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104話 空白の時間

 魔界側で予定に大きな遅れが生じたことで、準備する時間ができた。

 それはリリィたちにとって少しばかり暇な日々が続くことに繋がる。

 着々と、魔界にあるダンジョンに挑む用意が整えられるが、イドラ以外の場所で行われることについてリリィたちは蚊帳の外。

 情報はもっぱらレーアなどからの報告で得るのみである。


 「お母様から連絡が届きました。王国と協力して、人員を集めるそうです」


 レーアの静かな報告に、リリィが首をかしげた。


 「王国はともかく、他の国ってどうするんだろ」


魔界から帰還したあと、ぼろぼろなサーラからどれくらい攻略すべきダンジョンがあるのか尋ねると、全部で五つという答えが返ってくる。

 ただ、広い範囲に散っているとのこと

 今のところ、攻略の目処が立ちそうなのは、イドラとアルヴァのみ。

 リリィはお菓子を食べながら首をかしげると、セラが横から口を挟む。


 「ソフィアが、というより彼女が率いてる教団が動くそうよ。南部諸国と、世界地図見ると西側にあるリセラ聖教国の二つで」

 「なら、これで四つ、と」


 どういう人脈があるかは知らないが、若くして救世主教団という組織を作って大きくできているので、期待はしてもいいだろう。


 「残り一つはどこだっけ?」

 「イドラにあるらしい。これについては、レオンという冒険者を中心とした者たちが挑むそうだ」


 サレナが真剣な表情でそう告げると、立ち上がりながら宣言した。


 「というわけで! 三週間ほどの間にあたしたちは鍛えるぞ!」

 「えー」

 「その返事はなんだ。世界の危機なんだぞ」

 「鍛えるって……どんな感じに?」

 「実戦あるのみ! とりあえず、このダンジョンの最下層まで余裕で潜れるくらいにはな!」


 三週間でそこまで成長できるのか。

 そんな不安はあるが、ギルドの依頼をこなせばお金も手に入り、装備の強化や新調もできる。

 否定する理由はないのでリリィは頷いた。


 「やり直しはできないし、鍛えていくしかないか」

 「今のままでは不安というのもある」

 「ま、確かにね」


 サレナに同意するセラ。

 少しばかり目を凝らせば、一度装備を新調できたリリィと、お金に困っていないレーア以外の二人が身につけている装備は、だいぶおんぼろになっており、そろそろ新しいのに変えた方がいいように思えた。


 「そろそろ、私用の防具とか買うべきってわけ」

 「ヘビな下半身は無防備だから、それもいいかも」


 リリィは無造作に、セラのヘビのような下半身、つまり尻尾をペシペシと叩いた。

 すると、セラはその尻尾を伸ばしてリリィの首に巻きつけてくる。


 「うわっ、首絞めるのやめてよ」

 「いきなり人の下半身を叩いてくる、白ウサギな誰かさんが悪いのよ」


 冒険者ギルドに向かうと、いつも通りの賑わいがそこにあった。

 依頼の貼ってあるボードから、同じ階層でこなせる複数の依頼を選んだ四人は、ダンジョンへと潜っていく。

 目的地は地下三十階。

 依頼内容は、モンスターの討伐、植物の採取、さらには小部屋の扉を外して持ち帰るというもの。


 「移動だけで面倒臭い。一瞬で移動できる門が欲しい」

 「気持ちはわかるけど、どうしようもない」

 「たっかい魔導具でもあれば別だけど」

 「お母様が利用しているものは数が限られていて、わたくしたちには使えません」


 地下十階や二十階ならまだ我慢できる。だが、三十階となると、移動だけでも消耗が激しい。


 「セラ、そういう魔法覚えてよ」

 「ったく……無茶振りが過ぎるわ。私だって覚えたいけど、無理だったのよ」


 セラは肩をすくめ、レーアに視線を向けた。


 「魔法のスクロールには、便利なのがあるでしょ?」

 「そういえば、王様から大量にスクロールを貰ったけれど」

 「まだ、整理が済んでいません。移動に使えそうなものがあるかどうかは、今回の依頼を終えてからです」

 「というわけだ。楽をしたがるのはわかるが、今は目の前の依頼を優先!」


 サレナに背を押され、リリィとセラは進む。

 通路を抜け、弱いモンスターとの戦闘を経て、ようやく地下三十階に到着した。


 「……深い階層って、移動だけで疲れる分、危険度高いかも」

 「それは、確かに」

 「休憩しますか?」

 「戦闘を避けながら採取すれば、そのうち疲れも取れるでしょ。リリィの耳を生かせばだけど」


 ウサギの獣人であるリリィとサレナの優れた聴覚を頼りに、モンスターとの戦闘を避けつつ採取を進める。


 「特別な薬の材料になるらしいけど……そのまま食べたらどうなるかな」

 「試せばいい」

 

 日光がないのに育つ草。

 地上にあったなら雑草にしか見えないそれを口にしたリリィは、すぐに顔をしかめた。


 「まずい」

 「何か効果は?」

 「……特に、なし」


 採取は難なく完了。次は討伐だが、目的のモンスター以外が道を塞いでいる。


 「……全部、依頼とは違うモンスターがいる」

 「なら、倒すしかない」

 「無駄な戦闘は避けたいのですが……」

 「誘導は余計に面倒よ。普通に倒しましょ」


 小さいクマのようなモンスターがいた。

 動物よりも小さいため、セラの魔法を起点に奇襲を仕掛けると、苦労することなく倒せた。

 ただ、その時に出た音を聞きつけてか、他のモンスターが集まり始めたのですぐにリリィたちはその場から離れる。


 「地下三十階のモンスターも、奇襲なら一方的に倒せる、と」

 「正面からやりあえば、もう少し苦労するぞ」

 「その時はその時で」


 依頼にあったモンスターについても、奇襲をすることで一方的に仕留めてみせた。

 これを十回近く繰り返すと、依頼に書かれていた分は完了。証拠としての部位を持ち帰る。

 あとは適当なところの扉を取り外して持ち帰るだけ。

 地上に戻り、受付で報酬を受け取っていると、リリィに近づく冒険者の一団があった。


 「少し、いいかな?」

 「ナンパはお断り」

 「ふっ、それだったらどれだけよかったことか。……サーラ。彼女と知り合いな君たちに、会って欲しい人がいる」


 意外な名前が出てきたため、少し警戒を強めると、声をかけてきた冒険者は、わずかな笑みを浮かべて紙を手渡す。

 何か地図のようなものが書かれていた。


 「世界についても関わることだ。できるだけ来てほしい」


 言うだけ言うと去っていく。

 リリィはその後ろ姿を見たあと、渡された地図に視線を落とす。


 「どう思う?」

 「メッセンジャー……辺りのはず」

 「わざわざ、わたくしたちを呼び出すのは、よっぽど話したいのでしょう」

 「それも、あまり人前では話せないことを。まあ、世界についてと言ってたし、私たちの不利益にはならないかもね」

 「じゃあ、行くだけ行ってみよう」


 幸い、外はまだ明るい。

 昼過ぎの光を背に、リリィたちは小さな地図を手に、指定された場所へと足を向けた。

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