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穏やかな会食……?

 会食は、気軽なものにしたいという王と王妃の意向をくんで昼間、城の中庭で行われることとなった。


 暖かな陽射しに包まれた中庭に用意されたテーブルは、四人掛けの小ぶりなもの。

 二脚ずつ並んで置かれた椅子に、シバ子と隣合って腰かけたのはベイリアだ。


「城の食事はいかがかしら。お口に合う?」

「はい、味付けは問題なくおいしいです。あえて挙げるとするなら、野菜が少ないかな。レイ奈、聖女は肉も魚も食べるけど、たっぷりの野菜を好むから」

「そうか。ならば、料理長にはうまい野菜料理を頼まないとなあ。わしは正直、野菜はあんまり好かんのだが」

「あらあなた。好き嫌いはいけないと、いつも言ってますでしょう?」

「おや、叱られてしまった」


 ほほほ、ははは。

 朗らかな笑い声が中庭に響く。


 王と王妃に向き合ったシバ子は、予想外に落ち着いたものだった。

 そう、予想外だったのだ。

 ベイリアは彼女が何かしでかさないかとハラハラしながら隣に座っていた。


 ――まさか王に飛びかかり、王妃の胸倉をつかむとも思ってはいなかったが。こうして座っていれば、なかなかどうして令嬢として様になるんじゃないか。


 不測の事態に備え、椅子をやや近寄り気味にした位置に腰かけたベイリアは横目にシバ子を眺める。

 

 椅子に浅く腰かけた彼女は姿勢が良い。

 フォークやナイフを扱う手元も危なげなく、パンを丸のままかじったのには少々驚いたが。


 ――指摘すれば改善する。同じミスも繰り返さない。状況を見ていないわけでもないし、相手を見て相応の振る舞いもできるようだ。


 ベイリアは、会食がはじまって早々にシバ子への評価を改めていた。

 もっと、何も知らない少女だと思っていたのだ。

 前日の振る舞いからして粗野で、欲望のままに動き回る幼子のような少女だと。


 だが、そうではなかった。

 王と王妃に対面したシバ子は、落ち着いた様子で異世界風の挨拶をし、おとなしく席に着いた。

 身に着けた異世界の衣服は少々裾が短く、むき出しの膝にベイリアがひざ掛けを持ってこさせるということはあったが。

 不測の事態などそれくらい。時おり作法がわからないとベイリアに尋ねることもあったが、あとは和やかな場となっていた。


 ――振る舞いさえ改めれば、ドレスも宝飾品もよく似合うだろうに……昨日と今朝の自由すぎる振る舞いは、何か意図が隠されたものだったのか?


 ベイリアがつい疑い出すころには食事は終わり、テーブルの上には食後のお茶だけ。


「そうそう。あなた、聖女さまのお姉さまなのですってね」


 和やかな空気のまま、王妃がぽんと両手を合わせた。


「はい。レイ奈はかわいいかわいい妹ですよ」

「でしたら、聖女さまの好みもご存知かしら」

「好み? ええと、お茶ですか? だったらレイ奈は紅茶よりもコーヒー派ですけど」


 カップを片手にシバ子が首をかしげると、王妃は「いやだわ」とにっこり笑う。


「殿方の好みよ。聖女さまがいらしたら、うちのベイリアのお嫁さんになってもらおうと思っていたのよ」

「はっ? 母上!?」


 初耳だ。

 ベイリアも聞かされていなかった聖女召喚の儀のその後について教えられて、思わず声が裏返る。


 ――紅茶を口に含んでいなくて良かった。ではなくてっ。


 慌てて横に座るシバ子に目をやれば「ほう? 詳しくお聞きしたいですねえ」と彼女はカップを机に戻すところだった。

 やけに丁寧なその口調、その割に狂暴な光を宿した瞳に嫌な予感がじわり。


「いやなに。聖女さまは百年もこの国を不在にされていたからね、縁のある人はもう誰もいないだろう。お寂しいだろうから、気が合うようであればベイリアと結婚すればちょうど良いのではないかと、王妃と話していてね」


 王が言って、王妃と顔を合わせて笑い合う。


「お、俺は聞いていないのですが? 聖女召喚についても、不在から百年が経ったのでお戻りいただく時期だと神殿に残された文献にあったとしか……」


 確かに、ベイリアに結婚の予定がある相手はいない。

 だがそれは聖女のために空けられていたわけではなく、単純に王と王妃がまだ退位を考えるような年齢ではないこと。ベイリアが騎士団をまとめる地位にあり、忙しくしてきたこと。そしてベイリアの下に年の離れた弟妹たちがいるため、皇位継承者に関する不安がないことなどが理由だった。


 ――何より、見も知らぬ聖女よりも、その姉を名乗る彼女のほうがよほど……。


 ベイリアが自身の胸に宿るほのかな感情を明確なものにするより、はやく。


「聖女の。レイ奈の結婚相手、ですか」

  

 沈黙していたシバ子が声をあげた。

 いつもの彼女らしい快活さのない、口のなかで転がすような物言い。


「会ったこともない、話したこともない相手と結婚、ねえ」


 すがめられた目に光が無い。

 先ほどまでの穏やかな姿から一変、ただならぬ気配を漂わせるシバ子に、王と王妃も何か感じるところがあったのだろう。そわそわと視線を交わしながら黙り込み、瞬きを繰り返している。

 

 ――暖かな陽射しに包まれているはずなのに、どうしてか背中に冷や汗が……。


 ベイリアもまた、今のシバ子をむやみに刺激してはいけないと本能的に感じ取って、言葉が出ない。


 緊迫した空気が流れる、そこへ。

 白い上下を着た人影がひとり、中庭へと駆けこんできた。

 神殿からの使いだ。


 使いが会食会場の周囲に控えていた警備に耳打ちするのを目にして、ベイリアは「歓談中、失礼します」と断って席を立ち話を聞きに行く。

 歓談などしていないけれど。渡りに船、と向かった先で聞かされたのは。


「召喚陣が聖女のもとに繋がった、と?」

「え! それってレイ奈が来るってこと?」


 ベイリアがあげた声が聞こえたのだろう。

 さっきまでのおとなしさなどかなぐり捨てて、シバ子はぴょんと飛び上がった。

 

「だったら今すぐお出迎えに行かなきゃ! どうせだからベイリアも、レイ奈に顔見せときなよ。顔で判断するような子じゃないけど、会ってみないことにはわからないからねっ」

「え、おい!」


 言うがはやいかシバ子はテーブルに背を向けベイリアの元へ。驚くベイリアの手を取り、ふと振り向いた。


「王さま、王妃さま。ご飯ごちそうさま、おいしかったです。けど、レイ奈の結婚相手はあの子が望む相手でないと許さないから。それじゃ!」


 はじめは笑顔で。聖女について口にする時にはすっと表情を消し、そして最後にはまたにっこり笑って。

 告げて満足したのか、シバ子は相手の反応を待たずに前を向いて走り出す。


「ちょ、ちょっと引っ張るな! 転ぶっ」

「転んだら立ち上がればいい! レイ奈を待たせるほうが胸が痛いっ」


 声を弾ませるシバ子の目は、最愛の妹ことを思っているのだろう。キラキラときらめいている。


 ――暗い目をしているより、こちらのほうがよほど……。


「ほらほら、急げ急げ~」

「わかったから、手を引っ張るな!」


 ベイリアはシバ子を叱りつつも、彼女の足に合わせて速度を上げた。

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