服従魔法
「──ズ、……ローズ!」
名前を呼ばれて目が覚める。ここはウィルドハート辺境伯領にある……ブレイズ様の部屋。ベッドの上。
いつも通りの風景に、何故か違和感を覚えた。体を起こして、隣で座り私に声をかけていたブレイズ様に話しかける。
「……何故私はここにいるのかしら?」
「何故って。俺と結婚したからに決まっているだろう。それより、うなされていたようだが大丈夫か?」
そっか。私、ブレイズ様と結婚したんだ。何故か他人事のように考えて自分の左手を見ると、確かに金の指輪が輝いていた。
(なんだかブレイズ様らしくない指輪ね)
どうしてそう思ったのかは分からない。
「もしや昨晩無理させすぎて怒っているのか?」
「いいえ……決してそんな事は」
どうしよう、何も覚えていない。そのような展開があったのなら、絶対に素敵な筋肉を凝視しているはずなのに!
困って視線を逸らす私に対し、ブレイズ様は優しく話し掛ける。
「無理しなくていい。その代わりずっと永遠に俺の元にいると約束して欲しいのだ。この願い、叶えてくれるな?」
「はい……」
私の返事に満足したブレイズ様は腕を広げて「おいで」とその胸の中に迎え入れられるので、ポスッと顔を大胸筋に埋めたのだが。
──違う。これはブレイズ様の香りじゃない。
雄々しい香りでも、石鹸の香りでもない。しかも微妙に筋肉の感触が違う。ブレイズ様の筋肉は普段はもっと柔らかくて、力を入れるとムキっと硬くなるのよ。だからこれは、絶対にブレイズ様ではない!
私はその胸を手で押して離れた。
「ブレイズ様は何処?」
「どうしたんだ? 俺は目の前にいるじゃないか」
白々しく嘘をつく誰かにイラッとしてしまった私は、怒りで拳を握った。
(一応『赤薔薇の聖女』と異名を付けられるくらいには優れた魔術師なのよ、私。それをこんなに簡単に騙せると思われただなんて……)
そしてその拳に強化魔法を纏わせて──
「私のブレイズ様を返して──ッ!!」
偽物のみぞおちを目掛けて拳を打ち込んだ!
「くっ……」
身を屈めつつその口から発せられたのはブレイズ様ではない別人の声。グワンと視界が歪んで──見知った部屋だった風景は、これまた見知った別の場所へと変化した。
「……ここは、王宮の庭園?」
私は当然この場所をよく知っている。戦場に連れて行かれる前に、第二王子の婚約者として最低限の知識を詰め込まれた王宮。しかもこの庭園はレオン様に婚約破棄された場所でもある。
「どうして幻影だと分かった? それにローズは攻撃手段を持たないからこそ聖女と呼ばれていたはず……」
私の目の前、地面に片膝をついて少し前屈みになって腹部を押さえているのは──
「私が今まで攻撃しなかったのは、他人の回復と強化で忙しくて、自分の拳で殴る暇が無いからです。それに私の細腕で殴るよりも、騎士や兵士を強化してあげて攻撃してもらう方がよっぽど効率的だもの……レオン様」
──私のかつての婚約者だった。
「メルエー王国仕込みの幻影魔法だから破られぬと思ったのが迂闊だったか」
「それで、私は何故王宮にいるのですか?」
確か私はゴリラと追い駆けっこしていたはずだ。そしてその途中何者かに腕を引っ張られたところで記憶が途切れている。
レオン様はこの国の王子であるが、優秀な魔術師でもある。きっと睡眠系の魔法でも掛けられ連れてこられたのだろうが、その目的が分からない。
「ローズにはやはり私の元で働いてもらおうと思ってね。意外とウィルドハート辺境伯の守りが硬く刺客じゃどうにもならなかったから、私が動く羽目になってしまった」
「働く?」
ニヤリと上がるレオン様の口角。それに警戒心を強めると、レオン様は腹部を押さえていた手をこちらに伸ばし、握っていた拳を開いた。その手に握られていたのは赤色の薔薇を模った水晶。
……迂闊なのは私だった。元婚約者の得意な魔法くらい、よく考えれば分かっただろうに。
「服従魔法だ。ローズは先程、私の元に永遠にいると約束し、それを叶えると約束した。これで私の元からは離れられまい」
約束してしまったが最後。あの水晶がある限り、私は魔法に拘束されレオン様の命令に反することはできない。いくら口で「嫌だ」と拒絶しても、体はレオン様が命令すればその通りに動く。
「ローズの浮気でも偽造すれば簡単に手放してくれると思ったんだがな。醜男の執着が思ったより粘くて大変だったよ」
一時心肺停止という危険な状況に陥った兵士の件の事だと直ぐに分かった。そんな理由で人の命を危険に晒しただなんて……。
「どうして……私と婚約破棄して追い出したのはレオン様の方でしょう!?」
「結果論だが駒としてローズの方が使い勝手が良かった。ある程度従順で、私とは得意な魔法の系統も違う。だから婚約者を交換しようと思ってね。ローズと、メルエー国の姫『アドラ』……別に構わないだろう?」
「絶対に嫌です! そんなのアドラ様だって可哀想よ」
「アドラは乗り気だぞ。ローズより美人で同じく醜男フェチ。『筋肉男子祭り』なんてふざけたイベントを企画するくらいだから、辺境伯もお気に召すだろう。今頃向こうは向こうで対面しているはずだし、なんせアドラは幻影・魅了魔法にしか能がない。今頃骨抜きにしているだろうさ」
私と同じ趣味の人が居たという感動は横に置いておいて。ブレイズ様とアドラ様が今頃会っているという事実が私の胸をギュッと締め付ける。
私は恥ずかしがってブレイズ様から逃げてしまった。逃げ出した元平民の婚約者よりも、美人の姫で同じく筋肉が好きだというアドラ様の方がブレイズ様にとって魅力的だろう。
それに服従魔法をかけられてしまった私は、もうブレイズ様の元へ戻るのは不可能。
私に向けられていたはずのあの微笑みは、今頃アドラ様に向けられて。私を包んでくれていたあの逞しい筋肉は……。
「はは……どうして逃げちゃったんだろう」
恥ずかしがらずにブレイズ様から逃げず向き合っていればこんな事にはならなかっただろうに。もう後悔したって遅いが、それでも涙が溢れるのを止められなかった。
「泣いていないで『私の回復をしろ』。全く……全力で殴りやがって」
レオン様が私に命令すると、私の意に反する形で勝手に体が動く。レオン様のすぐ側まで歩み寄って、その体に手を翳して回復魔法を使う。……私はこの先ずっとこうやって、レオン様の命令通りに動き続けるのか。
「……レオン様、せめて最後にブレイズ様にお別れの言葉を伝えたいのですが、叶えてくださいませんか?」
逆らえないのなら、前を向いて進むだけ。
聖女扱いされて、王宮に招かれて、レオン様の婚約者になって、戦地で駆け回る。そして婚約破棄も受け入れて……今までずっとそうやって、逆らえないからと無理やり前を向いて進んできたけど。
ブレイズ様のことだけは諦めきれなかった。せめて……最後に、もう一度だけ。
「何故私がお前の願いなんぞ叶えなければならないのだ……と思ったが。ローズ『私へ防御魔法』」
あまり得意ではない防御魔法もレオン様が命令すればその通り体が動き、魔法を掛ける。その瞬間、私達の後方から──ドーンッ!! という地響きが響いた。
「ローズ良かったな? どうやら願いが叶いそうだぞ」
「……え?」
何が起こったのかと振り返ると──
「──私のローズを返してもらおうか」
そこに立っていたのは、その肩にまるで荷物のように緑色の髪の女性を担いだ……ゴリラだった。
続きは明日の朝更新です(*´꒳`*)
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