好みの筋肉
「──きゃ……ッ」
思わず漏れた小さな悲鳴。私の部屋に現れたのは、シャツのボタンが弾け飛びそうな胸筋の男だった。
◇
魔法が発達し、誰しもが魔法を使う国──トリタニア王国。私はそこで、ただの平民として生まれた。
魔法には適性があり、誰しもが同じように同じ魔法を扱えるわけではない。特に強化魔法を他人に掛けられる人間は珍しく、同時に回復魔法も得意な私は珍しい存在で。いつの間にか孤児院出身の「聖女」として、私は地元で有名になった。
隣国であるメルエー王国との領地を巡る争いが勃発した影響で少しでも戦力が欲しい我が国が、そんな私に目を付けるのは当然の流れで。深窓の令嬢達を押し除けて、何故か私が同い年の第二王子レオン様の婚約者の座に収まった。
当時15歳。まだまだ子供だった私は訳も分からぬまま、王子の婚約者という尊き身分を引っ提げて。戦場後方でのヒーラーとして駆けずり回る事になった。
そうしてそこで五年間、戦で傷ついた人々を癒してきた私には、とある趣味が出来上がっていた。
「ローズ助けて! また雄々し過ぎる患者が来たのよ」
瀕死で運び込まれてきた魔術師の治療は人に任せて、私はその雄々し過ぎる患者の元へと走った。
魔法は使用するのに莫大なエネルギーを使用する。その為高位の魔術師程、細身で小柄になるというこの世界では……大柄で逞しい程魔法が使えない=不出来=格好悪い、という構図が出来上がっていた。戦場で魔法を使わず、もしくは自己強化魔法のみ使用して戦う兵士や騎士といった人間はいわゆる醜男として扱われていたのである。
この世界はヒョロッとした魔法使い至上主義なのだ。
その為、そんな逞しい人間が怪我をしてこの古い寄宿舎のような建物──治癒院に運び込まれると、あまりの醜さに倒れてしまうヒーラーも少なからず存在する。倒れないにしても自ら進んで醜男を治療したいという変わり者は居ない。
そう、私以外は。
(どこなの!? その雄々しすぎる患者は!)
目を輝かせて醜男……ううん、素敵筋肉を探す、そんな変わり者こそ私「ローズ」である。第二王子の婚約者であっても、元々平民であるために姓は無い。
「ローズちゃん、こっち! また骨折してしまってね」
受付近くでベンチに座る傷だらけの男。上半身は裸で、近くには治癒院の受付作業をしているはずの女の子が伸びて倒れていた。
「気にしないでください。少し触れますね」
(きゃーッ! この分厚い胸板、堪らないわ!)
そんな心の声を隠しながら、手早く回復魔法をかけて治す。その素敵な胸に手を当てて、変態じみた事を考えつつ……強化魔法を掛け、怪我をし難いように仕上げ作業。
──それが私の趣味。私は筋肉質な男性が大好きな筋肉フェチなのだ。
ヒーラー仲間には醜男フェチなんて揶揄われるけど、私にとってはヒョロっとした魔術師よりもガチムチ騎士の方が断然イケメンなの!
「将来は王子の嫁になるんだっていうのに。嫌な顔一つしないのはローズちゃんだけだよ、ありがとう」
兵士や騎士の皆様は、外見からくる自己肯定感の低さのせいで大抵腰が低く、治療に対して丁重にお礼をしてくれる。そんな所も好き。
「いいえ。最前線で体を張って戦っている皆様のお陰で、私は生きてますから。どうか気になさらないでください」
「うわぁ……性格が良い上に小柄で可愛い子と結婚出来るなんて、レオン様が羨ましい」
良い子の面をして、筋肉を堪能する。こんな筋肉見放題、(私にとって)良い男勢揃いの職場なんて、なかなか無い。彼らが私の性癖を満たしてくれるからこそ、私はここで生きている。
他の誰が何と言おうとも、私にとってはパラダイス戦場! 最高!! ……だったのに。
戦争は突然の和平交渉で終わりを告げた。同時に私のパラダイスも解散。そうして私はただの第二王子レオン様の婚約者となり王宮に帰ったのだが。
「ローズとの婚約は今日限りで破棄させていただく」
季節の花が咲き誇る王宮の庭園で、私に告げられたのは、非情な言葉。つまり私は……戦争の駒でしかなかった。王家は第二王子の婚約者という肩書を利用して、批判無く未成年の私を戦場で使いたかっただけ。
「待ってください! 破棄って、そんな……」
急にそんな事を言われても、第二王子の婚約者になって五年。ずっと戦場後方の治癒院で暮らして来た私には、他に居場所すらない。二十歳にもなれば独り立ちする年齢なので、もう孤児院には帰れない。
王子らしい金髪の髪に青色の瞳。高位な魔法使いである為にヒョロリとした、この世界では「超イケメン」である第二王子レオン様は、戸惑う私に向かって数枚の金貨の入った小袋を投げつけた。餞別のつもりだろうか。
「私は和平の印としてメルエー国の姫を娶ることになった。用済みのお前は辺境伯ブレイズ・ウィルドハートへ嫁げ。奴には戦争の褒賞をやらねばならん」
「褒賞!?」
私の預かり知らぬ所で、私の今後は勝手に決められてしまったようだ。第二王子の婚約者という肩書を外されてしまえば……貴族、ましてや王子に逆らえる訳がない。
私は褒賞という「モノ」として、誰かも知らない人間に嫁ぐのだ。
「侯爵に次ぐ辺境伯という地位を持ち、更に戦果をあげた者に嫁ぐなんて、悪い話ではないだろう? 向こうだって、第二王子の元婚約者が貰えるんだ。文句はあるまい」
……元々平民の婚約者なんて要らないのでは? と思うが、それを口にするだけの勇気はない。
「ならば、せめてもの情けとして……辺境伯様に嫁ぐまでの住まいだけ、提供してもらえませんか?」
逆らえないのなら、前を向いて進むだけ。
そうして私に情けをかけてくれたのは……レオン様ではなく、嫁ぎ先の辺境伯ブレイズ・ウィルドハート様だった。
事務的な婚約手続きをしただけで顔合わせすらまだの私に、領地にある屋敷に住んで良いと伝えて来たのである。
ありがたくそのお話をお受けした私は、戦場から持って帰ってきた古びた鞄一つを持って、王宮から馬車で三日の距離にあるウィルドハート辺境伯領へと向かったのだ。
「ようこそいらっしゃいました。私共は未来の辺境伯夫人としてローズ様をお迎えできて幸福でございます」
使用人達は何故か大歓迎ムード歓迎してくれて。あれよと言う間に風呂に突っ込まれ、赤色で背中まで伸ばしたストレートヘアを艶々になるまで梳かされ、最終ひらひらで薄い夜着を着せられる。極め付けに「ブレイズ様は夜には戻りますので」と使用人達は言い残し、私は自室とされし部屋に放置された。
「ちょっと待って。流石に急展開すぎでしょ」
初対面すらまだなのに、これってアリ? 初対面から合体しちゃうわけ?
しかし相手は辺境伯。平民の私が逆らえる相手ではないし、結婚まで住まわせてやるのだから体で払えと言われても仕方がないのかもしれない。避けれないのなら、それでも前に進むしかないのだ。
(かなりの戦果を上げたらしいから、ヒョロっとした魔術師かなぁ)
どうせ体で払うのなら、初めての相手は筋肉質な人が良かった。そんな事を考えながら、バロック調の波模様が美しい高級そうなソファーで寛ぐ。魔術師あるあるで、幼い頃より魔法を酷使してきた私は小柄の為、ソファーにも余裕で寝転がれる。
(こんな事なら、戦場で好みの筋肉の男性に言い寄っておくべきだったかも)
……そしていつの間にか眠ってしまって、宵の口。
目を覚ました私の視界いっぱいに広がるのは──がっちりとした大胸筋。しかもシャツの上からでも分かるその筋肉のせいで、シャツの生地が引き攣っている。
ソファー横の床に両膝をついて私の様子を伺っていた大柄な男性は「良かった、生きていた」と小さくこぼした。
まさかこの人が……ブレイズ様!?
口から小さな悲鳴がつい漏れてしまったが。──もう一度説明する。私は筋肉フェチである。
この悲鳴は悲しみでも恐れでもない。喜びだッ!
私はガバッとソファーから体を起こした。
「抱いてください!!」
(寝入ってしまって申し訳ございません)
婚約者が好みの筋肉であった喜びから、つい心の声と発言が逆転してしまう私だった。
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