筋肉男子祭り
「何だそのふざけた祭りは」
ここはブレイズ様の執務室。そこに居るのは、両手を胸の前で合わせ懇願する私と、執務机から私を見上げ思わず顔を顰めるブレイズ様だ。サイモン様も隣で書類整理をしているが、我関せずの様子である。
「どうしても行きたいのです、筋肉男子祭りに!」
来週王宮の足元にある街で開かれる祭りで、昨年までは「イケメン祭り」と称し各地から集まったイケメンからナンバー1を決めるコンテストがあったらしいのだが。今年は筋肉ナンバー1を決める「筋肉男子祭り」も同時開催するらしい。
「むしろブレイズ様こそ参加してください!」
「いくらローズの頼みであっても断る。見に行きたいなら侍女と一緒に行くといい」
「どうしてですか!? ゴリラで行きましょう、優勝間違い無しですから!」
「そもそも祭りの趣旨が分からぬ。そんなローズくらいしか喜ばぬような醜男祭りを開催する意味が……待てよ」
すっかり呆れ顔だったブレイズ様は、急に真面目な顔をして考え込む。
「なぁサイモン、怪しいと思わないか?」
「そう思うなら行けばいいでしょう。こっちの仕事は私一人でも何とかなりますし」
サイモン様はこちらを少しも見る事なく、平然と答えた。
話の流れからすると、ブレイズ様は一緒に行ってくれるようだ。
「じゃあ参加者として申し込みしますね!」
「しなくていい! 嫌な予感がするから一緒に行くだけだ」
「でも」
「結婚式直前なのに、こっ酷く抱かれて腰抜けになりたいのなら、申し込みすればいい」
「う……」
私達の結婚式まであとを1ヶ月を切っていた。出来るだけ綺麗な姿で挙式に臨みたいので、最近は肌の手入れに筋トレにと精を出してきた私。ブレイズ様は勿論それを理解しており、なんなら最近は私のトレーナーとして筋トレ指導までしてくれている。
なのにわざわざそのような言い方をするなんて!
(それにブレイズ様は、結婚するまでは絶対に抱かないと明言しているのよね)
今まで律儀に毎晩それを守ってくれたのに、今更それを反故にするとは考え難い。ならば先程の発言の真の目的は、私を怯ませ参加者として申し込みさせない為だろう。
そのまま黙ってブレイズ様の執務室を後にした私は、早速部屋に戻ってブレイズ様の名前で参加者登録の手紙を書いた。
「だって私、ブレイズ様になら抱かれたいもの」
「抱かれたいと言うのは禁止」と言われているから言わないだけ。私はブレイズ様の筋肉はもちろんのこと、大柄な体格や精悍な顔付き。意外と真面目な所や、ギャグのように突拍子もない事をする所まで。……全て、心から愛している。筋肉から始まった愛だけど、内面だって愛しているの。
最近では毎晩キスするのにも慣れてきたし、舌を絡められたって……
「やっぱりそういうのを思い出すと、ちょっと……恥ずかしいかも」
それでも、脱がねば見えぬ筋肉もある。
書き上がった手紙を手にして考えて、考え込んで……私はそれを封筒ごと真っ二つに裂いた。
「──やめた。ブレイズ様の素敵な筋肉は私だけが知っていれば良いもの」
抱く抱かないは横に置いておくとして、私の宝物をわざわざ皆に見せてあげる必要は無い。そう結論づけて私は裂いた手紙をゴミ箱に投げ捨てた。
◇
そして「イケメン祭り」兼「筋肉男子祭り」当日。ウィルドハート辺境伯領から三日かけて馬車でやってきた私とブレイズ様は王宮の周りに発展した街の中心部にいた。
使い捨て感覚で婚約破棄され追い出された王宮のすぐ足元。統一された赤い屋根の街並みが美しいこの街に感傷的な気分になるかとも思ったが。全くそんなことは無かった。だって──、
「わぁ……ッ! ブレイズ様見てください、街中がイケメンだらけですよ!?」
「別に俺は男を見る趣味は無いのだが……」
街を行き交う筋肉質な男性達を見て目を輝かせる私と、そんな私を見て呆れるブレイズ様。辺境伯という高位貴族であるブレイズ様は目立つ訳にはいかないので周囲に溶け込めるよう商人に変装しており、私もそれに合わせて商家の娘くらいの格好をしている。
一般的な「イケメン」に混じって私基準の「イケてる筋肉メンズ=イケメン」もちらほらと。とにかく周囲は男性で溢れかえっており、それを少し離れた場所から女性達が眺め黄色い声をあげている。当然その対象は一般的なイケメンの方だろうが、私はそちらには興味がない。
「じゃあ女性を見る趣味ならありますか?」
「ある訳ないだろう! 俺はいつだってローズ一筋だ」
「うわぁ、あの人脱いだら凄そうだなぁ……。あっちの人は手も大きくて素敵」
ブレイズ様との会話は話半分で、キョロキョロと辺りを見渡しながら好みの筋肉を探す。手持ちのカバンから観劇用のオペラグラスまで取り出して完全に本気モードである。
「……ローズは筋肉質な男なら誰でも良いのかも知れぬが」
「何か言いましたかブレイズ様……あ! あの人、すごく格好良い!」
その瞬間、私のオペラグラスは取り上げられて、手を引かれ人混みの少ない方へと連れて行かれる。そして路地裏に入った所で建物の壁に押し付けられた。
「──どうし……んっ!」
性急に貪るように唇を合わせられ、両手は壁に縫い止められる。
「……俺以外を見るな」
ブレイズ様は口付けの合間にそう一言だけ吐き捨てるように言った。苦しさと恥ずかしさで滲む涙越しに見えた彼の表情は、強烈な色香を放っているように見えて、一層羞恥心が増してしまう。
足腰から力が抜けて、このまま何も考えずに身を任せてしまいたいような感覚に襲われたが、その瞬間表通りから一際大きな歓声が聞こえてきて我に帰る。
(だ、だめよ。ここ街中だから……!)
少し身を捩るようにすると唇が離れたので、終わりにしてくれたのかと思ったが。
「──ひゃッ!?」
首筋に顔を埋められて、そこを舐め上げられる。私はそのゾクっとした感覚に耐えかねて……自らに強化魔法をかけた。
「ご……ごめんなさい──っ」
「ローズ!?」
持てる限り最大限の力で強化魔法を掛け、拘束を振り切り路地の奥へと向かって駆け出す。今思えば人の多い表通りの方へ逃げた方が良かった気がするが、この緩み切ってだらしの無い顔で表に出る勇気はない。
(どうしよう……走力も強化してあるけど、ゴリラで追いかけられたら絶対に追いつかれる!)
恐ろしくて振り返れないが、後方から──バコーン! ドッカーン!! と何かが蹴られたような音が聞こえてくる。これは……何かを巻き込み蹴散らしながら追いかけて来ている音のような気がする。
『珍事! 筋肉男子祭りで赤薔薇の聖女とゴリラが追いかけっこ!?』なんて記事を新聞に載せられても困るし、この後どうすれば!?
「──ローズッ!!」
上空から怒声がして慌てて空を見上げる。そこには……逆光の中、教会の赤色ドーム屋根の上から華麗にくるりと回転して──私の前に降り立つ、下半身のみ服を纏ったゴリラの姿があった。
「いやあぁぁあ──ッ!?」
怖い。流石に空からゴリラ展開は怖い! その正体がブレイズ様だと分かっていても……いや、ブレイズ様だからこそ怖い!!
近くに居合わせてしまった子供の「ママー、空からゴリラが」なんて言っている声を聞きながら、進路が塞がれたので今度はUターンして逃げる。もはや何故逃げていたのかも分からなくなってきたし、どうして私はゴリラに追いかけられる羽目に!?
(そうだ、なぜかブレイズ様が急に色気全開で迫ってきたから……!)
逃げ出した理由は思い出したが、私はただ祭りに集まった筋肉を愛でていただけなのに! と考えた所でやっと気がつく。
「もしかして嫉──っ」
その瞬間。誰かに腕を掴まれ、路地裏に面した建物内にグイッと引き込まれた。
「誰な──……」
そこからの私の意識はない。
「ローズ……!?」
ブレイズ様が私の名を呼ぶが、その声は私まで届かなかった。
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