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現地到着!

異世界転移で聖女さまが出てくるんですけど恋愛が薄いので、ジャンル選択に迷っております。

ひとまずハイファンにしたのですが、読んだ方はもっとふさわしいジャンルがあればアドバイスいただけるとうれしいです。

 シバ子は三歳のとき、生まれたての妹を見て思った。


 「アタシがこの子を守らなきゃ」


 そのときからシバ子の人生は始まったと言っても良い。

 

 だから、目の前に現れた不思議な魔法陣に呑まれかけた妹を助けるため、足を踏み入れることにためらいなど無い。

 そんなシバ子の耳に届いた声。

 

「異界に流れし聖女よ、この門をくぐり正しき世界へ」


 魔法陣から聞こえた声にシバ子はぴんときた。


「聖女! 我が愛しの妹にぴったりの称号っ」


 異世界が妹を求めている事実に納得だ。

 だが、そこがどんな世界かわからないのはよろしくない。


「いつかは戻らなきゃって思ってた。だけど、まだ……」


 憂い顔でつぶやく最愛の妹を求める世界がどんな場所か、確かめることこそ我が使命、とばかりに魔法陣の真ん中に立つ。


「レイ奈、お姉ちゃんが先に行って様子を見てくるね!」

「えっ、ね、姉さん!?」


 驚く妹を光の中心から逃して、シバ子は魔法陣のなかに落っこちた。

 まぶしさに目を閉じたそのときにはすでに足が地面につくのを確かめて、シバ子はふむふむと頷く。

 

 ――落下したり心臓に悪いことはなし。大変よろしい。レイ奈がびっくりするなんて良くないからね。着地に苦労しないのもよし!


 きらめく光がまぶしいのは見逃そう。レイ奈の輝く美貌の前には、些細なこと。

 魔法陣の光が収まり、集まっていた人々はそこにある人影に気づいたのだろう。張り詰めていた空気がざわついた。

 シバ子が周囲に妹の姿がないことを確かめたとき、群衆より一歩踏み出したのは銀髪の青年。


「あなたが、聖女か」


 冷静な表情の彼だが、内心は聖女の来訪を心待ちにしていたのだろう。怖いくらいに透き通った空色の目が、期待にきらめいてシバ子を映している。


 ――聖女はレイ奈だから「はい」って答えれば嘘になる。じゃあわからないふり? そうすればしばらくの間は、聖女への接し方が見られるかもしれない。けど……。


 自問自答を切り上げて、シバ子はむん、と胸を張った。


「アタシは聖女のお姉ちゃんである!」


 聖女の姉が嘘つきではいけない。

 それがシバ子の出した結論であった。

 あまりに正直、あまりに堂々とした宣言に、集まった一同はぽかんと口を開ける。

 異世界へと転移したシバ子は、見知らぬ建物のなかにいた。

 どこぞの神殿。そして集うのは布をたっぷり使った見慣れない恰好の大人たち。

 そんな人々に囲まれて注目されているのだ。

 ふつうであれば取り乱すような状況。けれどシバ子の脳細胞は端から端まで妹のためにある。


 ――お出迎えは結構だけど、あんまり大人数だとレイ奈がびっくりするかも。ここはダメ出しポイントだね。


 素早く行われるのは来たる日のための脳内メモ。

 シバ子の常識はずれた妹愛など知るよしもない人々が呆然とするなか、いち早く復活したのはやはり銀髪青眼の青年だった。

 

「聖女、の姉? 聖女ではなく?」

「そう、アタシはお姉ちゃんとして、この世界がかわいい妹にふさわしい場所かどうか確かめるために来たのだ!」


 もちろんシバ子にそんな使命を課した者はいない。彼女が勝手にそう認識しただけ。

 けれども聖女を呼ぶためにあれこれと準備を重ねてきたひとびとには、衝撃的な宣言であった。


「なんということだ……召喚は失敗したのか?」

「そんな……だが、確かにかの方の魂の片鱗を術式に組み込んだのだぞ!」

「聖女さまが異界へ渡られて百年、時が満ちればその魂を呼び戻せるという預言は誤りだったのか……?」


 押し殺したざわめきとともに交わされる視線のなか、銀髪の青年が口を開く。


「我らが行ったのは、聖女の魂を呼び戻すという術式だ。それによって呼び出されたのならば、あなたが聖女ではないのか」


 そうであってほしい、という想いをにじませた青年の問いに、シバ子はあっけらかんと笑う。


「無い無い! 聖女はアタシの妹だよ」


 謙虚さゆえの否定でないことは誰の目にも明らかだった。

 それを後押しするようにシバ子が続ける。


「なぜならば、アタシの妹は超美人かつ優しさにもあふれてる。それに『姉さん』って言いながらアタシを振り返るあの微笑みの神々しさを想えば、聖女はレイ奈で決まりだよ」

「そ、そうか」


 よどみなく言い切られて、青年は戸惑いながらもどうにか頷いた。


 シバ子の言い分に説得力は皆無だったが、これ以上この話題を続けても収穫はない、と判断したのだろう。青年は軽く咳払いをひとつ、姿勢を正す。


「では、聖女の姉君」

「シバ子。犬野戸シバ子だよ」

「そうか、シバ子どの。俺はここドグラーン王国の王子、ベイリアという。あなたが聖女の姉君だというのなら……?」


 名乗り合い、これからのことについて話そうとするベイリアの声が途切れたのは、彼の視界からシバ子がこつぜんと姿を消したため。

 小柄な少女と大柄な青年。

 もとより身長差ゆえに意識して視界に収めねばならない相手ではあったが、直前まで見えていたはずのシバ子を見失い、ベイリアはうろたえる。

 周囲のひとびとも同様に彼女を見失い、困惑顔であたりを見回した。

 そんな彼らの心中など知ったことかと、シバ子の呑気な声が石作りの部屋に響く。


「うわあ、広い! あれ、お城?」


 室内の全員がはじかれたように目をやれば、大きく開け放たれた窓から身を乗り出すシバ子の脚が見えた。

 上半身はすっかり窓枠の外。


「ちょ、危な!」


 とっさに駆け寄ったベイリアの手をすり抜けて、シバ子はひらりと飛び上がり窓枠に立つ。


「王子さまが迎えに来てるってことは、聖女はお城で過ごすんだよね? だったらお城がレイ奈にとって良い場所かどうか、調べないとね!」


 住むところのチェックは大事でしょ、と肩越しに振り返ったシバ子はにかっと笑う。

 その笑顔に嫌な予感がしたベイリアだが、もう遅い。

 

「ちょっと行ってきます!」


 ぴょん、と窓枠から外に飛んだ彼女に、集まったうちの何人かが泡を吹いて倒れた。

 ベイリアもまた卒倒したい気持ちでいっぱいになりながらも、青ざめた顔で叫ぶ。

 

「おま、ここ、二階だぞ!」


 素で叫んだベイリアの声を背中で受けながら着地したシバ子は、元気に城へと駆け出した。


 ※※※


 夕陽がさしこむ王城の廊下。

 出会う人、出会う人に声をかけて歩いていたシバ子は、とうとうベイリアに捕まった。


「あんたな、すこしはおとなしくできないのか」


 取り繕っていた口調は今日一日で崩れ、彼のシバ子に対する接し方もぞんざいなものに。

 今もシバ子の首根っこをつかみ、走り出さないよう吊り上げている。

 そうせねば、異様にすばしこい聖女の姉はすり抜けて駆け出してしまうことを学んだからだ。


「現場の生の声を聞くって、すごく大事なことなんだよ?」

「それはわかるが、しかしな!」


 ベイリアのなかで言いたいことがあれこれと浮かび、渋滞する。

 その隙を逃さず「次は聖女について街頭アンケートだ!」とシバ子は再三の脱走。

 ベイリアの腕をすり抜け窓を押し開け、飛び出ようとしたその鼻先に、光がぽつりと降ってくる。


「うん?」

「この光は!」

「え、なになに? まさかもうレイ奈が来ちゃった?」


 はたと足を止め見上げたシバ子の視線の先、中空に発生した謎の光。

 ほろほろとこぼれる光に気づいたベイリアが、シバ子の腕を引いて下がらせた。


 すると、開いたままの窓から光がほとほとと廊下へ降り積もり、まばゆい光のなかから生じた何者かが、シバ子とベイリアの前に姿を現す。

 

「最愛の香りがすると聞き、来てみれば」


 涼やかな声の主は、肩までの白髪に黒い房を散らした青年だった。

 レイ奈じゃなかった、と安堵するシバ子の頭上でベイリアがつぶやく。


「御使いが、なぜ城に……」

「御使い?」

「神の使いだ。本来であれば神殿に降り、神の意を告げる存在のはず」


 答えつつ、ベイリアはシバ子を隠すように腕のなかに抱き込んだ。けれどそれで人ひとりを隠しきれるわけもなく、御使いと呼ばれた青年が無造作にシバ子に顔を寄せる。

 すん、と鼻をひくつかせ彼は首をかしげた。


「かすかだけれど確かに最愛の香り。けれど違いますね。君は何です?」

「アタシ? アタシは聖女のお姉ちゃんだよ!」


 ベイリアが口を塞ぐ間も無くシバ子が答えれば、青年は「ふうん」と手を伸ばした。


「すこし調べてみましょうか」


 青年の手がシバ子の額に触れる。

 身体に回されたベイリアの腕が強さを増したが、ぱちりと瞬くとその腕は消えた。いや、ベイリアの腕が消えたのではなく、シバ子が城から消えたのだ。


 代わりに広がるのは苔むした大地。すこし離れたところには濃い緑によどむ沼がある。神殿からも城からも見た覚えのない景色だ。

 ここはどこなのか、と見回すけれど、目に入るのはうっそうと茂った木々ばかり。

 突如として周囲の景色が変わる事象に、シバ子は覚えがあった。


 ――また転移? 魔法陣なしでもできるんだ。


 感心するシバ子の前に御使いと呼ばれた青年が立つ。

 彼がぱちんと指を鳴らせば、その背後にある沼が揺れた。水面が持ち上がり、姿を現したのは車ほどもありそうなオオトカゲ。


「沼竜です。さあ、聖女に縁あるものならばこのようなマモノ、どうとでもできるでしょう?」


 御使いが口にしたのは、最愛の妹を指す『聖女』。

 その名を引き合いに出すことは、シバ子にとって挑発に等しい。

 シバ子は歯を剥きだしにして笑う。


「レイ奈、お姉ちゃんがんばるよっ」

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