4-2 想定外の報
「端的に申し上げますと、全員死亡していました」
のっぺりとした顔の男の報告内容に、珠里は唖然とした。
彼は、琅軌が手配した調査人員だ。名を迭嵯。
五年前の先帝暗殺事件の調査資料によれば、当時調査にあたった道士のうち五人が穢れの影響で皇宮仕えを辞し、里へ帰ることになったという。
他にも穢れの影響を受けて体調を崩した者はいたが、里帰りした道士はこの五人のみで、彼らはより穢れの濃い核心部にあたる現場を調査したのではないかと思って何かしらの情報を期待していたのだが……。
皇帝の執務室で報告を受け、言葉を失っていた珠里は、はっと我に返り『皇帝』としての顔で表情を引き締めながらも身を乗り出さずにはいられなかった。
「全員死亡だと? 穢れの影響はそんなに濃かったというのか?」
「話を聞けた家族によると、帰って来てから家に閉じこもり何かに怯えていたそうです」
「怪の穢れの影響による幻覚症状……?」
珠里は呟く。
怪への強い恐怖心からか、怪の穢れの影響かはいまだに原因は明確ではないが、怪による穢れを受けた者が幻覚に魘されることがあると聞く。
「それで、本人からは一人として話が聞けなかったということだな?」
琅軌の確認に、迭嵯は頷く。
「家族から話を聞いて参りましたが、五年前の事件の件で里に帰ることになったことしか知らず、それ以外は一切聞いたことがないそうです」
「守秘義務が課せられていたはずだから、家族に話していないのは当然とは言える」
「はい、しかし一点気になる話が」
「何だ」
「少なくとも、生きていた家族全員のもとに当時の副道士長の使者を名乗る者が訪ねてきています。そして、その者の穢れの後遺症を治すという見舞いの薬を飲んだ七日以内に五人と、その五人のうち三人の家族までも死亡しています」
当事者のみならず、家族まで。それが一家族くらいなら事故か何かと思うが、三家族。
当時の副道士長といえば、現在副道士長の楽燿の前の副道士長だ。その使者が持ってきた薬が原因なのは間違いない。
ただ、見舞いの薬で家族まで死んだ経緯は?
珠里は皇帝の振りのまま、怪訝そうにより眉間の皺を深し、迭嵯に問う。
「なぜ家族まで死んでいる?」
「はい。残っていた家族によると、怪の穢れは近くにいる者にも及ぶため、家族も薬を飲むように勧められたそうです。死んでいなかった家族に共通している点は、道士本人に早く良くなってほしいと全部飲ませた点でした」
家族まで死んだ者については、周囲に住む者にいつ頃に死んだのか聞いたそうだ。
「その薬は、残っていたのか」
迭嵯は首を横に振る。
「薬を飲ませるごとに苦しがっている様子が増したそうですが、薬をもらったときに穢れを体から追い出している証拠だと聞いていたためそのまま飲ませ続けたそうです。そして全て飲ませ終えた後に死んでいます。そのため薬は残っていません」
迭嵯が退室したあと、部屋にしばらく沈黙が漂っていた。
「……五年前の件についての話の収穫はありませんでしたが、それにつながりそうな話が出てきましたか」
琅軌がぼそりと言って、珠里は頷く。
「当時の副道士長の見舞いの使者。その使者が置いていった薬を飲んだだろう全員が死亡」
副道士長。当時の副道士長は、現在の道士長だ。白い髭を蓄えた、齢五十程度の男が頭をよぎる。
何かを隠し、口封じに道士を殺したとしたら、彼らは何を見たのだろう。
記録によると、彼らは結界の仙石の調査をしていた。
しかし怪の穢れに弱い体質だったようで、皇宮内に残った穢れに常人より影響を受けて里帰り……。おまけに結界には異常はなかった……。
手遅れで話は聞けなかったが、五年前の件で、何か故意に隠された事実がある可能性が高い──。
「陛下」
読んだ記録の内容を思い起こしていた珠里は、琅軌の方を見る。
「気になるのは重々承知ですが、そろそろ儀式について礼部長が参ります」
「皇葬儀式の件ですか」
皇族が死んでからすぐに行う葬儀のことであり、怪が関わった場合、五年に渡り行う弔いの儀式のことを言う。
今年もその時期が近付いてきた。
「今年は前皇帝陛下・皇后様・現皇帝陛下の姉君の皇葬儀式を行う最後の年であり、陛下の成人の儀がある年です。さらに陛下は、皇葬儀式と同じ日に自らの成人の儀もされようとしていますから、例年の倍忙しくなる見込みです」
「毎日反対されている『あれ』ね」
十五で成人のこの国では、十五になる年に儀式を行う。
どうやら、天栄はそれを皇葬儀式と同日、皇葬儀式のあとにやろうとしているらしい。
しかし死者を弔う儀式と、これからの人生を祝う儀式を同日にとは不謹慎だという声が挙がっている。それらの声を天栄は跳ねのけているようなので、珠里も毎日そうしている。
「そういえば、あなたも陛下と同じ年で十五でいらっしゃいましたよね。もう成人の儀はされたのですか?」
護衛として側に立っている虎月も、珠里を見たのを感じた。
「いえ、まだ。陛下がされたあとに行う予定ですから」
「ああ、皇族の方がおられる年にはそういう調整がされるのでしたね。では、今お名前の方はまだ幼名でいらっしゃる?」
「いいえ。名前は、五年前に父と母が亡くなった際に遺品にそれらしきものが見つかったから、五年前にもう幼名ではないんです」
珠里は、いつか聞かれることもあるだろうと思っていたので、さらりと答える。
燕珠里は現在燕家にいるが、その両親が五年前の前皇帝暗殺事件の際に現れた怪に殺され、母の姉によって燕家当主に引き取られた、という話を知っているのだろう。
琅軌はそれ以上を問うことはなかった。
天栄もまた、皇帝の座を継ぐ際にすでに生涯の名を与えられているのだ。
「それより、皇葬儀式と陛下の成人の儀式の日が来る前に事を収めないと……」
「儀式の手順について覚えるとなると、大変ですからね」
正直それもある。だが、一番の理由は、本人が成人の儀式を受けるべきであるし、皇葬儀式を行うのもずっとここで戦ってきた彼がするに相応しいと思っているからだ。