ゴブリン1000匹目とお願い
古代ローマのコロッセオを模したような砂色の円形闘技場に向かい合った一人と一匹がいた。
誰も、世界中の誰もがこの試合に注目しておらず、客席にはアバターの影ひとつとして見当たらなかった。
バトルスタートのアラートが鳴り響くと同時に駆け出したのは一匹だった。
緑色の肌をした小鬼がこちらに向かって短剣を振り下ろしてくる。
小鬼は身長130㎝と小学校3年生くらいだが、常に前屈みになっているせいか本来よりも小ぶりに感じる。
体を右へと回転させるよるに小鬼の単純な攻撃を避け、そのまま項へ少し大きめの手斧を叩きつける。
すると小鬼、ゴブリンは光の粒となって消え闘技場にクリアSEが鳴り渡り、中心部にcongratulationの文字が出現した。
初めてゴブリンに挑んだ時、今の手斧よりも重いロングソードでゴブリンのうなじを切り裂こうとした。けれども力がないのかゴブリンのうなじが厚かったのか、今日のように首を落とすことは出来ず致命傷を与えることが出来なかった。
だが、手斧に武器を変え百回目くらいの挑戦で首を落とした感動は今になっても思い出せる。
2028年、フルダイブ型VR機器が一般層へと広く行き渡った世の中では、だんだんとAR技術の肩身が線くなってきていると感じる。
ただ今でも街中ではAR端末を装着してモンスターを捕獲している人は見かけるし、駅前広場などのレイドバトルゾーンで複数人でパーティーを組んで魔王と戦っているのも見かける。
舞浜の遊園地ではどんどんとARアトラクションは発展しているし、それは地方の遊園地でも同じ。
なので自分がプレイしているコンテンツが衰退して来ているだけだろう。
ではなぜまだこのコンテンツを続けているのか、それはクーポン券がもらえるからである。
上限値5000円のお食事券。
自分が選択しているのはいつもこれだ。
ポイントを貯めて強い武器や防具と交換すれば、難易度の高いモンスターとやり合ってランキング上位を目指したりすることもできる。
だけれどもそれは余りにも現実とかけ離れている。
だから自分にとっては、現実にもある手斧を使って戦うのがいい。ポイントで耐久性をあげるよりも、筋肉トレーニングと反動トレーニングで敏捷性をあげた方がよっぽどいい。
ゴブリンを一匹だけ倒す事の50回目から、なぜか上限値の5000円受け取れるようになった。
なのでその日から、高級な和食店を外観から醸し出している食べ放題チェーン店に通い始めた。
選択する食べ放題のコースは上撰牛豚プレミアムコース。
4400円。税込み4840円。
160円余るおかげで、帰り道コーヒーが飲みたくなった時、コンビニエンスストアのプレミアムな160円コーヒーが飲める。
いつも取り敢えず豚肉を300グラムほど食べて適正体重分のたんぱく質を補充した後、中トロとサーモンのお寿司を五貫ずつ注文しグルタミンを摂取する。
生のキャベツの千切りを頼んでグルタミンを摂取するのもいいかもしれない。が貧乏性なのだろうか、食べ放題でキャベツをお腹に入れると何だか損したような気分になる。
お寿司を食べ終わってお腹に余裕があった時は、舞茸しめじ豆腐春雨わかめ小松菜を昆布だしと鶏のコラーゲンが詰まった出しでしゃぶる。
今日はまだ余裕があったので味噌汁とデザートでも頼もうと注文端末を取ろうとすると、目の前の席に他の客が座っている事に気が付いた。
白い長い髪の白いドレスを纏った少女。その隣には薄い紫色の髪の女性がいた。
紫色の髪の女性には見覚えがあった。
初めてコロッセオでARの試合を見た日。そして自身がこれにはなれないと気が付いてしまった日。その日に刃渡り60cmくらいの包丁なもので神話に出てきそうなモンスターとやり合っていた人。
ランキング2位。
戦闘時には紫色の着物を纏っていた気がしたが、今はニットにシャツジャケットと街の人ごみに溶け込みやすそうな感じだ。
軽く店内を見渡しても混みあっている感じはなかった。単純に考えて少女が自分に用があるのだろうか。なにも悪いことはしてないはず。
2位さんはこちらに興味がないらしく、注文端末をピピっと入力して注文していた。
なんとなく少女に視線を戻すと、白い瞳の少女は白い口を開いた。
「ゴブリン1000匹討伐おめでとう! そして……」
「そして?」
「もうゴブリンに挑むの止めてくれないか?」