信じていたのに……!
ところが、王太后はサラリとこんなことを口にする。
「美しすぎて……胡散臭いわ」
王太后は攻撃の手を緩めるつもりはないんだ……!
「まず、相手にされないから寂しいで、何も行動しないなんて、それこそ王族として恥よ。好きな女のハートぐらい、自力で手に入れないと。それをしないということは……それまでなのよ。別にそこまで好きだったわけではないのでしょう」
これは図星なので、ゴーマンの頬がひくひくとしている。これにはマーガレットが「えっ」という顔で、ゴーマンを見た。だが、ゴーマンはマーガレットと目を合わせようとはしない。
一方の王太后は、二人の様子におかまいなしで、ズバズバと斬り込んでいく。
「つまり悲しいことに、ゴーマンとスチュワート伯爵令嬢は、相思相愛ではなかった。当然、ゴーマンの片想いというわけでもない。そうだったとしても。王家とスチュワート伯爵家の間で結ばれた婚約よ。そこを無視して、別の令嬢と仲良くするなんて……本来あってはならないことと思うわ」
王太后からズバリ指摘され、ゴーマンは身を縮こまらせている。
一方のマーガレットは、衝撃を受けていた。
じわじわと理解したのだろう。ゴーマンの言葉は嘘だったと。彼の言ったことを信じていた。彼の愛を無下にする、私との婚約を終わらせることは、正義だと考えていたのだ。ゴーマンのことを一切疑わず、彼の計画に協力していた。だがそれは、とんでもないことをしようとしていたと、マーガレットは気づくことができたわけだ。婚約者のいる王族と恋仲になり、罪のない婚約者を排除し、結ばれようとしている事実に気づいた。
罪のない婚約者は言い過ぎかしら? 一応、脚を公衆の面前でさらしているのだ。
「ゴーマン殿下、王太后様が言われたことは、本当ですか? 私を、私を騙していたのですか!?」
マーガレットに問われたゴーマンは、イケメンとは程遠い大変情けない顔を、彼女に向けるしかない。本当は言い繕いたいのだろうが、王太后がいるのだ。何も言えない。
「殿下のことを信じていたのに……!」
泣きそうな顔になったマーガレットは、ゴーマンから視線を逸らし、私を見た。
「スチュワート伯爵令嬢、申し訳ありません! 私は……自分の目で確認することなく、人から聞いたことを信じ、あなたから婚約者を奪ってしまいました。ごめんなさい」
ここでちゃんと頭を下げることができるなんて……。マーガレットはやはりこの世界の主人公だ。腹黒ヒロインかと疑ったが、そんなことはない。彼女はゴーマンに騙されただけだ。
「ターナー公爵令嬢。顔を上げてください。誤解されていたのですから、仕方ありません。あなたも傷つかれたと思います。どうか元気をだしてください」
「……! スチュワート伯爵令嬢、あなたは……なんてお優しいのですか……!」
マーガレットが感極まって泣き出したところで、王太后が口を開いた。
「なんだか大騒ぎになってしまい、申し訳ないわ。この場でハッキリしていることは一つ。すべての元凶はゴーマン、あなたなのだから。ちょっと顔を貸しなさい。それとゲイリーとコリーナも来て頂戴。他の皆さんはどうか卒業舞踏会を楽しんで」
ゲイリーとコリーナ、つまりは国王陛下夫妻だ。
王太后は、国王陛下夫妻とゴーマン、近衛騎士を連れ、ホールから出て行く。王族であるゴーマンのとんでもない失態が明らかになり、もうみんな騒然としている。
ちなみにマーガレットは両親と共に、ホールを後にした。
◇
あの後、私と父親も、卒業舞踏会から帰ることになった。
突然起きた出来事に、ホールに残された卒業生、父兄、学園関係者は、困惑する事態になる。それでもなんとかダンスをスタートさせ、予定通り、卒業舞踏会は終ったという。王太后、国王陛下夫妻、ゴーマンは、王宮に戻っていた。そこで長い家族会議が開かれたようだ。
父親は私に、スチュワート伯爵家の屋敷に、一緒に帰ろうと言ってくれた。でも王宮の私の部屋には、専属従者であるアントニー、専属侍女であるクララも待ってくれている。よって一旦、王宮の自室へ戻った。
王宮のエントランスホールに着くと、そこにはアントニー、クララ他、多くの使用人が迎えに来てくれている。アントニーは少し髪が乱れており、その様子から察するに……。
「もしかしてアントニー、あなた卒業舞踏会が行われたホールまで、来てくれていたの?」
「さあ、どうかな」
こんな風に誤魔化す時は、私の指摘が正解だということ。
アントニーったら、おとなしく王宮で待つことが、できなかったのね。
いざとなったら私のために動くと、アントニーは宣言していた。私があのミニスカート丈のドレスを着ていたことを、アントニーは知らなかった。それを知るのは、丈を短くするのに協力してくれたクララだけ。
それでも私の表情から、何かとんでもないことが起きるのではと、アントニーは察知したのだと思う。旅館の女将のように、細やかな気配りができる女性は多い。でも昔からアントニーは、勘がいいから、些細な変化にも敏感だった。
ホールまでアントニーが来ていたということは……。
私のあのドレス姿も見たはず……。
これはアントニーの主として、かなり恥ずかしいが、仕方ない。
ともかくこの日は、夕食も自室で摂ることとなり、そして翌朝。
王太后から、昼食の招待状が届いた。