幻影魔法
「でも一緒に眠っていても、私がこっそり抜け出したら分からないのでは?」
ブレイズ様と出会った初日のような薄い夜着ではなく、丈の長いワンピースような夜着を纏った私は、今日の日中の出来事を思い出して、隣で眠るブレイズ様に問いかけた。ちなみに私の夜着のデザイン変更はブレイズ様が言い出した事で、どうやら可愛らしい系がお好みのようである。
「俺は戦場で五年も暮らした男だぞ? そんな気配がすれば目が覚めるに決まっている。実際ローズは一回も俺の腕の中から抜け出した事は無い。違うか?」
「合っていますけど……どうして私と逢引き予定という話が出るのか分からなくて。そっくりさんでも居るのかしら?」
私は隣に眠るブレイズ様の腹筋の割れ目を指先でツ──っとなぞりながら考える。ブレイズ様は少しくすぐったそうに笑いながら、大きな手で私の前髪をかきあげて額に口付けを落とした。
「それは恐らく幻影魔法だ。メルエー王国の得意戦法の一つで、例えば好いた女の姿を見せて誘導し、罠に嵌めたり油断した所を襲う。まだそんな魔法に惑わされる兵士がいたのは問題だな。……しかもその幻影がローズというのが笑えない」
そういえば治癒院で働き出した当初に、そんな話を聞いたことがある。だからこそ、この国の魔術師たちは入念に防御魔法を張るようになり、私もその時に初めて防御魔法を練習した。
「幸い、幻影の作り込みが甘いから慣れれば問題ないが。……兵士や騎士は鎧と筋肉量の問題で泳げない者が多く、水辺に誘導されると危ないんだ。そして、今回も泉で倒れていたということは、メルエー王国が関連している可能性が高い」
私はガバッと体を起こした。
「そんな……どうして? あの戦は終わりを迎えたはずなのに!」
和平の印として、メルエー王国からは既にお姫様がレオン様の婚約者としてやって来ているはずだ。
「詳細は今サイモンに調べさせている。父上の代から家令としてずっとこの領を支えてくれている優秀なやつだから、近いうちに分かるだろう」
「でもブレイズ様の部下をそんな目に遭わせたなんて許せません」
ベッドの上に座ったままぎゅっと拳を握りしめる私を見て、ブレイズ様は目尻を下げながら、体を起こして私の頭を撫でた。
「ローズは昔から全く変わらないな。優しくて他人の気持ちを慮り、同じ目線で考えてくれる」
「そういえば……ブレイズ様と私って、治癒院で遭った事ありますか? 戦場を駆るゴリラの話も聞いた事がないし」
戦地でのブレイズ様を頑張って思い出そうとしてみたのだが。健康管理している兵士や騎士達には筋肉の形に見覚えがある者が居たが、こんなに好みの体つきをしているブレイズ様は全く覚えがないのである。
筋肉フェチすぎて醜男フェチと揶揄われた私が、こんな素敵な体を忘れる訳がない。しかしブレイズ様は明らかに昔から私の事を知っている。
しかも戦場にゴリラなんていれば絶対に噂になったはずだ。
私が何を聞きたいのか理解したらしいブレイズ様は気まずそうに視線を外した後。「ローズが初めて治癒院に来た日に偶然見かけて。一目惚れした」と白状した。
「ちなみに戦場ではゴリラになった事は無い。俺は騎士だぞ? 馬上でゴリラになれば、馬が潰れるだろう」
確かに。実に納得のいく回答だった。ならばブレイズ様は実質魔法を一切使わずに戦果をあげた事になる。それはそれで凄い。
「では、私から治療を受けた事は無いのですか?」
「実は幻影魔法でローズの姿を見せられ深い傷を負った時、それを手当してくれたのが偶然にもローズだった。俺はそこで『好きな人の幻影を見せられ油断した』と漏らしてしまって……ローズは何と返事したと思う?」
そう言われると、身に覚えがあった。あれはまだ筋肉フェチに目覚めていなかった頃で、初めて幻影魔法について耳にした日だ。
「『じゃあ次は本当にその人を抱きしめに行ってあげてくださいね。どうかその日まで怪我なく過ごせますように』……と、誰かに祈った事があります」
「なんだ、覚えているのか。……ローズはそう言ってこの醜男に強化魔法までかけてくれたんだ。効果は抜群で、それからは殆ど怪我して無い。逆にローズに会いに行けなくなって苦しんだ日もあったが──おかげで今こうやってローズを抱きしめる事ができる」
そうやってブレイズ様がまるで宝物を包むかのように私を後ろから捉えるのが……嬉しくて、少し恥ずかしい。
「でも強化魔法の効果はとっくの昔に切れて……」
「いいや? ずっと俺の心に掛かり続けているから現在進行形だな」
◇
ちなみに後日。屋敷の使用人に扮した刺客が捕らえられた。様々な手段により集められた彼の証言によると……どうやら狙われていたのは私らしい。
どうして私を狙うのに兵士が被害に遭ったのか、理由が全く分からない。
「ローズに瑕疵をつける為か、はたまた別の目的があるのか。……首謀者も分かっていないから、ローズは気をつけて暮らすように」
ブレイズ様の言葉にこくんと一つ頷いて、私は不安から視線を下げる。そんな私をブレイズ様は優しく抱きしめた。
「そう心配しなくても、俺が必ず守る」
「ふふっ、心強いです」
ブレイズ様が守ってくれるのなら心配いらない。この腕の中程安全な場所は無いだろうと思いながら、私は逞しい大胸筋に頬を寄せて。私に気を遣っているのであろう石鹸の香りに頬を緩めた。
続きは明日6時に投稿です♡
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