真面目ゴリラ
止まってと全力でお願いする私の努力は虚しく、難なくドアまで辿り着いたブレイズ様はドアノブに手を伸ばした。
「止めてくれるな。好いた男にそのような態度を取られたローズの気持ちを、分からせてやらないと気が済まない」
「違います、私はレオン様なんて元々微塵も興味なくて! 今は心からブレイズ様をお慕いしているのです、信じてください!」
正確にはブレイズ様の筋肉をお慕いしているが、大差ないだろう。
そしてブレイズ様がドアノブに手を掛けるが。ドアノブはガッと鈍い音を立てるだけで……ドアは開かなかった。
「くそ……そういう事か」
「どういう事ですか?」
「これは、アレだ。……俺がローズに焦がれていると知った上で一緒に閉じ込めて、結婚を確実にしようとする家令の罠だ」
ブレイズ様は、後ろにくっついている私の姿をチラリと見て……フイっと視線を逸らす。
成る程。私がこの格好でこの部屋に放り込まれたのはブレイズ様の意思ではなく、お節介な家令さんの計画だったのか。
「別にそんな罠を張らなくたって、私はブレイズ様となら今すぐに結婚しても構わないのに」
そうすればこの鍛え上げられた広背筋は私のモノだ。
「何故ローズは乗り気なんだ。しかも俺を慕っているなど、甘美な冗談まで……まあいい。俺にとって鍵なんぞ無用の長物……フンッ!」
──バキィッ!! と大きな音を立てて金属製のドアノブが根本から折れた。
「嘘ぉ……」
「しまった……あいつ、わざと華奢なデザインのドアノブに変えたな? ローズは危ないから少し離れていてくれ」
ブレイズ様は足元にポイっとドアノブを投げ捨てて、私に少し離れるよう命じる。大人しく言われた通りにすると、ブレイズ様はドアから三歩後ろに下がって──。
「ハッ!!」
開かないドアを蹴り破ろうと、ドアに向かって回し蹴りを喰らわせた! ……のだが。
──ビイイイィンッ
ドアにかけられていたらしい魔法が発動し、ドア全体に赤色の紋様が浮かび上がった。そして蹴りの威力を全て吸収してしまう。
これはかなり高位の魔術師にしか使えない防御魔法陣で、破るのはかなり大変なやつだ。絶対にブレイズ様と私をこの部屋から出したくないという、術者の強い意志を感じる。
「む……あいつ、本気だな」
「ブレイズ様、罠ということはきっと朝になれば出られるのですから、強行突破は諦めましょう?」
そう言いつつブレイズ様に近寄る。とりあえずここからはどうやっても出られなさそうなので、その間にレオン様をぶっ飛ばしに行くのは諦めるように説得を試みようと考えたのだが。
「仕方がない。ローズにはこれ以上醜い姿を見せたくは無かったのだが……この防御魔法陣を破るにはこれしか方法が無い、か」
ポウッとブレイズ様の体が淡く白い光に包まれる。これは魔法の気配!?
「この姿を見ても、ローズの態度が変わらないでいて欲しい……なんて願いは傲慢だな。フンッ!」
──バリバリィッ!! とブレイズ様が上半身に纏っていたシャツが破れ弾け飛んだ。そして光が止み私の前に現れたのは──、
「嘘ぉ……」
──下半身にだけ元々の衣服を着けた、大きなゴリラだった。それ以外形容のしようがない。黒色のゴリラだ。
「あまりの醜さに絶句しただろう? 俺が使える唯一の魔法で、姿をゴリラに変えるだけで単純に能力アップを図る自己強化魔法だ。例えば腕力はおおよそ二倍になる」
人間の時でも私の視線を捉えて離さなかった筋肉はゴリラになった事で更に増し、破け飛んだシャツと共に私の理性も吹き飛んだ。
──好き。唯一使える魔法で更に筋肉が増すなんて、どれだけ私の性癖にクリーンヒットすれば気が済むのだろうこの人は!
「このゴリラの力を持ってしても破れないとなると、諦めるしかないだろうな。──フンッ!」
そしてドアに全力ゴリラパンチを喰らわせるブレイズ様だったが、相変わらず魔法陣に全ての威力を吸収されてしまう。
「駄目か、しょうがない。手は出さないと約束するから、今宵は共に……ローズ?」
すっかり目がハートマークになってしまった気分の私は、今度は後ろからではなく。ドアとブレイズ様の間に割って入って、正面からゴリラに縋り付く。
「好きです、愛してます、結婚してください」
「ローズ? いきなりどうしたんだ……?」
「こんな素敵な方と婚約出来たなんて夢のよう……! 私、ブレイズ様になら今すぐ抱かれたい程に好きです」
うっとりする私を抱き止めて、タジタジになるゴリラ。側から見れば異様な光景かもしれないが、この空間には二人しかいないので全く問題ない。
「もしやゴリラの俺を恐れないのか? いや、そもそも男に対して抱かれたいなどと言っては勘違いされ」
「恐るも何も、私は雄々しい男性が大好きですから当然ゴリラも大歓迎。そしてこの大胸筋に顔を擦り付けながら寝たらどれ程幸せか! 信じてください、私はブレイズ様が好きなのです。大好きなんです!」
ブレイズ様が言い終わる前から早口で畳み掛ける。お願い、私がそれ程までにブレイズ様の筋肉に惚れているのだと分かってください!
「ローズ……まさかあれ程焦がれた赤薔薇の聖女に好きだと連呼される日がくるなんて。俺の方こそ夢を見ている心地なのだが」
「じゃあ抱いていただけますか? どうしてもこの胸に抱きついていたくて」
「くっ……ダメだ! 婚前からそのような破廉恥な事はしてはならない。俺は死ぬ気で我慢するからな」
予想外に筋肉ゴリラは真面目だった。
「じゃあ抱かなくて良いですから、この胸筋と添い寝させてください」
「……拷問か? いや……それが愛しの婚約者の望みとあれば、そのくらいは漢として叶えてやるべきか」
ブレイズ様はゴリラから人の姿へと戻る。ゴリラになったせいでシャツは木っ端微塵になり、上半身は裸。その状態でベッドに上がり、私に向かって手を差し出した。
「来い、ローズ。ウィルドハート辺境伯として、漢として。その願い叶えてやろう」
この後。私が狂喜したのは言うまでもない。
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