102話 サーラという人物
ソフィアがやって来た次の日、彼女と一緒にダンジョンの中を潜る。
目的は、魔族であるサーラに会いに行くというもの。
リリィとサレナが当時盗み聞きした内容を考えると、魔界のことなどを含めて色々と知っているだろうから。
「ダンジョンの中で寝泊まりしている人物……ですか」
「珍しい?」
「はい。それなりには。初めて会った時、どうでしたか? 汚れていたり臭かったりなどは」
「姿は隠してたからほとんどわからない。臭かったりはしなかった」
「なら、入浴や排泄関連でどうにかする手段を持っているということなので、少しは警戒した方がいいでしょう。魔法か、魔導具かはともかく」
地上ではありふれたことでも、ダンジョンという閉ざされた場所では、一気に難しくなる。
だからか、ソフィアは何か考えていたが、そうこうしているうちにサーラのいた地下十階に到着する。
「前はこの小部屋に……あれ?」
「いませんね」
生活していた痕跡はあった。
しかし、本人はいない。
軽く小部屋を捜索するも、いなくなってからしばらく経っていることがわかるだけだった。
「生きてるのか、死んでるのか」
「リリィ、あれを使ったらどうだ? 欲しいものがどこにあるかわかる魔導具」
「人にも効果あるかな? とりあえず試してみよう」
サレナからの提案を受け、リリィはコンパスの形をした魔導具を取り出し、サーラを思い浮かべる。
すると、針が方角を示す。
「反応があった。針が示した方へ進もう」
針は壁などを無視して、一直線に目的の方向を示している。
そのため、ダンジョンの地図を常に確認し、行き止まりを避けながら進む。
すると、下の階層に続く階段が。
「下、ってことかな?」
「針は……微妙に下がってる? 東西南北には対応しても、上下には弱いのか」
サレナはコンパスの形をした魔導具を手に持つと、目を近づけて細かく確認していく。
「返す」
「はいはい」
回復魔法を使えるソフィアがいるため、リリィたちは悩むことなく下へ降りていく。
その後も、コンパスに従って移動し続けると、またもや階段が。
「どれくらい下にいるかな?」
「最下層だったりして」
セラはあくび混じりに言う。
その可能性を完全に否定できないため、なんともいえない空気が漂うも、リリィは歩いていく。
「行けるところまでは行く」
「いいんじゃない? 私たちだけじゃ太刀打ちできない相手が出てきたら、話は別だけど」
イドラのダンジョン。その最下層は地下五十階。
階段や通路、これにモンスターとの戦闘なども加わるため、ただ進むだけでも大変。
地下二十階を過ぎ、地下二十五階で、ようやく探していた人物を発見することができた。
「おやおや、あの時の白ウサギじゃないかい。お仲間と一緒に、この階層まで来るとはねえ」
「サーラさんに、色々と聞きたいことがあって」
ローブと仮面によって姿を隠した、魔族の女性であるサーラ。
リリィの言葉を受け、彼女から漂う雰囲気はどこか重苦しいものとなる。
それは声にも現れていた。
「……盗み聞きとは、いけない子どもだ」
「なにぶん、耳がいいので」
リリィはこれみよがしとばかりにウサギの耳を手で揺らす。
「ふん。場所を移そう。ここじゃ、余計な邪魔が入る。モンスターに、冒険者に、他にも色々と」
ダンジョンにある、部屋となっている一室に入る。
扉で通路と繋がってるだけの、何もないところだが、戦闘などを避けて話すにはちょうどいい。
「何から聞きたい?」
「サーラさんは魔族?」
「やれやれ……レオン坊やが余計なことを口にしたばっかりに……。そうだよ」
「レオンという人との関係性って?」
「親戚。叔母と甥という感じだね」
「なんで魔界からこの世界に?」
「あの時の話を聞いたなら、隠す必要もないか。世界への侵略のため」
まさかの内容にリリィたちは驚き、ざわめくも、サーラが手を叩いて制すると、すぐに静まり返った。
「面白いことを話そうか。魔族は何百年も昔から少しずつこちらの世界に進出してて、人間以外の種族の一つとして認識されている」
「侵略の下準備のために?」
「そうだよ。魔族が来る、ダンジョンができる。そしてダンジョンを通じて魔界の品々を各地に流通させ、異なる世界同士を馴染ませていき、二つの世界を融合。その際に、世界規模の大災害が起きるだろうね」
どういう流れでの侵略かを手短に語ったあと、サーラは被っている仮面をトントンと指で叩く。
「そしてそちらの世界にある国々が災害で麻痺している隙に、魔界の者たちは戦争を仕掛けるという寸法さね。どうだい? 恐ろしい話だろう?」
途方もない計画であり、現実的とは思えない。
だが、魔族であるサーラがわわざわざ口にする時点で、あり得ないと言い切ることもできない。
「このことを、人々に知らせたりとかは」
「色んなところに潜入してる魔族が襲いかかってくるよ。それに、こちらの世界からじゃ打つ手がないからね。言うだけ無駄ってものだよ」
半ば諦めている様子のサーラ。
そこでリリィは、魔界に通じる門が完成していることを知らせる。
そしてそれを作り上げたのが、ここにいるソフィアという女性であることも口にした。
「……たまげたねえ。安定しているのかい?」
「はい。今のところ、一つしかできていませんが」
サーラは仮面を拳で何度か叩いたあと、盛大に息を吐いた。
何か覚悟を決めたような様子だった。
「私の魔法では、異なる世界を行き来できても制限が多い。しかし、そうではない門があるのなら……侵略を防げるかもしれない。世界が混ざらないなら、向こうも諦めるしかない」
「混ざるのを防ぐ心当たりとかって」
「あるよ。魔界にあるダンジョンからコアを抜き取ればいい。そうすれば、こちらの世界からダンジョンが消える」
魔界にはいくつか主要なダンジョンが存在し、それらを通じてこちらの世界にダンジョンを発生させているという。
魔界のダンジョンを一つ消せば、こちらの世界のダンジョンは一気に複数消える。
そんな説明を聞いたリリィだが、気になることがあった。
「魔界のダンジョンを攻略したとしても、すぐに他のところの警備が強化されそう」
「ま、一度に一気に攻略しないと、最善の結果は望めないねえ」
「それについては大丈夫です。足りない人手は救世主教団が補いますので」
ダンジョンを世界から消すために活動している救世主教団。
その教祖であるソフィアが力強く言うため、ある程度はそちらに任せることに。
しかし、サーラの表情はどこか険しいものが残る。
「もしかして、まだ足りない?」
「いや、大規模に動くと、向こうに色々悟られるんじゃないかという不安があるだけだよ」
「それについては、いくらかの時間が欲しいところです。新たな門の作成をするので」
「時間……時間はあまり残されてない。ああ、けれど、どうにかできる手段は……あるにはある」
サーラはリリィを見た。
正確には、サレナやレーアを含めた子どもを。
「悪いけど、今すぐ私と一緒に魔界に行くことはできるかい? 子どもたちだけ」
「どういう計画なのか教えてくれるなら」
「遊びに行くのさ」
そう言うと、サーラはフードを下ろし、仮面を外した。
現れるのは、白い少女。
真っ白な髪に、真っ白な肌。
宝石のような赤い目だけが、色のある部分。
一目見て、人間ではないことがわかる存在。
魔族の中でも、異端に思える姿。
「向こうのダンジョンにある、いわば制御室に行って、子どもがつい悪ふざけをやらかし、魔界側の計画を二週間ほど遅らせるって具合に」
「サーラさん、あなたはいったい……」
どういう立場の人物なのか。
リリィの問いに、彼女は笑みを浮かべて返す。
「侵略を計画してる派閥をまとめている者の娘だよ。ああ、年齢に関しては、人間とはだいぶ異なるけれどね」
「ちなみにいくつなんですか?」
「乙女の年齢を尋ねるとは、いけない子だねえ。まあ、百歳くらい。親はその倍。そんなものだよ」
こうして、魔界に向かう冒険が行われることになった。
向こう側の住人という付き添いと共に。




