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「愛を一つに」

9「愛を一つに」





そして、迎えた8月9日。

職場では何回か顔を合わせては居たが、想司と璃々さんはこの日、交際してからは初めての2人っきりで会う日。

璃々さんの自宅に向かう想司の足取りはとても軽く、スキップにも似た軽さだった。

しかし、それと同時に緊張は夏の暑さと共に汗を垂らし、心を混乱させていた。

そして、璃々さんの自宅近くの駅に着き、コンビニで適当な差し入れを購入し、歩いて行くと待ち合わせ場所に璃々さんが想司を待っていた。



「お待たせ! 待った?」



想司は平静を装いそんな事を言ってみた。

しかし、璃々さんは想司の琴線に触れていた。

璃々さんを見た瞬間から、凄く可愛いと、どうしようもなく愛おしいと、内心でドキドキと緊張を感じていた。



「い、いえ……ま、待ってないです……い、いきましょうか!」



どうやらそれは璃々さんも同じ様子だった。

2人はお互いが照れていることを隠しながら歩き始め、璃々さんは自分の部屋の評価を下げようと想司に言う。



「あ、あの……本当に部屋狭いし、汚いし……あんまりジロジロ見ないでくださいね?」


「え? そう言われると……とても見たくなるのだが?」


「あ……そうだった……想司さんにこれは煽りになってしまうのか……忘れてた……」


「でも……普通に考えて気にしないと思う」


「どうしてですか?」


「璃々さんの事が好きだから……」



緊張していても、伝えたい言葉はさらっと出てしまう事に想司自身も驚いていた。



「……そ、それはとてもずるいですよ……」



想司の不意の本音に璃々さんは顔を赤らめた。

そして、そこからすぐ近くに璃々さんの住むアパートがあった。

璃々さんがドアを開けて想司を招き入れる。



「凄くいい香りがする!」



璃々さんの部屋は白を基調とした物が多く、部屋は社宅の為、玄関から広々としたワンルームが広がっていた。

そして、想司は気になった香りに身に覚えがあった。



「これ! チャンダンだよね!? この香り! 俺も好き!」


「え? 知ってるんですか? それよりも香りだけでよくわかりましたね!? 凄いですよ!」



想司もお香のチャンダンはお気に入りで良く自宅で焚いていた。



「俺もお気に入りだからね! でもまさか璃々さんも好きだなんて嬉しいな」


「私も凄く嬉しいです」


「へぇ……ここが璃々さんの部屋かぁ……」


「ダメ! あんまりジロジロ見ないでください! 恥ずかしいです!」



璃々さんは必死に想司の目を手で覆い、想司はその手を払い除けようとし、2人の距離が急激に近づいたその時、あまりの近さに2人は一瞬にして恥ずかしさが込み上げた。

しかし、同時にそれを更に超える伝えたい愛情が増し、想司は璃々さんの唇にゆっくりと唇を重ねる。



「……」


「……」



緊張で自分の心臓が耳元にあるかのように音を鳴らし、熱くなる。

込み上げる恥ずかしさから唇を離そうかとも迷う。

しかし、この心地よさをやめられるはずがなかった。

もっと璃々さんを感じたい、可能ならずっと。

いつもそう思ってしまうほどに、璃々さんの唇から伝わる思いが幸せの一つだった。

その唇を名残惜しく離してまで伝えたい言葉を言う。



「ねぇ……本当に好き……」


「はい……大好きです……」



今度はしっかり抱きしめて、また唇を重ねる。

幸せを感じる。

璃々さんを感じる。

璃々さんが向けてくれる感情を感じる。

想司が向ける感情が受け入れられる。

通じ合う思い、受け止めてくれる思い、それで喜べる思い、当たり前のようで、当たり前じゃないこれを幸せと呼ぶとまた実感する。



「……これは……とてもやばいかもしれない……」


「はい……私もです」



何回も抱きしめ合い、何回も唇を重ね、合間で笑って、照れて、恥ずかしがって、それでもまた重ねた。

止まらない、止めたくない、このままこの愛に沈みたい。

そして想司は、可能ならこの先へ璃々さんと歩めたらと考えてしまい、口付けを終わりにし言う。



「そろそろ……一旦落ち着こうか……このままだと本当に抑えられないかもしれない」


「私もです……」


「でも! 俺は今日はするつもりで来てないからね!」


「私はその時の雰囲気に合わせます……」


「コラ! その返答は凄くずるいぞ! 俺が頑張ってるんだからあなたも頑張りなさい!」


「はーい!」


「じゃぁ……とりあえずなんか飲む?」



そう言って想司は来る前にコンビニで買ってきた袋を見せる。

お酒、ソフトドリンクなどを璃々さんに選んでもらった。



「じゃぁ……とても緊張してるのでお酒入れちゃいます!」


「なら俺もお酒にしようっと! ここに座っていいのかな?」


「はい! どうぞ!」



窓際に置かれた小さなテーブルの前にあるソファーに想司は座り、璃々さんはそのすぐ横にあるベッドに腰掛け2人してお酒の蓋を開ける。


「かんぱーい!」


「かんぱーい!」


その後、たわいのない会話を交わした。

仕事の事や趣味の事、過去の経験の話し、璃々さんとの会話は尽きることはなかった。

その中で一つ想司の心を痛めた話があった。


「璃々さんって交際してた人達とは別に体の関係だけってあったりしたの?」


「……実は一回だけあります」


「そ、そうなんだね」


大人だからそんなことはあって当たり前だった。

しかし、わかっていても想司の中で何故か心に傷を受けたのは確かだった。


「ショックですか?」


「少しね。 でも理由があるんでしょ?」


「前の彼氏を忘れたくてつい……」


「そっか……辛かったね。 でももうそういうのはやめようね。 璃々さんには自分をもっと大切にして欲しい。 だから約束して? もうしないって」


「はい……もうそういうのはしません! 約束です!」


普段話せない内容から、お互いが知らなかった事まで話せた。

璃々さんを知れば知るほど、印象が変わっていく。

更に知りたくなる。

もっと好きになる。

そして、時間だけがどんどん過ぎていく。

何故、好きな人と居る時の時間とはこんなにも短いのだろう。

何故、幸せは一瞬しかないのだろう。

そんな中で、想司は璃々さんをまじまじと見る。

ほんの些細な動作、長く伸びた髪を耳にかける仕草、チラチラと瞳を動かし、こちらを確認する璃々さんを見て言葉が漏れる。



「……本当に可愛いね」


「き、急になんですか!? やめてください! 恥ずかしいです!」


「……本当に璃々さんが好き」



溢れ出る璃々さんへの思いが、ふとした瞬間に自然と漏れてしまう。


「はい……私も想司さんが大好きです」


お互いが何をするのにも緊張で、それでも楽しくて、ただいるだけでも心地よくて、同じ空間に居られるだけで幸せを感じて、更に心が通じ合う喜び、溢れ出す感情が更に好きを駆り立てて思いを伝えたくなる。

今までずっと押さえ込んでいた感情を目一杯に伝えて、受け止めてくれるこの喜びは本当に幸せと毎回そう言える。

しかし、想司は思いを伝える中で違和感を感じ、その気持ちを璃々さんに伝える。


「俺、璃々さんにこうやって何回も好きって、大好きって言って気持ちを伝えてるけど……実はそれだけじゃこの気持ちを表し切れてないんだよね……」


「どう言う事ですか?」


「好きって言っても大好きって言ってもまだ伝え足りないんだ……伝え切れたと思えなくて、もっと伝えたいって思うんだ。 だから……」


「……」


璃々さんは想司の次の言葉を待つ。


「……俺は、璃々さんを愛してる」


「……」


その瞬間、璃々さんの顔は赤面した。

照れて熱ってしまった顔を手で覆い隠したり、嬉しさでにやけてしまう口元を隠したり、または仰ぎ冷まそうとしてみたり、璃々さんは混乱しながら言う。


「す、すいません! こ、こんなまじまじとそんな嬉しい言葉を言われた事ないからつい嬉しくて!」


それを見て、想司はどうしようもない程に璃々さんを可愛いと思った。

それはとても尊く、そして愛しく、心の底から全てで包んであげたい程に堪らなかった。

だからこそ、好きじゃ足りない、大好きじゃ伝えきれない、璃々さんへ向ける思いが大き過ぎて想司はまたこの言葉を使う。


「本当に愛してるよ」


「はい……私も愛しています」


璃々さんは想司の思いを受け入れてる事ができている様子だった。

この溢れて、いくら伝えても減ることがないこの思いの大きさを全て喜んで受け止めてくれていた。


「私、こんなに好きって言ってくれる彼氏さん初めてです! 本当に嬉しいです! 毎日愛情をありがとうございます!」


しかし、璃々さんには思う所があった。


「で、でも……そんなに言ってて好きが無くなったりしませんか? それが私は正直不安なんです……」


おそらく璃々さんは今までの彼氏にここまでの愛情表現をされた事がないのだと想司は理解した。

少なからず、今までの彼氏達もきっと好きと言う感情があったのだと思う。

ただプライドや、羞恥心などから言えなかっただけなのだろう。

思い返せば想司も20代はそうだったのかもしれない。

「言葉なんてなくてもわかるだろ?」と言っていた記憶もある。

でも、今の想司は違った。

羞恥心より、プライドより、璃々さんへ向けるこの気持ちとこの思いは何よりも優っている。

ただそれだけなのだ。

だから想司は伝える。



「ごめん……悪いけど……無くなる気がしないよ」 



想司は自分の思いを璃々さんに説明する。



「……今まで過去にも交際した彼女に「好き」や「大好き」や「愛してる」を確かに使ってきたし、言ってきた。 その時の気持ちも嘘じゃない。 そう思って言ってきたし、そう感じて伝えてきた」



想司は璃々さんの瞳をしっかり見て続ける。



「でも……璃々さんに伝える「好き」や「大好き」や「愛してる」は過去に言ってきたどの言葉よりも、どの想いよりも優るんだ。 今までこんなに思いを乗せられた事なんてない。 今までこんなに伝えたいなんて思った事ない。 こんなに知ってもらいたいなんて思えた事ない。 そう思っちゃったんだ」



しかし、想司はずっと今まで考えていた。

好きと言っても、どれだけ大好きと言っても、愛してると伝えても、まだ有り余るこの思いをどう伝えられるだろうと思っていた。



「でも……それでも璃々さんにいつも伝えてる「好き」も、「大好き」も、さっき言った「愛してる」ですら、俺の気持ちを伝え切れてない。 伝え切れないんだ。 俺には璃々さんへ向けるこの気持ちを、大き過ぎるこの思いを、伝えられる表現が見つからない……それに気づいた時に思ったんだ。 この思いは人生で表現する事でしか伝えられないんだなって……」



しかし、同時に想司は人生で伝えられる事が出来ない事を痛感していた。

だからこそ思う。

思ってしまう。

なぜ、璃々さんとの出会いでこの答えに辿り着いてしまったのだろうと。

結婚し、子供を授かった後の人生で何故、この答えを教えてくれた相手が璃々さんだったんだろうと。

この思いが、この感情が、この気持ちが、何故息子を授かった後なのだろう。

正直、璃々さんで人生を迎えたかった。

璃々さんとこの先の未来を一緒に歩きたかった。

何故今のだろう。

それでも尚、今の想司の璃々さんへ向けるお思いはこの表現でしか伝えきれず、これが今一番伝えたい言葉だと言える程に璃々さんに思いを寄せていた。



「言われて初めて気づきました。 その気持ち凄く良くわかります。 私も伝えても伝えてもこの気持ちを伝え切れてないです。 でも、私には想司さんのその表現もその伝え方も出来ないので頑張っていっぱいの「愛してる」で気持ち伝えようって思いました」


「ありがとう」



きっと、璃々さんにも思うところはたくさんあっただろうと想司は思いながらも、それに璃々さんの優しさを感じ、思いを感じた。

だから、想司は愛情で表現したかった。



「よかったら、こっちにおいで」



想司はソファーに腰掛けたまま両手を広げそう言った。



「いいに決まってるじゃないですか」



璃々さんは少し照れながら想司の胸へと飛び込み、璃々さんは顔を埋め、2人は優しく抱きしめ合う。



「……」


「……」



想司は璃々さんを深く感じていた。

璃々さんの香り、柔らかさ、温もり、呼吸、鼓動、そして思い。

包み込まれ、包み込み、一つ幸せを積み重ねる。

顔を埋めていた璃々さんがこちらへ瞳を向けてくる。

想司も丁度それを求めていた。

まるでお互いがお互いのタイミングを知っているかのように違和感など全くなかった。

想司は璃々さんにゆっくりと口付けをし、また一つ幸せを積み重ねる。

優しく、丁寧に、柔らかく。

そして、もっと求めてしまう。

愛情を伝えたい、愛情を伝えて欲しい、今この時この場でこの思いは2人だけの物なのだから。

色濃く、深く、もっと密に口付けを交わし、幸せを重ねてく。



「……ごめん……止まらない……」


「……止めてほしくないです……」



その言葉に堪らなくなり、また唇を重ねる。

止められるはずがなかった。

いや、止めたくなかった。

この幸せを、この幸福を、この思いを、この感情を止められるはずがなかった。

押さえ込むことなどできなかった。

抑制することなどできなかった。

自分がどれほど璃々さんの事を愛しているか、どれほどの思いが溢れているか。

伝えたい。

自分の今までの全てで、出来るならそれ以上の思いで愛を伝えたい。

そして、知りたい。

璃々さんがどれほど好いてくれているのか、もっと感じたい、感じ合いたい。



「……愛してるよ……璃々さん……」


「……はい……愛してます……」



気づけばもう何も考えられなくなっていた。

ただ、溢れ出るこの思いを自分の全てで璃々さんに愛を伝えたかった。

そして、璃々さんからの愛が欲しかった。

長らく忘れていた、好かれる思い。

愛情という名の感情を。

向けられる愛を。

その愛が目の前にある。

その愛を感じ合いたかった。

璃々さんだから感じたかった。

璃々さんだから欲しかった。



「……ごめん……璃々さんが欲しい……」


「……はい……」



想司は横抱おひめさまだっこでベッドへと移動し、璃々さんを優しく寝かせてまた口付けをし、ゆっくりと衣服を一つ一つ丁寧に脱がす。

その時、想司はその光景に時が止まった。

カーテンの隙間から差す光芒に照らされ、恥ずかしそうにする璃々さんはまるで芸術作品のような美しさを放ち、とても自然でありながら、繊細な肌や曲線美、純粋な美しさがそこにはあった。

想司は視界に映り込むその瞬間の全てを見て自然と言葉が漏れてしまう。



「……凄く……綺麗……」



ただ純粋に、本当に無垢に、全てが璃々さんを綺麗に染め上げ、その光景に魅了され、見惚れ、心を奪われた。

そう思えてしまう程にその光景は想司に戦慄を起こし、衝撃を与え、全身に鳥肌が立ち、この幻想的な美しい景色を、この綺麗な璃々さんの瞬間を、この一瞬を、一生忘れる事は出来ないと深く実感した。



「……や、やめてください……す、凄く恥ずかしいです……」


「……あ、ごめん……あまりにも璃々さんが素敵で……つい……」



想司もそう思った自分に驚きを感じていた。

こんな経験や、思考など生まれて初めてのもので、またそれが想司の思いを更に駆り立てた。

止まらない愛を感じ、抑えられない愛を感じ、それでも伝えたい愛を感じ、伝えきれない愛を胸に、想司は璃々さんと口付けの向こう側へ踏み込み、璃々さんの愛と、自分の愛を一つにした。

それは言葉では表現することが出来ない思い、感情、幸せ、幸福以上の「何か」。

璃々さんとの全てが、その「何か」だった。




しかしその時、想司の携帯に一通の連絡が入った。

その画面には想司の元嫁さんの名前が表示されていた。


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