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6-1 推測






 翌日、珠里は虎月に約束した通り、朝から事情を知らない者には一切会わなかった。

 私室でとある符を作りながら、頭の中で出来事を整理し待っていた。

 そうしてもたらされた情報は、珠里の推測を裏付けた。


「……ふぅ」


 ほぼ一日、頭を整理していても、深く息をつかずにはいられなかった。

 珠里は俯いたまま、机の引き出しから紙を取り出し、筆を走らせた。

 一文だけ書いて終わらせかけたそれを、我に返ってぐしゃりと書き損じにし、新たに前置きから書いていく。


「……それは、誰に」


 虎月が気にかける様子で、珠里に尋ねた。


「楽耀様に。お手伝いをお願いします」

「手伝い、ですか」

「はい」


 珠里は書き終えたものを丁寧に折り畳んで、琅軌に差し出した。


「琅軌様、これが副道士長の朔楽耀様に届くように手配してください。可能であれば今日の夜にお願いしていますが、都合が悪いようであれば可能な日はあるか聞くようにさせてください」


 顔を上げた視界の端で、蝶翠が気がかりそうに様子を窺っていたのが見えて、珠里は「大丈夫よ」と微笑んだ。


「返事が届き次第、済ませてしまいましょう」


 楽耀からはその日のうちに返事が来た。今日の夜に時間を取ろうという心の広い返事だった。



 そして、夜、珠里は道士の装いで虎月と共に皇帝の居住を抜け出し、楽耀との待ち合わせの場所へ向かう。


「せめて、明日にすればよかったでしょうに。お眠りになられていないでしょう」

「それを言うなら虎月様、あなたがいつ寝ているのか聞きたいと思っていました。毎夜護衛をしてくださっていたと聞きましたが」


 虎月は、虚を突かれたようでぱちぱち瞬いた。三度連続で瞬いたところで、誰に聞いたか思い至ったらしい。「兄上か……」と苦々しい声がぼやいた。


「驚きました」

「……すみません、気にされるかと思いまして」


 虎月はとても言いにくそうにしていた。


「寝る時間、ありませんでしたよね」


 今その事実を知り、虎月を見ても、彼の目の下にはくまもないし、具合が悪そうでもない。

 平気なのだろうかと不思議でたまらない。


「白虎の力を継いだせいか平気なのです。だから日中の護衛にも差し支えはありません」


 朱雀の力を継いでいる長兄も可能なのだろうか、仙獣によって異なるのだろうか。


「それに、休んでいた方が気が気ではありませんから」

「それなら、今日ばかりは私も、明日に伸ばしたところで心も体も休まりません」


 待ち合わせ場所には、まだ楽耀の姿はなかった。

 珠里と虎月が着いてからそれほど経たず、楽耀は暗闇から灯りを持って現れた。


「お忙しいところ、ありがとうございます」

「構わん。それで」


 楽耀はぶっきらぼうに謝意を不要と切り捨て、珠里に手伝いの内容を聞いた。


「呪い返しをしていただきたいのです」


 楽耀は眉を潜めた。


「……陛下にまた呪いが?」

「はい」

「体調不良で本日臥せっておられたと聞いたが、そのせいか。……しかし蓮妃様と杜霞南が囚われの身では、別の件となるか」

「そうですね。お師様が呪い返しをしてくださったので、あの呪いで返ったのが二人である限り、別件と考えられます。──呪い返しの準備を広場にしています」


 広い割に、夜は他の場所より格段に人気がないのだ。楽耀もそれを心得ているのだろう。何も言わず、珠里の案内についてくる。


「今回は、呪い返しを自分で試みなかったのか」

「前回のように力不足で返し漏らすことは避けたいですから」


 珠里は楽耀に苦笑を向けた。一度目に珠里が秘密裏に行った呪い返しでは、蓮妃にしか呪いが返らず、二度目に杜霞南にも呪いが返った。

 楽耀はそれに納得したようだ。


「しかしよくも陛下がまず私に呪い返しをさせることを許可したな。陛下は道士を信用していないのだろう?」

「呪い返しほど、力不足が致命的になるものもありません。陛下も前回の結果でその点を見直さざるを得なかったのでしょう。私にとっても良いことですが」

「だから適当にして手を引けと言ったのだ。当初の件以外にも巻き込まれていてはいつまで経っても終わらないぞ」


 苦言を述べながら、やはり楽耀は珠里を取り巻く状況に忠告をした。


「そう言いながら、お師様は手伝ってくれますね。今日も突然だったのにも関わらず、時間をくださいました」

「一度手を貸したのだ。それくらい承知の上だ。次からは安請け合いしないことだ。──限られた範囲で生きていれば自分が思ったことを容易に実現できそうに感じるかもしれないが、そんなものだ。決して奢るな」


 そのとき、一瞬、楽耀の目付きが怖いものになった。これまで小言を言っているようで、呆れしか感じなかったのに、怒りを感じような。

 珠里は拳を握り、「肝に命じます」と目を伏せた。

 前を向くと、広場に入り、用意した儀式の場はすぐそこだった。

 略式ではなく、効果が高くなる正式な儀式の形は、先日の呪い返しの際と全く同じだ。異なることと言えば、呪い返しの符が置いてあること。


「お願いします」


 珠里は儀式の場に入る前で止まり、進む楽耀の背を見送る。

 楽耀が呪い返しの符を手に取る背後で、珠里はそっと懐から符を取り出す。そして、楽燿の手が前回と同じく符に『気』を流し込むのを感じた。


「『その呪いに繋がる全てを──」


 瞬間、珠里は動いた。楽耀の背に符を張り付け、刻んだ術に命じる。


「『封じよ』」


 楽耀から発せられていた彼自身の『気』が符に封じ込められた。その証に符に『気』の文字が浮かび上がったのを確認して、珠里は符を取り下がった。


「……珠里、なぜ私の『気』を取る?」


 もっと状況が違えば気がつかれなかったかもしれないが、この状況では仕方ない。楽耀が不審な顔で珠里を振り返る。

 虎月が珠里の隣に並び、さりげなく身構える。


「お師様、近頃、前皇帝陛下のお妃様方や一部の女官が体調不良を訴えていることをご存じですか」


 珠里は楽耀の問いを無視し、別の話題を語りかける。楽耀は、眉間の皺を深くしながらも頷いた。


「……ああ、怪が皇宮内に現れたりなどしているがゆえの心労だとか。道士が責められているからな」

「それは心労ではありません。怪が外から入り込んだのも結界に欠陥があったのではありません。そして、今回の陛下の暗殺未遂で呪いの影響を受けたのも護符に欠陥があったからではありません」


 珠里は一呼吸置き、続ける。


「皇宮の敷地に流れる気脈の主脈に呪いが流されていたからです」

「……呪い?」

「はい。ご存じの通り、皇族の護符と皇宮を護る結界は、気脈からの『気』を汲み、邪気を弾く結界を張る同じような作りになっています」


 珠里は、皇帝がつけているはずの護符を取り出し、示す。


「その気脈に邪気が混ざっていたことで、負の気を利用することになった護符や結界は本来の効力を発揮していなかったのです。それどころか邪気を汲み取り、集める作用によって体調を崩すものが出ていたのでしょう」


 女官の中にも体調を崩していた者がいたのは、通常皇族にしか用意されない護符が、一部の妃が寵愛する女官にも下賜していたからだ。琅軌が調べてきてくれた。

 珠里は別の符を懐から取り出し、楽耀に見せる。


「これは気脈の主脈に埋め込まれていた呪物の『呪い』を封じた符です」


 それと、先ほど楽耀の『気』を封じた符を重ねる。

 さらにもう一枚取り出した符に、楽耀の眉がぴくりと動いた。

 楽耀の視線を感じながら、珠里は符を全て重ね、三枚目の符の効果を解放する。


「『同じなれば朱に染まれ』」


 珠里、虎月、楽耀が注視する先で──三枚目の符にじわりと色が滲む。

 その色は瞬きのあとには符を染め上げ、符は朱色になっていた。

 予想はしていた。けれど、珠里の手は微かに震えた。

 珠里は符から視線を外し、朱色の符を見せながら視線をまっすぐに楽耀に向けた。

 楽耀なら、言わずともこの符の効果を知っているはずだ。当代の道士の中で随一と言われる能力を持つ彼なら。

 二枚の符に宿った『気』が一致するかどうか調べる符によって、呪いに含まれていた『気』と楽耀の『気』が一致した。


「残念です、楽燿様」


 珠里は心の底からそう言った。







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