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神さまは残念イケメン!

 駄犬。

 短いその一言は、毛玉あらため美青年にとても強烈な一撃をくらわせたらしい。


「だ、けん……我が駄犬……」


 目を見開き、体をぶるぶると震わせる美青年。

 犬の耳めいた頭の毛はしょんぼりと垂れ下がり、尾のように長く伸びた髪の毛の先もどよんと地に着きそうだ。

 その姿に効果音をつけるなら『ガーン』だろう。


 ーーおお、美形かたなし。


 レイ奈という美人を身近に見守ってきたシバ子は、造形の美しい人はどんな表情をしていても美しいものだと思ってきた。

 しかしこの神さまと呼ばれるイケメンを見るに、そうとも限らないらしい。


 ーーいまの姿はまさしく叱られた駄犬だね。どんな時でも美しさが損なわれないのは、やっぱりうちのレイ奈が特別すばらしいってこと、か。


 かわいい妹の新たな美点を見つけたシバ子は、満足してうむうむと頷く。

 となりでぽかんと口を開けるベイリアに、ちょっぴり同情しながら。


 ーー神と崇める相手が、いかに美少女とはいえ年若い女の子に罵られてこんなにしょぼくれているのはなあ。さすがにショックだろうな。


 なんとなぐさめるべきか。


 ーーここはやっぱり「レイ奈が素晴らしすぎてごめんね」かな。


 自分なりに精一杯の慰めを考えていたシバ子は、気がついた。


「なんか、神さま震えすぎじゃない? 様子が変だよ」

「む……?」


 言われて視線を向けたベイリアが顔をしかめたのは、不穏な気配を感じたからだろう。

 うつむいていた顔をす、と上向けた神の姿に肌が粟立つ。


 なにかくる。

 シバ子の抱いたその直感は、間違いではないはずだ。

 その証拠に、空気がピリピリと張り詰めている。


 ーーなんか、ヤバいのがくる。


 何が起こるかはわからない。

 大切なのは、レイ奈に被害が及ぶか否か。


 即座にそう考えたシバ子と同じように、ベイリアは周囲への被害を考えたのだろう。

 間をおかず倒れた神官たちの首根っこをまとめてつかんだ彼は、飛び退ろうとした足をふと止めて、シバ子を見る。

 その目にはためらいの色。

 それを見たシバ子にはわかってしまった。


 ーーこのひと、あたしのことも助けたいのか。なのに腕が足りないから悩んでる。

 

 異世界へやってきてから今までの間に、何度も自分を抱えて守ろうとしたベイリアの姿が思い出される。

 今もまた、彼はああしてシバ子を助けようと思ったのだろう。なのに腕が足りない。


 神官らを抱えて退避しもう一度戻ってくるのでは、きっと間に合わない。

 だってもう神と呼ばれた青年の喉から、不穏な唸り声がこぼれはじめているから。

 それはベイリアにもわかっているのだろう。

 だから悩んでいるのだ。


 自国民とシバ子と、どちらを救うのか。

 どちらかしか救えないことに、彼は悩んでいる。


 ーー悩むことないのに。


 シバ子にとって妹が世界で一番大切なように、ベイリアにとっては国が、国民が大切。だって彼は王子なのだから。

 けれども彼の気持ちがうれしくて、シバ子はうっかり頬がゆるむ。


 緊迫感に満ちた空気のなか、ふにゃと笑ったシバ子にベイリアが目を見開く。

 彼の口が何か言うより先に、声を発したのは魔法陣の向かうにいるレイ奈だった。


『姉さん、その神の力はその世界にしか影響しないわ。だから自分の身を守って!』

「オッケーわかった。ありがと、レイ奈!」


 さすがは我が愛しの妹、とシバ子は誇らしく思う。

 おかげで迷いが吹っ飛んで、ベイリアの手に余る神官を引き受けて駆け出せる。


「ベイリア、逃げよう!」

「っああ!」


 神官を引きずり窓から飛び出るシバ子とベイリアの背後で、神と呼ばれた青年が遠吠えをした。


「アオォォーーーーン!」


 およそ人の形から発せられたとは思えない大音量の吠え声に、大気が揺れる。

 大気だけではない、体が、脳が、ぐわぐわと揺すられる。


 ーーこんなの……間近で聞いてたらおかしくなっちゃう!


 部屋を飛び出し神殿の外にいても、遠吠えの影響は絶大だ。

 

「残念イケメンでも神は神、か……!」


 歯を食いしばり声の届く範囲から逃れようとするも、膝に力が入らない。


「ごめん、もう、無理……」


 シバ子の体がぐらりとかしぐ。

 隣で片膝をついていたベイリアが手を伸ばすも、届かない。

 何より彼自身もつらいのだろう。腕を伸ばしながらもう一方の膝も地につき、うめいている。


 ーー自分が真っ青な顔してるのに、人を助けようとするなんて。どうしようもない王子さまだなあ。


 そんなことを考えるシバ子は、もうとっくに体の自由が効かなくなっていた。

 せめてつかんでいた神官たちをそっと横たえるので精一杯。

 守る相手を手放したことで、神の遠吠えに耐えていたシバ子の気持ちがゆるむ。


 ーーああ、ひっくり返る……頭打たなきゃいいなあ。


 むき出しの地面に、受け身も取れず倒れ込んでいく。衝撃を覚悟した、そこへ。


「おや、危ない」

 

 場違いに涼やかな声とともに、大きな手がシバ子の体を支えた。

 そのまま軽々とシバ子を抱え上げたのは、黒混じりの白髪を肩で揺らす青年。


「み、使い……?」

「ええ。あなたの危機を察知して駆けつけました」

 

 にこり。笑った顔はひどく整っていて、やっぱり場違い。


 ーーうさんくさーい!


 あんまりにもきれいな笑顔にうっかりそんなことを考えてから、シバ子は気がつく。


「あれ、体が軽い。遠吠えは弱まってないのに……?」

 

 立っていられないほどに脳を揺すっていた力が、弱まっていた。

 力が入らなくて倒れた体が起こせる。支えになっていた御使いの胸から顔を起こせば、

 けれど耳に届く遠吠えの声は変わらず、大気をびりびりと震えさせている。


「僕は御使いですから。神の力に対抗する術も多少は持ち合わせていますよ」


 よく見れば、御使いを中心に薄いシャボンの膜のようなものが広がっていた。

 どういう原理かはわからないが、その内側にいれば神の力の影響が弱まるらしい。


「は〜、なるほどねえ。あ、ベイリアも動けるようになった?」

「ああ。神官たちは気を失っているようだな……」


 膜の内にいるおかげで、ベイリアの顔色もずいぶんましになっていた。

 ほっと息を吐くシバ子を抱えたまま、御使いが神殿の方を見やる。

 

「神よ、また同じことを繰り返されるおつもりですか!」


 凛と響く声のあと、遠吠えがぴたりとやんだ。

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