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4-3 道士長と副道士長






 各部長官などとの謁見の合間にまとまった時間を確保して、翌日執務室を抜け出すことができた。予定を調整してくれた琅軌のおかげだ。

 目的は、当然道士長についての調査だ。


 当時副道士長だった道士長の見舞いの使者が、五年前の件で穢れの影響で里に帰った道士のもとを訪ねた。

 生きていた家族の話ではその使者が置いていった薬を飲んだ後、苦しみながら死亡したという。

 薬を渡される際には家族も飲むように言われており、飲んだ後苦しいかもしれないがそれは薬が穢れを体から追い出そうとしている証拠だとも言われていた。

 そして周辺住人の証言によると、薬を飲んだだろう一家全員は、時間に多少個人差はあれど七日以内に死亡している。

 薬は残っていなかったが、そもそも飲み薬で穢れを追い払う話を聞いたことがないのがもう限りなく黒に近い。


 例のごとく道士の服を着て、道士に成りすまし、珠里は虎月と道士の詰め所に来ていた。

 目的は、五年前の副道士長、現在の道士長について知るためだ。

 皇帝として会ったことがあるが、特に印象に残ったところのない人物だ。

 しゃべり方と表情に覇気がないからか自信がなさそうに見えるが、道士長というからには、道士の腕と人を統率する能力があるのだろう。

 ということで、普段の様子と周囲の評判を探ってみることにした。


「お手伝いします」


 一室から箱を大量に運び出している者たちの内、一人が箱を取り落とした。違う一人がそれを受け止めようとして落としたところを目ざとく見つけ、珠里はさっと近寄った。

 箱を手早く拾った珠里を見上げた二人に、珠里は微笑んだ。


「皇葬儀式に使う道具だから、大切に運んでくれよ」


 先に行っている者の先頭にいる道士がかける声に頷き、箱を落とした二人にも頷いて、珠里は落ちた箱を虎月と分担して持って立ち上がった。

 道士の服を着ているため、顔は知らずとも仲間だと信じきっているのだろう。誰も何の疑いも持たない。まず目立たず、怪しまれずにの第一関門突破だと珠里は内心ほくそ笑む。

 だがそのとき、間の悪いことに、道士長の姿が中庭を挟んで向こうの通路に見えた。


「道士長……」


 この箱を放り出していくわけにはいかない。珠里は虎月と視線を交わし、一人で大丈夫だという意味を込めて頷いた。

 すると虎月が「そういえば俺はあちらに呼ばれているので、失礼します」と珠里に箱を預けて、さっとその場を去った。


「行きましょうか」


 急に現れて、風のようにすぐに去っていった虎月にあっけにとられている二人を促して、珠里は珠里で歩き始めた。


「すまないね、君は仕事は大丈夫?」


 落ちた箱を受け止めようとしていた男性の道士が、申し訳なさそうに言った。


「普段は後宮の方で雑用をしていますが、儀式やらで人手が足りないから手伝うように言われて来たばかりなので大丈夫です」

「あれ? さっきの彼は? 彼は男だから後宮の雑用ではないよね」

「うーん、さっきの人は先ほど会ったばかりで知り合いというわけではないので。同じように手伝いに来たのではないでしょうか?」


 その場しのぎの嘘だったが、相手は不審に思った様子はなく、むしろ「ああ……」と納得していた。


「最近都内に怪が出たり、結界の張り直しで全然人足りてないからね。この前なんて皇宮に怪が出たし」


 珠里の『人手不足』という理由に上手く引っ掛かってくれ、話題がつながった。


「……五年前のように、ならないかという話を後宮で聞いています」


 実際、皇帝が呪われたという噂に加えて怪が侵入したとあっては、五年前の一件を想起しない方が難しい。

 皇宮の廊下の隅などでこそこそと不安げな声を聴く。


「しっ、あんまりここではその話題を出さないように」


 道士は、少し慌てた様子であたりを見回した。


「その話題が出るとぴりぴりする。怪の件は道士の領域だから、その原因が全く分からない状況では道士は全員肩身が狭い」

「道士長は毎日他の高官の方々もいらっしゃる会議に出席されているので、肩身が狭くていらっしゃるでしょうね」

「ああ、この前なんて、話していたら道士長が通りかかって睨まれたよ」


 睨むとは、皇帝として接しているときを思うと、そんな姿が想像できない。


「道士長は、怖い方なのですか?」


 皇帝に見せる姿と、自らの領域である道士の詰め所で部下に見せる態度が異なるたちか。

 腹の中では野心あり、というならば、五年前に責任を問われて死んだ道士長を嵌める動機が出てくる。


「君、皇帝陛下の件を知ってるか?」

「皇帝陛下の……怪に襲われた件ですか?」


 珠里はわざととぼけて見せた。


「違う。──呪われたっていう話だよ」


 道士は、前を行く同じ作業をしている者たちにも聞こえないだろう小声で教えてくれた。


「陛下が……?」

「なんだ、意外と後宮には情報の規制が上手くいっているんだね」


 実際は珠里は当然知っているし、後宮の妃にも宦官たちから話が広がっているのだが、そんなことを知る由もない道士は意外そうにする。


「呪物が見つからなかったということで、護符の欠陥が疑われて道士長は神経質になっている。皇族の護符は道士長の管轄だからね。怪を阻む結界の件より、そちらの方が道士長にとっては頭が痛いんだと思うよ」

「なるほど……」

「でも、護符の欠陥はないんじゃないかと思うけどね」

「なぜですか?」

「あの護符、本当は副道士長が作っているんじゃないかってもっぱらの噂だから」


 楽燿が、皇帝の護符を?

 予想外の話が出てきて、珠里は目を丸くする。


「ですが、皇族の護符は必ず道士長が作らなければならず、他の者に任せれば厳罰に処す、という決まりがありましたよね?」

「あるけど、前の道士長も今の副道士長──楽燿様に作らせていたんじゃないかって噂があったくらいだ」

「前の道士長も……?」

「でも五年前、前の道士長が護符の欠陥が見つかったときに楽燿様に罪をなすりつけようとして楽燿様が作ったと言ったそうなんだけど、護符に残っていた気と楽燿様の気は一致しなくて、前の道士長の気が一致したっていう話だったから……噂が嘘だったのか、時々道士長自身が護符を作成していたのか……」


 気脈を利用するときに使用する道士自身の気と、護符に残っていた気の鑑定結果。それなら……。


「今回の護符はどうだったのですか?」

「道士長のものだったよ」

「え? じゃあ……」

「それでも皇都に最近怪が出ていたから、もしも護符を調べられることが起こっても大丈夫なように今回だけ自分で護符を作ったんじゃないかと言うくらいに、どう見ても道士長より副道士長の方が道術の腕がいいんだ」


 事実も何も無視して、面白おかしくしているただの噂の類のようだ。

 完全に他人事と思っている者たちは、噂に憶測をつけて話したがる。そうして勝手に噂が真実のように信じられることもある。



 箱を運び終えると、雑用の手伝いと言っていた珠里は、物置から儀式に必要な道具の一つを探してほしいと別の雑用を頼まれてしまった。

 仕方なく、開け放した出入り口から時折虎月が戻ってこないか確認しながら、探し物をすることにした。

 こんな埃っぽい、散らかった物置にあるものだろうか。疑わしい。というより、あったらあったでこんな物置で大事な儀式に必要なものの管理をしないでほしい。

 埃を被った箱の中身を確認していく珠里を、後ろから覆う影が差す。


「虎月様、どうでしたか──」


 珠里は虎月かと思って振り向いた。

 けれど振り向く際に風を感じ、珠里が見たのは……珠里の肩に伸ばされた手を、後ろから虎月が掴んでいる光景だった。


「──失礼致しました、副道士長。後ろからでは誰かと判断できる前に、手が動いていました。何分最近ますます物騒なので、気が逸りました」

「いや……気になさるな」


 楽燿は手を掴まれたことより、道士の服を着ている虎月に珍しくも驚いた表情を滲ませていた。

 それから、珠里に、「今日はここで何をしている?」と言った。


「儀式に必要な道具が見当たらないらしく、倉庫は別で探しているのでこの物置を探してほしいと言われて探しています」

「ほう。だが、その雑用を頼まれに来たわけではないのだろう?」


 楽燿はちらりと外を気にして、戸を閉めた。その上で、小さめの声で珠里に問う。


「例の件に進展はあったか?」

「微妙なところです」


 五年前の件で、道士長が何かを隠したがっている疑惑が出てきたが、その内容はまださっぱりの状態だ。

 一方の天栄の暗殺未遂についても、進展はないと言っていい。

 珠里の答え方に、楽燿はぴくりと眉を動かした。


「全くない、というわけではないということか」

「そうであればいいです」

「私に何か聞きたいことはあるか?」

「答えてくださるのですか?」


 聞こうか迷っていたことを聞くべきだろうか。珠里は少し迷ったが、背に腹は代えられないと口を開く。


「怪の侵入の件で、一つ一つの結界は正常に作動していても、仙石の位置がずれたりして結界の繋目に綻びがあった、ということは一切ありませんか?」

「ない」

「怪をおびき寄せる撒き餌が使われた形跡はありませんでしたか?」

「なかった」

「陛下の護符を作っているのはお師様ですか?」

「……何だと?」


 急に挟まった毛色の異なる質問に、楽燿が眉を寄せた。


「先ほど噂を耳にしたので興味本位です。どうやら、普段道士長はより腕のいい副道士長に護符の作成を任せているのではないかと。後付けの理由が多かったので、筋が通っていませんでしたが」

「作っているわけがないだろう」

「そうですよね。もやもやが解消しました、ありがとうございます」

「そのくだらない質問で終わりか?」

「いえ、最後に一つ。お師様から見て、道士長はどのような方ですか?」

「道士長? おまえたちも、護符を疑っているのか?」


 珠里は黙って曖昧に微笑んだ。皇帝にそれも独自で調べろと言われているような顔で。


「まったく……。今回護符に欠陥はなかった。道士長は……責任感の強い方だ」

「もしもの話ですが、前道士長をはめて道士長になりたがるような方に見えますか?」

「……どうだろうな」


 楽燿は珠里の続けての問いに、わずかに目を見張ったが、何も言わずに答えた。


「腹のうちの本心など、誰にも分らない。毎日会い、毎日姿を見ていたとしても。……よく知っている人だと思っているとしても」

「お師様?」

「珠里、首を突っ込みすぎるのはやめなさい。適当にしておくように言ったはずだ。怪まで入り込んでいるようなところで調査をさせるなど、陛下も陛下だ……」


 楽燿はため息をついた。


「陛下のご様子は? 焦っておられるのか? 皇葬儀式が迫っているから」

「そのようなところです」

「そうか。いくら信用できなくても、信用できる一人に再調査させたところで道士の調査には勝らないと言いなさい。儀式のための道具の捜索も別の者にさせるのでいい」


 道士の真似事を辞める際は調査記録と道士の証を返しに来るようにと言い残し、楽燿は物置の戸を開けた。


「お師様、お疲れですか」


 去っていきそうな背中が、心なしかそんな風に見えた。

 その呼びかけに楽燿が振り返ったのだが、なぜか虎月に腕を掴まれていたときより驚いた表情だったから、珠里は何か変なことを言っただろうかと思った。


「顔に出ているか?」

「いいえ、なんとなく……」


 感覚でしかなかったので、無駄に足を止めさせてしまったと珠里は少し所在無げにした。

 けれど、楽燿が微笑み、珠里は固まった。疲労が見えたのが嘘のような顔だった。


「はは、お前は本当に……日に日に母の方に似てくるな」

「は、はあ」


 この人の笑い声など、初めて聞いた。珠里は思わず、間抜けな相づちを打った。


「お師様、母と交流がおありでしたか」

「どの母でも面識はある」

「どの?」


 燕家に引き取られた娘の実母? 

 それとも、燕家で現在珠里の母の立場にある明玉?

 珠里の疑問の声にふっといつもの表情が戻ったが、楽燿は無表情とはちぐはぐの──愛し気な手つきで珠里の頭を撫でた。


「最近、道士長が多忙でな。私が代わりに引き受けている仕事がある」


 それで疲れているらしい。

 最後にぽんぽんと軽く叩き、「おまえが危険な目に遭わぬように努めよう」と去っていた。


「……はあ」


 珠里は、手がなくなった頭に触れ、気の抜けた声を出した。


「ああいう方が好みでいらっしゃいますか?」

「えっ」


 想像もしたことのない問いが飛んできて、珠里が目を見開いて虎月の方を見ると、彼は真剣な顔をしていたのでたじろぐ。


「違います! お師様にはそんな風に思ったことが一度も、欠片もありません!」


 なぜこんなに必死に否定しているのかと自分で思うくらい、珠里は力いっぱい否定した。


「そ、そうですか。頭を撫でられて、しばらく楽燿殿が去られた方を見ておられたので……」


 それを言うなら、最近虎月に触れられただけでどきどきすることになっているのだけれど! と思ったがさすがに口を閉じた。

 この人は、なぜ自分以外の人に対しての反応に気が付いて、自らに対しての反応に気づかないのか。いや、気づかれたところで恥ずかしいのでいいのだけれど。


「……一瞬、髪を伸ばそうかと思いました」

「? なぜですか?」


 頭の中でぐるぐると考えていた珠里は、ぱっと顔を上げて首を傾げた。

 虎月の髪は、束ねることもできないくらいの長さだ。けれど、


「今のままで十分素敵なのに。長髪の虎月様も見てみたい気はしますけど」


 珠里は何の含意もなく素直な感想を述べただけなのに、虎月に凝視された。








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