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聖女、レイ奈

 走るシバ子に手を引かれ、どたばたと駆け込んだ神殿。

 そこでベイリアは、光を放つ召喚陣を取り囲む神官たちを見た。しかし居並ぶ顔はどれもベイリアの知る者ばかり。


 けれど誰もがベイリアを、国の王子を見向きもせず陣を見つめている。


「聖女はどこに」


 知った顔しかない。それはすなわち、そこに異世界からの客はいないということ。

 しかし確かに「聖女とつながった」と聞かされて来たのだが。


「じ、陣をのぞきこんでくだされ、王子」

 

 王城まで来ていた神官が息も絶え絶え告げた。

 ベイリアたちの後ろを必死で走ってついてきたのだろう。どうにかそれだけ告げて、神官はその場にへたり込む。


 ――本当にシバ子は聖女ではなかったのか。


 となりに立つ彼女は真に聖女の姉であったのかと、つないだ手につい力が入る。


 そんなベイリアの気も知らず、シバ子はひょひょいと神官の合間をぬけて陣のそば。

 召喚陣の光をのぞき込む。

 途端にその顔がぱあっと明るくなった。

 

「わあ、レイ奈だ! 元気にしてる? ちゃんとご飯食べた? あんまり遅くまで勉強してちゃ体に毒だよっ」


 ご機嫌に手を振るその先にいるのは、どんな相手なのか。

 ベイリアがシバ子の頭越しにのぞきこむと。


『姉さんは元気そうねえ。そこは異世界、はじめての場所だと思ったのだけれど?』


 呆れを隠しもせず、息をつく美女が陣の光の向こうに見えた。


 ――なるほど、この方が聖女か。見目が良く、荘厳な気配をまとい、呆れ声さえ涼やかだ。たしかに聖女らしいと言われれば頷かざるを得ない、が。


 初めて目にする聖女を冷静に観察するベイリアをよそに、シバ子は陣のそばでぴょんぴょこ跳ねる。


「そう! はじめて。でもレイ奈が来るところなんでしょ? 安心して。お姉ちゃんがちゃーんとチェックしてるからっ」


 どん、と胸を叩くシバ子の姿に不安を覚えたのは、ベイリアだけでは無かったらしい。


『……姉さん、現地の方とすこしお話ししたいのだけれど』


 視線をうろりとさせた聖女と目があった。

 訴えられるままに一歩踏み出したのは、まあ、彼女に任せていては話が進まないとわかっていたからだ。


 自分も話したい、と身を乗り出すシバ子をつかんで後ろに下げて召喚陣の前に立つ。


「えー、はじめまして聖女どの。俺はここ、ドグラーン王国の王子ベイリアだ」

「はじめまして、ベイリア王子。私は犬野戸レイ奈。姉が先にそちらに行っていると思うのだけど……きっとお手数かけているわよね」

「そんなことは……まあ、そうだな」


 否定するには心当たりがありすぎた。

 ほんの一日とちょっとを振り返り遠い目をするベイリアと、陣の向こうで苦笑する聖女はたぶん同じ思いを抱いたことだろう。


 互いに無言のまま労いあったのは一瞬。気持ちをあらためるため、ベイリアは咳払いをひとつ。


「今さらだが、教えていただきたい。やはりあなたが聖女なのか。シバ子ではなく」


 姿を目にした瞬間から自然と「彼女が聖女だ」と感じてはいたけれど。

 はじめに召喚されたのはシバ子だ。もしかしたら、とかすかな希望を持って問いかけたのだが。


『まあ、そうなるのでしょうね。ドグラーンの聖女が神と関わりのある女を指すなら、ね』


 あっさりとレイ奈はうなずいた。

 あまりにもすんなりと、何ならやや憂うつさをにじませながら認める。

 その姿にベイリアが疑問を抱くより前に。


「そうそう! そういえば聖女って何なのか聞いてなかった。神さまと関係あるってことは、レイ奈は急いでこっちに来なきゃまずい? だったら急いでお姉ちゃんチェック進めるんだけどっ」


 ベイリアの脇に顔を突っ込んだシバ子が口を開く。

 小柄な彼女が魔法陣をのぞこうと背後で跳ねているのは気づいていた。

 身長差のせいで肩越しには見えず、横からは見えづらいようでうろうろしていたのもわかっていたが。


 ――なぜ腕と脇の間から顔を出すっ。


 思いもよらないシバ子の行動にベイリアは動揺を隠せない。


『姉さん……ベイリア王子が困っているわよ』

「え? なんで?」


 ぐりん、と首を回して見上げられ心臓が跳ねる。


 ――顔が近い!


「っあんたには、恥じらいというものが無いのか!」


 照れまじりに声を荒らげるも、返ってくるのは不思議そうにまたたく真っ直ぐな瞳。

 それから聖女のため息。


『そうなのよ……姉さんには恥じらいが足りないの。そろそろ身についても良いと思うのだけど』

「やはりそうなのか……いやまあ、元気があって楽しそうなのはとても良いと思うが」


 聖女があんまりしみじみと言うものだから、同意しかけたベイリアはなぜかシバ子を擁護しに回ってしまう。


 ――今のは女性を褒める言葉として不適切だったか……?


 そろりと様子をうかがうベイリアだが。

 当のシバ子はベイリアの脇と腕の間に顔を突っ込んだまま、何もない中空をじっと見つめている。


 その視線を追うも、神殿の一室、召喚陣の光に淡く照らされた天井があるばかり。

 神官たちが日々清掃しているため、蜘蛛の巣ひとつ見当たらない。


「シバ子? どうした」

 

 何を見ているのか。

 たずねるベイリアに聖女が苦笑した。


『姉さんは時々そういう風になるのよ。何を見ているのかしらね、わからないのだけれど。それよりもベイリア王子、ひとつ教えてちょうだい。そちらの世界の神はどうしているかしら?』

「神? 神ならばここ何年も見た者はおらず、ごくまれに御使いが姿を見せるくらいだが……」


 ――聖女は何を聞きたいのか。

 

 質問の意図をはかりかねながらも答えていると。


「来る」


 宙を見据えたまま、シバ子が言った。

 直後、何もなかったそこに強い光が生まれ、きらきらきらとこぼれてくる。


 そしてぼとりと落ちてきたものを目にして、シバ子は歓声をあげた。


「わあ、でっかいもふもふ!」

「っな……!」


 対するベイリアは、とっさに言葉が出ない。


「ん? でもこのもふもふ、なんかどっかで見た気がする」


 シバ子が首をひねるのは当然だ。

 現に、この神殿の室内にも目の前のもふもふにそっくりな巨大な像がある。

 神殿だけではない。城にも、街にも、国の至る所に設置されている。


 なぜならこの巨大なもふもふこそが。


「神だ……!」


 そう、この巨大なもふもふこそが神であるのだから。

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