275・ビーナの一日
「おはようございます。今日も一日頑張りましょう」
使用人のリーダーの挨拶でビーナの一日は始まる。
私とリコの住む王都にあるバレッサの屋敷にはビーナを含め四人の住み込みの使用人がいる。
この屋敷は、もともとバレッサの来る客人を泊めるところだったが、私がローズ学園に入る前から私たち家族が使うようになっていた。
私たちの屋敷の隣にはバレッサ製薬商会社長の屋敷があり、マックス伯父さんと家族が住んでいるので、そこにも何人か使用人が住み込みで働いている。
そしてビーナ以外の住み込みの使用人は通いの使用人とシフトを組んで交代していた。
「おはようなの。まだ眠いの」
ビーナは早番で朝食の支度のためにキッチンに来ている。
「ネモさん、『おはようございます』でしょ、何回言えば出来るようになるのです」
「わかったの、気を付けるの」
「それも、『わかりました、気を付けます』ですね」
「はい、わかりました、気を付けます」
嫌々ネモは言い直した。
今日の朝食の準備はリーダーとネモ、そして通いの使用人が一人来ていた。
朝食には焼き立てのパンとスープが用意される。
スープは肉と野菜がたっぷり入ったものだ。
通いの使用人はパンの仕込みが有るので、ネモが来るよりももっと早く来るが、私たちの食事が始まるころには帰ってしまう。
食事が終わると、ビーナは食器の片づけを始める。
「あたいも手伝うよ」
片づけにはアグも参加する。
住み込みの使用人が来るまでは、アグが朝食の支度をしていたが、今は外されていた。
朝食が終わり私とリコが学園に出かけると使用人の食事だ。
「おいしいの、アグのスープと全然違うの」
「当たり前だろ、あたしは料理の勉強なんかしていないからな」
「それではアグさん、教えてあげましょうか、その代わり使用人としての仕事もしてもらいますが」
使用人のリーダーだ。
「え、遠慮します。シャンとやることが有りますから」
「わかりました。しかしアグさんは居候です、それなりに手伝ってはもらいますからね」
「はい」
食事代を入れていないアグは素直に返事をした。
住み込みの使用人の朝食が終わるころには通いの使用人も屋敷に来ている。
「それでは各自、担当のところの掃除をお願いします。
今日はリコさんから部屋の掃除はしなくていいと言われていますので入らないよう気を付けてください」
リーダーの指示で使用人は掃除を始める。
「アグさんは、庭の手入れをお願いします。
ビーナは応接室と玄関と廊下ですね」
アグとビーナにも指示がいく。
「この屋敷は広いの、もっと人数が欲しいの」
ビーナはつい愚痴が出てしまう
「ビーナ、身体強化を使えば大丈夫だろ」
「違うのアグさん、お掃除は細かいところが大事なの、それは身体強化では何ともできないの」
身体強化、万能ではなかった。
掃除は昼前のお茶の時間をはさんで昼まで続く。
お茶や昼の食事の準備も使用人の仕事だ。
「お茶の時間は楽しみなの、バレッサのスイーツが付くの」
ビーナもバレッサのスイーツは大好きだった。
昼の食事は使用人だけなので、それなりのものだった。
そして昼の休み時間が終わると、今度は買い出しのが始まる。
買い出しの量によっては荷車や荷馬車を使うこともある。
荷馬車の時はアグの出番だった。
買い出しは全員で行くことはなく、残った使用人は屋敷の点検や、掃除の残りを始める。
そして早番の人は、昼過ぎのお茶の時刻で終わりになる。
「ビーナは早番だったの。お昼過ぎのお茶の時間は参加できないの、リーダーは早番でもお茶が出来るの、ずるいの」
「ビーナ、私は早番でも最後まで仕事をします。これからの夕食の準備にも参加するのですよ」
「わかったの、アグさんと一緒に剣の練習をするの」
お菓子を食べられなかったネモはビーナと剣の訓練を始める。
「ネモの攻撃魔道具はあたしでは教えられないな」
「大丈夫なの、魔力を込めて振り下ろすだけなの。後は的に当たるようにするだけなの。
だから、アグさん的になって逃げまわって欲しいの」
ネモの訓練と言うよりも、アグが魔法攻撃から逃げ回る訓練になってしまう。
「おーいシャン、代わってくれー」
アグがシャンに呼びかけるが、
ワーン ン ン ・・・
シャンは呼びかけに答えてくれなかった。
遅番の時のネモは夕食の準備と片付けまですることになっていた。




