今日も元気に!
引きずるほどに裾の長いドレスに、筋トレ用のおもりかと思うほど重たい首飾り。極太のそれはいっそ首輪のようにも見える。
手首や足首、耳に腹に胸と、およそつけられる場所すべてに銀鎖の飾りが揺れる。
常に気を配って動かなければほつれてしまいそうに結い上げられた髪は、花や宝石でこれでもかと飾り立てられて。
「いかがですか、姉君様! お気に召す品はございませんか?」
声高らかにすり寄ってきたのは、よく肥えた宝石商の男。
「いやはやどのドレスもよくお似合いです。次はこちらはいかがです、希少な糸をふんだんに使った特別なお色ですよ!」
かさばるドレスを両手に山ほど抱えてくる男は、痩せすぎなほどに痩せた服飾商。
「お姉君様は肌のお色が神秘的でいらっしゃるから、どのような髪型も髪色も映えますねえ」
すでに結い上げられた状態のどでかいかつらをあれも良い、これも良いとあてて見せるのはかつら屋ではなく、髪結いの男だった。
場所は城の貴賓室。
シバ子は貸し与えられた部屋の広さを有効活用すべく、人を招き入れていた。
そこへずかずかと踏み込んできたのは、ベイリアだ。
「この騒ぎは何事だ、シバ子! 今度は何をしでかすつもりだ」
「おお、ベイリアおはよう。良いところに!」
振り向いたシバ子のあちこちを飾る空色の宝石に気がついて、ベイリアの怒らせていた肩から力が抜ける。
宝石商の男は目ざとく気付いたのだろう、シバ子のそばから離れ、ベイリアの耳に顔を寄せた。
「いかがです、王子。あなたさまの瞳の色にそっくりな氷石は、姉君様にとてもお似合いでしょう?」
「む」
「お髪も王子と対になるよう、金にいたしました。おふたりが並んだ姿はいかなる画家であろうとも、描ききれないほどに優美です!」
すかさず続ける髪結いに、服飾商が筋の浮いた首を何度も前後させる。
「ええ、ええ! この機会にいかがです、姉君様と揃いのお召し物をあつらえるなど」
「む……」
ベイリアの視線が、シバ子の頭のてっぺんからつま先までを遠慮がちに上下する。
自身の色をした宝石。自身と対になる色味の髪。華奢な身体を彩る華やかなドレス。
ひとつひとつを目にするたび、ベイリアの頬はじわじわと染まっていく。むっすりと引き結ばれた唇のかわり、彼の瞳は満更でもなさそうに迷いを見せたけれど。
「うーん、不合格!」
当のシバ子はばっさり言って、頭のかつらをすぽりと外す。
「え」
「な」
「なぜ!」
商人たちがそろって声をあげ、ベイリアも目を丸くする。
多くの視線を集めた真ん中、シバ子はうろたえる髪結いに指を一本立てた。
「まずひとつ! レイ奈の髪はかつらなんてかぶるまでもなく、つやっつやできらっきらでさらっさら! 結い上げるなら色んな髪型が似合うだろうから、スケッチでも見せてよ。どれが一番レイ奈に似合うか、いっしょに考えましょ」
ぱさり、かつらを商人の手に返す。
「それから、ふたつめ!」
立てる指を一本増やし、顔を向けたのは宝石商。
「レイ奈は素材が最っ高に良い! 想像してみて。何もしなくても絵になる美の化身に、あれこれごちゃごちゃ飾りが必要? ううん、いらない! 必要なのはきれいな空気と爽やかな風。それだけあればレイ奈にはじゅうぶん。何より多すぎ、重すぎ、飾りすぎ! 素材を活かす方向でシンプルなものの提案を待ってます」
じゃらり、飾りを商人の手に乗せる。
「最後に、みっつめ!」
三本目の指を立てて、残る服飾商に胸を張る。いつもよりほんのりと谷間ができた胸を。
「レイ奈はスタイルがいい。よって、過剰なフリルや詰め物は不要っ!」
ずぼっ、胸元に手を突っ込んだ瞬間のベイリアの動きは、見事であった。
商人たちに瞬く間すら与えずシバ子との間に立ち、息つく暇もなく上着を脱ぐ。返す手で自身の上着をシバ子の肩に羽織らせたかと思えば、神技のような素早さでボタンをとめる。
もちろん、一連の動作においてシバ子の身に触れることのないよう、細心の注意を払いつつ。
すとん、と緩い胸元の布が落ちたときには、ベイリアの上着がシバ子の上半身をしっかりすっぽり覆い隠していた。
もちろん、シバ子が胸元から引っ張り出した詰め物もさっと回収済み。
事態を察知して一歩踏み出した侍女の手に渡されていた。
「およ?」
シバ子は、突き上げた手のひらが空っぽであることに首をかしげる。
商人たちは、ベイリアの背に阻まれて何が起きたかわからず首をかしげる。
「今日のところは帰ってくれ」
ベイリアが言うのに、商人たちが慌てた。
「いえ、いえ! お気に召さなかったのでしたら別の品を!」
「せめてお好みのお色だけでもお教えいただいて、改めて!」
「ドレスのデザイン画がございますので、そちらからお選びいただき、あるいは新たなデザインを起こすためにお話を!」
せっかく城に招かれたのだ。
持ち込んだ品のひとつやふたつ、売って帰りたいというのが正直なところ。
それが無理ならばせめて次に繋がる約束を取り付けたい。
そう願ったのだろうけれど。
「今日のところは、帰ってくれ」
ベイリアが再度言う。
言葉は一度と同じ。けれど唸るような響きのこもったその声に、商人たちはそろって肩をすくませた。
誰も悲鳴をあげなかったのは、城にあがれるほどの商人である矜恃ゆえか、あるいは単に怯えて声が出なかったからか。
「ごっ、御前失礼いたします!」
「失礼いたしまするっ」
「いたします!」
叫ぶように言って持ち込んだ品々を抱えた彼らは、頭を下げるがはやいか退室した。
その後に続いて、部屋のすみに控えていた使用人たちも静かに部屋を出ていく。
ぱたぱたと聞こえるのは商人の足音か。やがてそれも聞こえなくなると。
「っはあ〜……すこしはおとなしくできないのか、あんたは!」
真剣な瞳がシバ子をとらえた。
やや吊り上がりの目じりのため、にらんでいるようにも見えるけれど。
「御使いに連れ去られた身だ、突然何か起きないとも限らないんだぞ!」
言葉にこもるのはシバ子の身を案じる響き。
シバ子が御使いに連れ去られたのは、ほんの昨日のこと。城にある神の像の前で寝こけているのを発見されたのは、昨夜のことだった。