する魔導具よく使うけど、誰に送ったの? ちょっと教えてよ」
店主のオリビアは、気さくな様子でリリィに声をかけた。
あまり客がいなくて暇なのだ。
「知り合いの熟練冒険者」
「ふーん? 何かでかい仕事とかするため?」
「まあ、そんなところ」
「こっちも一枚噛めそう?」
「いやあ、無理かも。ダンジョンで戦う感じのやつだから」
「あら残念」
戦闘の話を聞いた瞬間、オリビアはあっさりと引き下がった。
その切り替えの早さに、リリィは思わず苦笑してしまう。
店を出ようとしたその時だった。
通りの向こうから、何やら騒がしい声が聞こえてくる。
「うん……?」
イドラには各地から冒険者が来ているため、喧嘩騒ぎはありふれているとはいえ、少しばかり規模が大きい。
「レーア、何が起きてるか見える? ハーピーの視力でちょっと見て」
「リリィ、わたくしは望遠鏡ではないですよ。ええと……リザードの男性が大立ち回りを演じていますね。緑色の鱗があって、首に大きい玉がいくつも繋がってるものをかけてます」
「…………」
その特徴を聞いて思い当たる人物がいた。
しかし、なぜ喧嘩しているのかはわからない。
「嵐に突っ込むのはあれだし、落ち着いてから声をかけるってことで」
「……あたしは、賛成」
「同じく」
「なかなか冷たいわね。まあ賛成で」
大勢で喧嘩しているところに乱入したところで、喧嘩する一員になるだけ。
遠くから、のんびり待ちながら見物していると、最終的にリザードの男性以外、喧嘩していた者が全員倒れることで決着がついた。
「さすがに強い。素手で全員倒すとか」
「言ってる場合か。新たな揉め事が起きる前に会いに行くぞ」




