100話 冒険者としての仕事
リリィは仲間たちと共に、イドラのダンジョン地下二十階を探索していた。
手には依頼書を握りしめ、指定された品を採取するために潜っている。
それは、モンスターから得られる素材であり、実質的な討伐依頼をも兼ねていた。
「地下二十階がどれくらいかと思ったら、意外と楽……かな。この分だとさらに下の階層も行けるね」
「一人は避けたいが、パーティーならまあ」
「それで、今はどれくらい依頼の品が集まっていますか?」
「まだまだよ。ようやく半分ほど」
深い階層になればなるほど、出現するモンスターは強くなり、罠も危険度を増していく。
リリィたちはそれなりの苦戦を覚悟していたものの、想像していたほどの苦労はなく、拍子抜けしていた。
「そろそろ休憩!」
行き止まりとなっている通路でリリィは立ち止まる。
地下二十階ともなれば、地上から現地に向かうだけでもだいぶ歩く。
さらに、モンスターとの戦闘や採取のために動き回ることを含めれば、定期的な休息は欠かせない。
「依頼にあった、甲殻のあるモンスターから甲殻を得るというものだけど、このペースだと深夜に終わりそう。なので、大物を狙いたいけど、どうかな?」
リリィは、依頼の品が入った袋を持ち、軽く持ち上げて見せる。
そこそこ中身が詰まっていて重いのか、すぐに袋を下ろした。
「これを持ち運びながら動き回るのも疲れるし」
「あたしは賛成だ」
「わたくしは、どんな大物を狙うか次第です」
「そうねえ……私はレーアと同じ考え。リリィ、狙う相手は?」
甲殻のついたモンスターはそこまで出てこない。
リリィは周囲の音を聞き取っているのか、ウサギの耳を小刻みに動かすと、無言で手招きをする。
「……近くにいる。他の冒険者と戦ってる」
確認のためにレーアだけがついてくる。
サレナとセラは、荷物の見張りを兼ねてその場で待機。
少し歩くと、戦闘音や人の声が聞こえてきた。
「ちっ、面倒な相手が出やがった」
「装備が壊れる前に逃げる?」
「もう少し探索をしたいが、壊れたら元も子もないか。くそっ。誰か魔法でやつの足を!」
「はいよ」
冒険者たちが戦っていた相手は、巨大な甲殻を持つイノシシだった。
通路を塞ぐほどの大きさと太さ。
直線的な通路では厄介な相手だが、曲がり角では鈍重になる。
冒険者たちはイノシシの足に傷を負わせると、どこかへ逃げ去った。
「……どう?」
「……足を怪我してるなら、仕掛けてもいいと思います」
「……じゃあ、わたしが相手の注意を引くから、レーアは二人を呼んできて。で、奇襲を」
レーアは頷き、音も立てずにその場を離れる。
リリィは深呼吸し、ダンジョンの地図を確認。現在位置と周囲の通路を把握する。
そして剣を抜き、イノシシの前へと立った。
「ブルルル……!」
「うーん、強そう」
ドドドド!!
手負いの相手は厄介だが、負傷しているなら話は別。
その巨体を支えるため、足にかかる負担は大きい。
露骨に動きが鈍くなっている。
「いけるかな……?」
リリィは距離を離すどころか縮めていく。
相手は止まらないが、リリィが曲がり角の部分で身を翻すと、頭から壁に衝突して辺りが大きく揺れる。
「そこっ!」
大きい隙があった。
甲殻のない首を狙って剣を突き刺すも、浅く刺さってわずかな出血を与えるだけ。
分厚い毛皮は、それだけで防具として機能する。
「ああもう、硬い。いっそのこと、モンスターを捕まえて言うこと聞かせられたら役立つかも。まあ無理か」
小さいモンスターなら生け捕りにできるだろう。しかし、目の前にいるモンスターは大きいので無理に思えた。
反撃を避けるため、リリィは距離を取ると一気に走る。
ドドドド!!
背後から迫る振動、敵意、それらは恐ろしいものだ。
追いつかれたら死ぬ。
だが、リリィはいつも通りでいた。
走れば逃げられる程度のものであり、自分はかなりの逃げ足を持っている。
ならば何を恐れる必要があるだろうか。
三回ほど、曲がり角でイノシシのモンスターを剣で突いたあと、セラの魔法が飛んで来るようになる。
「待たせたわね」
「ブフォッ……ブルルル……」
「イノシシのモンスターがそっち行くかも。気をつけて!」
「なら、先んじて弱いところを……!」
振り返る途中、イノシシのモンスターは大きく怯んだ。
巨体に見合った大きな鼻、正確には鼻の穴に、黒ウサギなサレナの握る剣が突き刺さったからだ。
「効いてる! けど、やばそう」
「さすがに仕留めきれないか。あたしは逃げるぞ!」
「スクロールで援護します。使ってみたいのがあるので」
セラが魔法でコツコツと攻撃するのに合わせ、レーアは魔法のスクロールを取り出す。
まずは炎の矢が放たれるが、これは甲殻に弾かれた。
どうやら、甲殻部分は魔法も効かないらしい。
「狙いが甘いわ」
「では、次はこれです」
すかさず次のスクロールが使用される。
今度は稲妻が空中を走り、イノシシのモンスターに命中する。
効果はあるのか、動きが止まるものの、トドメには至らない。
「まだ足りませんか。なら」
「もういいわ。私が仕留めたから」
セラは、魔力の塊を放つという初歩的ながらも使う魔力が少ない魔法を、一度に何十も放ち、物量でモンスターを仕留めてみせた。
ここまでの量は多少の準備が必要だが、レーアが時間を稼いでくれたため、実行することができたわけだ。
「横取りされた気分です」
「あのねぇ……まあいいわ。あの巨体だし、依頼の分には足りるはず」
まさかそのまま運ぶわけにもいかない。
モンスターの解体作業が始まる。
まずは邪魔になる甲殻部分を剥がし、そのあと残る肉や骨や毛皮はどうするか。
これについては、全部売り物になるということで、セラが運ぶと言い出した。
「いやいやいや、無理でしょ」
「リリィ、あなたがあの団長さんから巻き上げた、身体能力を強化するアクセサリーを私が装備すればできる」
「……それなら、まあ」
本当にできるのか半信半疑なリリィだったが、試すだけ試してみようということで、特殊な効果のあるアクセサリーを手渡す。
セラはそれらを身につけると、大きなイノシシのモンスターの死体にロープを巻きつけ、少しずつだが運ぶことに成功する。
「ふぐぐぐぐ……!!」
「おおー、凄い」
「甲殻はあたしたちか」
「甲殻だけでも重いですね。まあ荷車を借りてるので問題ありませんけど」
白黒ウサギの二人であるリリィとサレナは、優れた聴覚を生かし、モンスターや冒険者が近くに来た時に知らせる役割を。
セラとレーアは、それぞれ担当するものを運ぶ。
地上に戻る頃には夜になりかけていた。
「依頼の品を集めてきました」
「ふむ……確かに。こちらは報酬になります」
「職員さん。モンスターの解体したいんだけど、場所と道具を貸してくれない?」
「こちらへどうぞ」
また今日も一つ、依頼をこなすリリィのパーティーだが、セラが運んできたイノシシのモンスターについては、その巨体のせいで周囲からかなりの注目を集めた。
「あれを一人で運べるとか、ラミアやばいな」
「いや、いくらラミアでもあれは普通じゃないから。身体能力を強化するアクセサリーでもしてるんでしょ」
「というか、子ども三人と大人一人か。それであのでかいモンスターをやれたのか。……俺たちのパーティーより強くね?」
「ほう。このイドラに期待の新入りがやって来たか」
「実力的に、熟練の冒険者っぽいけども」
様々な視線、それに感想が入り乱れる。
それはそれとして、セラが主導する形で解体作業をしていたリリィたちだが、巨大なモンスターの体内から奇妙なものを見つける。
「なにこれ?」
丸い大きな宝石のような代物だった。
リリィが両手で持っても、はみ出るくらいに大きい。
「宝石、か?」
「何かの貝の中では真珠というものが作られますが、それと似たようなもの、とか」
「とりあえず、誰にも見られないよう持ち帰るわ。鑑定とかは明日以降で」
解体したあと、骨や毛皮はギルドを介して商人に売却。
肉は自分たちで食べる分以外は売却。
これにより、今日という日にすべきことは終わる。




