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苦労人王子

 かつかつかつかつ。

 硬い靴が忙しなく床を鳴らす。

 足音の主はベイリアだ。


 整った顔を険しくさせた彼は、落ち着きなく城の広間を歩き回る。ぐるりぐるりぐるり。

 今また一度、円を描き、ベイリアは足を止め視線をあげた。

 窓の外、日はすでに傾きだしてずいぶん経つ。

 シバ子が御使いに連れ去られたときにはまだ明るかった空が、だんだんと暗くなっていた。


「……まだ行方はつかめないのか」


 低くうなるような声に応える者はいない。

 日頃、広間に詰めている警備は、全員捜索に向かわせていた。

 とはいえ、神出鬼没の御使いの行方など知るものはいない。

 異世界からの召喚を主導した教会にも協力を仰いではいるが、色よい報告は上がっていない。


 動かせるだけの人員を総動員してあちらこちらへと向かわせてはいるものの、誰ひとりとして報告に戻ってはいなかった。

 時間だけが過ぎ、焦りばかりがつのる状況に、ベイリアは自身も駆け出したくてたまらなかった。シバ子の名を呼んで走り回り、一刻も早くその姿を見つけたかった。


 しかし指揮を執るものが必要だということも、わかっていた。

 状況に応じて指示を出せる者であり、指揮権を持てる者として、自分が城に残らざるを得ないこともわかっていた。 


「シバ子……」


 うめくようにつぶやいて、ベイリアは自分の両手を見下ろす。

 御使いが現れたとき、この手のなかにはシバ子がいたのだ。

 とっさに抱きしめて守ろうとして、けれどできなかった。


 ――この腕のなか、確かに居たというのに。


 抱きしめた腕の形のまま、掻き消えてしまった少女。

 か細い肩の感触がまだ手に残っているような気がする。


 ――どこでどうしているのか。


 おかしな少女だと思った。

 召喚された直後、驚くでもなく開口一番「聖女の姉だ」などと言って。


 落ち着きのない少女だと思った。

 処遇も定まらないうちから好き放題に城を歩き回って。

 神殿の窓から飛んだときには、見ているこちらの心臓が止まるところであった。


 そのあとも自由奔放に振舞う彼女を追いかけるためには、なりふり構ってなどいられなくて。

 取り繕う余裕もなく、シバ子を諫めながら走り回る時間は心身ともにくたびれたものだ。

 けれど、それだけではなくて。


 城で待つ身に、考える時間だけはいくらでもある。

 そうして彼女と過ごしたほんの数刻を振り返ってみれば。


 ――楽しかった、のだな……俺は。

 

 くたびれた。

 もちろん、とんでもなくくたびれていた。


 生まれてから今日まで、こんなにも他者の行動に振り回されたことは無かった。

 無闇と荒ぶるつもりはないが、ベイリアは王族だ。

 幼いころから周囲に気を配られる立場で生きてきた。


 だから、シバ子に振り回された数時間は疲れるものであったが、新鮮だったのだ。

 そして楽しかった。


 周囲の顔色などかえりみず振る舞うこと。

 人目など気にせず城の廊下を駆け回ること。

 相手の反応を伺わず気やすい物言いをすること。

 

 どれも、ベイリアにとっては新鮮で。楽しいひとときだった。

 そんな時間をくれた少女は、夢のように消えてしまったまま。


「シバ子、どこにいるんだ……」


 にらみつけるようにした先、窓の外でわずかに残った夕陽が夜闇に飲まれていく。

 みるみるうちに消えていく明るさに心を重ね、ベイリアが唇をかみしめたとき。


 どさり。

 微かな物音を拾って、ベイリアは素早く振り向いた。

 目を止めたのは、広間の片隅に設けられた神の像。その足元に横たわる、小柄な人影。


「シバ子っ」

 

 駆け寄ったベイリアが抱き起せば、シバ子は腕のなかにくったりと身を預ける。

 その力ない様にベイリアは一瞬、肝を冷やしたけれど。


「温かい……」


 抱えた身体の温かさが、冷えた指先をじんわりと温めてくれてほっと息を吐く。


「ん、むぅ」

「シバ子!」


 身じろぎ、あがった声に目を覚ましたかとベイリアがシバ子の顔をのぞきこんだ。

 けれど活き活きとした光を宿す瞳は閉じられたまま。

 快活に喋る口はゆるく開かれて。


 すぅ、すぅ、すぅ。

 こぼれるのは穏やかな寝息だ。


「寝てる……」


 抱えたまま立ち上がっても、歩いても起きる様子はない。

 そのまま広間の外へ向かったベイリアは、扉のそばに詰めていた者たちに探し人が見つかった旨を伝え捜索の完了を伝えて回るよう指示をした。


 伝来がばたばたと忙しく走り去ると、あたりはしんと静かになった。

 

「……部屋まで、運ぶか」


 ベイリアは抱えたままシバ子にあてがった部屋へ向かう。

 道中、すれ違う侍従が「お運びいたしましょうか」と申し出たけれど、断った。

 腕のなかの少女を誰かに預ける気にはならなかったのだ。


 部屋で待っていた侍女の手伝いも断り、シバ子の体をベッドへ横たえる。


 ーーよく寝ている。


 くす、と笑って頬にかかる髪を指先ではらう。

 健やかな寝息を邪魔しないよう、そっと体を離そうとした、その時。

 

 袖を引っ張られる感覚にベイリアは動きを止めた。

 シバ子の手が、まるで「行かないで」というかのようにベイリアの服の袖をぎゅ、と握りしめているのだ。


 ーーシバ子も、離れがたく思っているのか……?


 どきり、ベイリアの胸が熱くなる。

 うすく開いたシバ子のくちびるがゆっくりと動いて。


「レイなぁ……」

 

 口にした寝言は、まさに聖女と言って憚らない彼女の妹の名。


 むっすり口を引き結んだベイリアは、シバ子の指をつまんでどかし、ふんっと鼻を鳴らして背を向けた。

 あとは頼む、と部屋付きの侍女に言い置いて部屋を出て。


 そして明けた今日。

 シバ子は朝っぱらから、元気に商人を呼んでいたわけである。


「疲れているだろうからと、声をかけずにいればあんたは……」

「んん? 何々、なにか用事あった?」


 ベイリアが疲れたようにうめくのに、シバ子は首を傾げた。

 明らかに大きさの合わない上着がずれて、肩が見える。すかさず治したベイリアは、怒鳴る気力もなかったのだろう。

 大きな大きなため息で気持ちをまぎらせる。


「はああああああ……疲れや違和感がないのであれば、会食だ。王と王妃があんたに話を聞きたがってる」

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