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99話 魔導具を貸してくれる店

 雨が降る町の中、リリィはレーアと並んで一つの傘を差しながら歩いていた。

 イドラに来て数日が経ち、ダンジョン探索に必要な物資もだいぶ減ってきた。

 今日はその補充を兼ねた買い出しの日。

 一緒のパーティーとなっているものの、こうして二人だけで歩くのは久しぶりだった。

 雨音が静かに響く中、石畳の道をゆっくりと進む。


 「リリィは、これからどうしたいですか?」

 「というと?」

 「世界が危ない。だから救いに行く。……わたくしは、そう単純に物事が進まないと思っています」

 「裏がある、とか?」

 「なにせ、わからないことだらけなので」

 「それはそうだけども」


 雨の日は、出歩く人の数はやや少なくなる。

 おかげで混雑とは無縁なまま買い物は進んでいき、レーアが傘を持ち、リリィが荷物を持つ形で町中を歩いていく。


 「ん? あれは」


 とある店の前でリリィの足は止まる。

 扉の前に、魔導具を貸し出してくれるという看板が置いてあった。


 「寄っていっていい?」

 「いいですよ。どのくらい高額かは知りませんけど」


 内部はそれなりに広かった。

 様々な魔導具が展示されているからだが、よく見ると、それはすべて精巧に作られた模型だった。


 「いらっしゃい。お客さん、展示してあるやつは偽物だから、取っても使い物にはならないよ。使いたいなら、受付にいるあたしのところに持ってきてね」


 店主なのか、緑色の髪をした少女が面倒臭そうに声をかけてくる。

 あまり客はいないのか、リリィたちの他には二人だけ。

 雨の日だから少ないのか、それとも普段からこうなのか。

 それはともかく、リリィは店内を見て回る。


 「お、これは」


 近くにある模型を手に取る。

 隣には“灯の石”と書かれている立て札があり、説明文つきだった。

 小さな水晶のような形状で、軽く叩くと柔らかな光を放つ。暗所での視界を確保するには十分な明るさだが、派手過ぎないため目立ちにくい。


 「たいまつよりも使い勝手はよさそう」

 「わたくしは、こちらのがいいと思います」


 レーアが手に取るのは指輪。

 立て札には“風の指輪”と書かれている。

 指にはめると、微弱な風を発生させることができる。埃を払ったり、火を少し煽ったりと、日常のちょっとした用途に便利。


 「この辺りの棚は、小物が多いね」

 「大きいのはあっちにあるみたいです。見てみますか?」

 「もちろん」


 初めての店は、色々と見て回るだけでも楽しめる。

 とはいえ、冷やかし客に対する店主の視線はなかなかに辛辣であり、時間と共に視線が強く突き刺さる。

 これでは落ち着かないため、リリィは店主がいる受付に向かった。


 「遠くの誰かと話せる魔導具はありますか?」

 「……そういうのは、同じ種類のやつを持った者同士じゃないと。いや、待った。確か、話せないけど一方的に声を送れるものが……」


 店主の少女は、近くの棚から何枚もの紙を取り出しては書かれている文字や数字を見ていく。

 店にある在庫を確認しているのだろう。

 少しすると店の奥に向かい、なにやら大きな音がしたあと、魔導具らしきものを持って戻ってくる。

 それは羽ペンのような代物だった。


 「よいしょっと。遠話の羽ってやつがあった。ちなみに、ダンジョン産の魔導具の名称は決まってないから、先につけた者勝ち。これは、あたしが偶然見つけてギルドで名称を登録したんだよね。あと、展示してあるやつのうち、いくつかも」


 少し自慢気に話す店主。

 それを聞いた他の客は、しみじみとした様子で語り始める。


 「お嬢ちゃんたち、このちっこい店主は冒険者でな。時折イドラのダンジョンに潜って、生活費を稼いでる」

 「大きな声じゃ言えないが、店の稼ぎは微妙なのがね。まあ、未発見の魔導具を見つけて登録したりする運の良さから、宝箱目当てな他の冒険者からは割と引っ張りだこ。……店の稼ぎが微妙だからこそ、お金を払えばパーティーに入ってくれるんだな」

 「こらそこ! 常連客だからって、言っていいことと悪いことがある!」


 余計なことを口走った常連客に怒る緑髪の少女。

 とはいえ、まずは目の前にいる客が優先されるのか、怒りを抑えつつリリィの方を向いた。


 (えー、これの利用方法は、誰か声を送りたい相手を頭の中に思い浮かべつつ、素手でこの羽を持つこと)

 「……ん!?」


 突如、頭の中に声が聞こえてきたため、リリィは驚く。

 レーアは聞こえないのか首をかしげるが、その直後、声が聞こえてきたのか驚いて目を大きく開けた。


 「あと、イドラから離れた相手でも声を送れる。アルヴァ王国だっけ? 昔試した時は、そこの東の方までいけた。とまあ、この魔導具の効果を知ったところで、料金の話ね。一秒につき銀貨一枚」

 「高い!」

 「はぁ? 便利で貴重なもんを、お金だけで使わせてあげるってのに。嫌なら、他の店に行けばいい。魔導具を貸してくれる店とか、どれくらいあるか知らないけど」

 「むむむ……」


 持っている側と持っていない側。

 その力関係は明らかだった。

 リリィはどうするか悩む。一秒につき銀貨一枚はさすがに高い。

 しかし、思い浮かべた相手に遠くからでもすぐさま連絡できるという利便性を考えると、ぼったくりとも言い難い。

 その時レーアが口を開く。


 「店主さんのお名前を教えてくださいませんか? わたくしは、レーア・ラウリート」

 「……オリビア」

 「実は、わたくしは将来ラウリート商会を率いることになっていまして。オリビアさんは、どこかの商会に所属していますか?」

 「……してない」


 明らかに警戒していますという態度を崩さない、オリビアという少女。

 ここの店主たる彼女に対し、レーアはラウリート商会を使い、何かを企んでいるようだ。

 すると、やりとりを見た常連客がリリィにひそひそと声をかける。


 「どこかいいとこのお嬢さんかと思ったら、あのラウリート商会を率いるってマジなのかい?」

 「ええと、はい。頂点にいるエリシアという人の娘で」

 「ふむふむ。確か、茶色いハーピーと耳にした記憶がある。そうなると、そんな彼女と知り合いな君はなんなんだい?」

 「商会に金貨一万枚の借金があったけど、全部返済した関係……?」

 「おお、そりゃ凄い。どんなやり方で若くしてそれほどの借金を……って違う違う」

 「友人、ですかね」

 「そいつはなんとも心強い友人だ」


 リリィと常連客が話していると、オリビアの顔の一部がピクピクと動く。

 どうやら、自分の目の前にいるのはそこそこ大きな商会の重要人物であるらしい。

 それを理解したからか、先程とは別の警戒が強まった。


 「それで、あたしにどんな話を持ちかけるっていうんです?」

 「ラウリート商会に所属するつもりは?」

 「所属した場合の利益次第」


 腕を組むオリビアに、レーアは微笑んだ。

 相手が予想通りの反応をしたことを喜ぶかのように。


 「ラウリート商会に所属すれば、経営の安定が保証されます。商会の流通網を利用し、イドラ外の市場にも名前を売ることが可能になりますよ。それは、店の売上を増やすことに繋がります」

 「……ふん、確かに安定した収入は欲しいけどね。でも、それじゃあたしが商会に依存するだけじゃない?」

 「いいえ、協力関係です。オリビアさんが、ラウリート商会のイドラにおける拠点になれば、魔導具市場の中心人物にもなれるでしょう」

 「……あたしが、中心人物?」


 オリビアの目がわずかに見開かれる。


 「商会の専門家による鑑定や研究の支援も受けられます。ギルドに働きかけて、未登録の魔導具を有利な条件で登録することも可能です」

 「……なるほど。悪くない話ではあるね」


 顎に手を当てるオリビア。

 後ろ楯のない個人と、大きな商会という後ろ楯がある個人。

 どちらが強いかは言うまでもない。


 「もちろん、経営の自由は保証します。基本的にはオリビアさんに委ねますが、大きな取引は相談という形になります」

 「……まったく、大きな話を持ちかけてくるね」


 オリビアは苦笑し、息を吐く。


 「少し考えさせてよ。悪くないけど、即決はできない」

 「もちろんです。つきましては、五秒につき銀貨一枚で」

 「……ま、いいよ」


 渋々といった様子ながら、一秒につき銀貨一枚が、五秒につき一枚に割引された。


 「リリィ、伝え終わったら、わたくしに貸してください。お母様に色々伝えるので」

 「うん」


 そしてリリィは、まず国王を思い浮かべる。

 ダンジョン内部で聞いた、レオンとサーラのやりとりを大まかに語ったのだ。

 その次は救世主教団の教祖であるソフィアにも同じことを伝える。

 最後は、王女であるロジーヌに一声かける。国王とだけ連絡をすれば、再会した時にチクチクと嫌味を言われそうだからだ。


 「わたしは済んだ。はい」

 「……少し不安になってきました」


 レーアは、自分を溺愛している母親に対し声を送る。

 イドラという島において、ラウリート商会が進出するきっかけを得た、と。

 なお、母親の行動を予想してか、顔色は少し悪い。


 「終わった? 料金はこれくらいね」

 「どうぞ」


 料金を支払ったあと店を出る。

 雨はまだ降り続いていたが、雲の向こうに微かな光が差していた。

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