健康管理
「ローズ様、訓練中に火傷したので治療してください」
「ええ、すぐに治すわ」
「すみません。腕を切断したので治してください」
「え!? 何故訓練でこんな事態に? 治せるけど……」
「ローズ様ー! 向こうで心肺停止の人間が!!」
「どーしてそんな事態になるのよおぉぉおッ!?」
決めました。私、治療室ではなくて訓練場で居座る事にします。その方が素敵な筋肉を眺めやすいというのもあるけど、何が何でも怪我人が多すぎる。ここは戦場では無いのに何故こうも怪我人が続出するのか。
軍に所属する皆の健康管理を始めて早一ヶ月。サイモン様が「簡単な仕事」と言っていたから油断していたが、かなり忙しい。今までどうやっていたのだろう。
サイモン様に相談すると「ローズ様に話し掛けたくて怪我も厭わず訓練しているだけでしょう。一ヶ月もすれば落ち着くはずです」と、どうにもならないアドバイスを貰った。そして約一ヶ月経ったが落ち着く気配はない。
「えーっと、今日は誰を治療したんだっけ」
軍に在籍する約200人全てを把握するのは容易ではない。訓練所の片隅に設置してもらった木製の安っぽい椅子に座り、全員分の詳細データを纏めた冊子を広げながら、今日治療したのが誰だったのかを記録していく。
「ローズ様、相談したい事があるのですが宜しいでしょうか?」
話しかけてきたのは細身で小柄の魔術師だった。所謂この国基準のイケメンだ。私は快諾して隣の椅子に座るように勧め、話を聞く。
「実は私が所属している隊に様子の変な者が居て」
ウィルドハート辺境伯軍は大将として辺境伯であるブレイズ様を置き、その下にいくつもの小部隊が連なる形をとっている。その小部隊は大抵バランスよく兵士や騎士、魔術師などを配置してあるのだが。彼の所属する部隊の兵士一人の様子がおかしいようだ。
「どのように変なの?」
「実は一週間前に心肺停止状態で見つかった者なのですが……」
それなら私も記憶にある。屋敷近くの泉で心肺停止状態の兵士が発見され、あわや大惨事になる所だったという事件があった。私の蘇生が間に合った為事なきを得たが、混乱している様子だったのでしばらく休養してもらっているのだ。
「彼が、夜中にローズ様と逢引予定で泉に行ったのだと言い出したんです」
「は?」
予想外の会話に、つい分厚い冊子を落としそうになってしまう。
「……え? もしかして私がその兵に酷い事をした犯人だと疑われているの?」
「いいえ。そうでは無く、逢引きの噂が……ブレイズ様の気に触るのではないかと心配に」
確かに相手が兵士となれば、私の筋肉フェチも相まって本当に逢引きだと勘違いされるかもしれない。
(どうしよう……私、浮気なんてしていないのに!)
両頬に手を当てて動揺してしまう私を見て、その魔術師は「だ、大丈夫ですよ! ブレイズ様に知られる前に問題解決してしまいましょう」などと必死に励ましてくれる。
「そうね……ブレイズ様には知られたく無いから黙っていてくれる?」
そうお願いした瞬間だった。
「俺がどうかしたか」
「──キャッ!?」
まるで潤滑油が切れた機械のような動きで、私が座っている椅子の斜め後ろを確認すると。ちゃんと上下共に衣服を纏ったブレイズ様が立っていた。助けを求めるように魔術師の方に視線を動かすが。……スッと目線を逸らされてしまう。
(う、裏切り者ーッ!!)
そう思ったが、彼は「黙っていてくれる?」という問にはまだ答えていないし、そもそも何も言わずに黙っているのだから裏切ってはいない。
「どうやら俺に知られたく無い事があるようだが……ローズ、俺を怒らせて楽しいか? あと、椅子はもっと良い素材のを使え。体を悪くするぞ」
「いえ……その……」
私基準で壮絶なイケメンのブレイズ様が、椅子に座っていた私を軽々と抱き上げて。精悍で彫りの深い顔が真正面にくるようにされ、私の心臓が跳ねる。
怒りで歪んだ顔にすら心ときめいて心臓の鼓動が早くなってしまう私は、もうだめかもしれない。
「やはり涼しげな顔の魔術師の方が好きなのだろう? なぁそこの魔術師……少々顔が良いからといって、俺の婚約者と睦まじくするのは、」
「違います! ブレイズ様、どうか怒らずに私の話を聞いてくださいませ」
せっかく私に相談してきてくれた魔術師に嫌疑がかかり始めたので、慌ててブレイズ様の言葉を遮って暴走を止める。
「いや、内容によっては当然怒るし、手荒い事をしてしまうかもしれぬが」
「え……あの、私は自分に回復魔法を掛ける事が出来ないので……罰を与えられるのであれば、死なない程度にしていただけるとありがたいです」
強化魔法や少々使える防御魔法である程度は耐えられるが、相手がブレイズ様だと威力を殺し切れずに傷を負う可能性の方が高い。
「ローズは何か勘違いをしている気がするのだが……まぁいい。それで、何があったんだ?」
私がおずおずと内容を話し始めると。初めは厳しい顔をしていたブレイズ様は次第に「なんだ、そんな事か」といった風に力を抜いて。すぐ側ですっかり恐怖で固まっていた魔術師に「もう行っていい。誤解してすまなかった」と謝った。魔術師が脱兎の如く逃げ去ったのは言うまでもない。
「ブレイズ様、お怒りにならないのですか?」
「むしろそんな事で安心した。……嫉妬に狂う案件じゃなくて良かった」
最後は小声で聞き取れなかったが、とにかく怒りは収まったようなので安心する。
「浮気を疑われてしまうと思って……ごめんなさい」
「心配せずとも、ローズは毎日俺と一緒に寝ているだろう? 夜のアリバイは、毎晩寝不足の俺が証明してやれる」
そうだった。私の部屋はブレイズ様が柱をへし折った関係で天井が落ち使用不可になってしまったので、私はブレイズ様の部屋で寝起きしている。「どうせあと三ヶ月もすれば結婚するのだから」とブレイズ様が仰ったからなのだが……。
「寝不足なのでしたらやっぱり部屋を分けた方がよろしいのでは? もしかして私、寝相悪いですか?」
個人的には毎日腕枕をしてもらい上腕三頭筋を堪能しながら眠っているので幸せ一杯なのだが。それによってブレイズ様が寝不足になってしまうのなら話は別だ。
「いいや、これは俺自身の課題のようなモノで、これを耐え抜いてこそ漢。自己都合でローズの幸せを崩すわけにはいかない。一ヶ月頑張ったから、あと二ヶ月の辛抱だ……」
虚無の瞳でどこか遠くを見つめるブレイズ様。本当に寝不足で疲れているようなので私は徐にその肩に触れ、少し首を伸ばすようにして頬に口付けた。
「ブレイズ様のおかげで毎晩幸せです。ありがとうございます」
「それは煽っているのか? ……駄目だ、やっぱりもう無理かもしれない」
何が無理なのか問おうとした私の唇から言葉は発せられなかった。
その後数分間。運悪く近くを通りかかってしまった者達は、顔を赤らめて走り去ったという。
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