赤薔薇の聖女
初っ端から「抱いてくれ」なんて、とんでもない発言を繰り出した私。でも私、こんな素敵な上腕二頭筋の男性になら今すぐ抱かれても良い!
「……ちょっと待ってくれ。その格好に台詞、何か勘違いしていないか? それとも魅了の魔法か何かを掛けられて来たのか? この醜男に抱かれたい女なんぞ、存在する訳がないだろう」
ブレイズ様はソファーの前で床に膝をついたまま、眉間に皺を寄せる。
漆黒の髪と瞳。健康的な小麦色の肌に、彫りが深く渋い顔立ち。恐らく歳上で、好みの筋肉。これで惚れるなと言う方がおかしい。好き。外見が好みすぎて思わず震える。
「ほら、そんなに震えて……無理しなくていい」
「違います。これはブレイズ様にときめいて胸がキュンとしていたせいで」
レオン様グッジョブ。婚約破棄してくれたおかげで私、こんな素敵な人に出会えました!
「キュン? ……よく分からないが、まぁいい。そもそも俺は、この結婚は白き結婚にするつもりだと言いに来たのだ。美しき王子に婚約破棄された上こんな男に当てがわれ、さぞ辛かろう。そう自らの身を粗末にしなくても追い出したりはしないから、安心してくれ」
ブレイズ様は自分の胸を強めに叩く。服越しでもパァンと良い音がした。
「白き結婚?」
「形だけの夫婦ということだ。それを突き通せば結婚より三年で離縁出来る。その際に分与された金で、好きな男に嫁げば良い。だから三年はこの醜男の妻という立場で我慢してくれ……出来るだけ怖がらせぬよう、近寄らぬようにするから」
まるで諭すような……いや、懇願するかのような声。「頼むから三年だけ耐えて欲しい」と言葉を重ねられるのは……自己肯定感の低さだろうか。それとも急にレオン様に婚約破棄されやって来た私に対する優しさだろうか
(こんな素敵な筋肉が目の前にあるのに……近寄れないの?)
治癒院で走り回っていた時は人の筋肉しか見ていなかったので、お顔に見覚えはない。しかしこの体付きを見れば、間違いなく騎士や兵士といった肉体を資本として戦に参加し戦果をあげたのだと理解できる。絶対に魔術師では無い。
近寄らなければ筋肉を堪能できないので白き結婚にされては困る。完全にその筋肉に惚れてしまった私は、その逞しい腕に縋るように触れた。
(わあぁぁ! 何この筋肉、弾力が最高!)
「なっ! ちょっと待ってくれ、そんな格好で触れられては……」
「ブレイズ様、お願いします。私は筋肉ムキムキの逞しい男性が好きなのです。心の底から大好きなのです!」
縋りながらブレイズ様の顔を見上げると、その顔は赤く染まっていて。私が嫌われている可能性は無さそうで安心する。
「だから、どうかそんな悲しい事は仰らずに、私を名実共に妻にしてくださいませんか」
そしてその筋肉を余す所なく見せて欲しい。そんな欲望は心の中に隠し、必死にお願いする。
「……まさか醜男フェチの噂が本当だったなんて」
ブレイズ様はそう小さく呟き少し考え込んだ後。さり気なく指を動かして筋肉の筋を堪能していた私の手を、引っ掴んで離した。
「──分かった! すまない、白き結婚の話は撤回させてくれ。そして自己紹介からやり直そう」
ブレイズ様はそう言うと、床に膝をついたままではあるが姿勢を正し、改めて私と向き合う。
「俺の名はブレイズ・ウィルドハート。このウィルドハート辺境伯領を治める領主で、今年30歳になる。国王より、先の戦の褒賞に何が欲しいかと問われて……ローズが欲しいと、傲慢な願いを口にしてしまった醜い男だ」
「私はローズと申します。この前20歳になったばかりで……ブレイズ様は、本当にただの平民でしかない私を妻にと、望んでくださったのですか?」
「『ただの』だと? よく言えたものだな。王子の婚約者でありながら、誰に対しても嫌な顔一つせず笑顔で魔法を掛ける『赤薔薇の聖女』は、最前線で体を張って戦う俺達近接職にとっては最高の癒しで憧れで! 崇拝し全力で守る対象だった。それを『ただの』とは言わないで欲しい」
ブレイズ様から放たれるオーラが急にブラックになった上、早口で語り出したので「す、すみません……」と小声になりながらも謝る。その笑顔は、筋肉に囲まれて幸せだったからこその笑顔なんですけどね……?
「皆で不可侵条約を結び、誰も抜け掛けしないよう毎日相互牽制。そうやって俺は厳しい戦場で五年間も体を張ってきたのに。戦が終わればその姿を見る事すら叶わない。それに耐えかねて褒賞で望めば、あっさりと手に入るなんて……!」
ブレイズ様の黒い瞳が、ソファーに座っている私の頭の頂から足の爪先までを、などるように確認して。「夢で無いかを確認させてくれ」と言いつつ、自分の右頬にビンタを食らわせる。
パーッン! と良い音が鳴り響いた。
「う……わぁ、大丈夫ですか?」
腫れ上がる頬と、切れて血が垂れる唇。その威力に若干引いたが、いつもの癖ですぐさま回復魔法を掛け始める。すると、そのビンタを喰らわせた大きな右手が、私の頬を包んだ。
「夢じゃない……こんな醜男の元に、あれ程焦がれた赤薔薇の聖女がいるなんて。しかし俺のせいで王子との婚約が無くなってしまったローズには本当に申し訳なかったと思っていて。だからこそ白き結婚にしようと……三年で解放してあげようと思ったのだが」
「レオン様は、メルエー王国のお姫様と結婚するから私と婚約破棄したのですよ。むしろ私は捨てられた所を運よく拾っていただけて感謝しています」
ブレイズ様がやけに申し訳なさそうにするので、真実を教えてあげることにした私。これで心置きなく私と結婚してくれるだろうと思ったのだが。私の頬に触れているブレイズ様の右手がプルプルと震えている。
「なん、だと……? 許せん。あれ程献身的に駆け回ったローズをそんな理由で蔑ろにするなんぞ、万死に値する!」
ブレイズ様は私の頬から手を離し、その手をぎゅっと握りしめ立ち上がった。
「ブレイズ様?」
「今から殴り込みに行ってくる。王子とて、俺達の崇拝する聖女にそのような扱いをしたとなれば許せない」
「え!? ちょっと待ってください、私はむしろ婚約破棄してくれたレオン様に感謝していて」
だってそのおかげで筋肉溢れるブレイズ様の元へ来れたのだから。殴り込みに行った結果、再度レオン様の婚約者にされてしまっても困るし、王子に手をあげるなんていくら辺境伯でも許されないだろう。
そして踵を返してドアの方に向かってズンズン歩いていくブレイズ様を止めようと、慌てて私も立ち上がり、後ろから縋り付くように抱きつくが。なんせ大柄な男性と小柄な女性では体格差がありすぎて、全然引き留められない!
「お願いしますブレイズ様! 止まってくださいーッ!!」
抱きついたその体からは、筋肉のイメージとは合わない石鹸のような匂いがふわりと香る。
もしかして私に会うから身嗜みに気を使ってくれたのかしら? なんて事をチラッと考えつつ、必死でブレイズ様を引き留めるのだった。
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