呪われし毒姫は笑えない
ファナエラ・フォリアーナは、人々に毒姫と呼ばれている。フォリアーナ王国の第三王女である彼女は、生まれた瞬間からその身に魔女の呪いを受けていた。
ファナエラが離宮にある高い塔の中で過ごすようになって、長い年月が経った。高価な調度品に囲まれた塔の最上階の部屋で、今日もファナエラはまどろんでいた。午後の陽気はお昼寝にはちょうど良い。
ファナエラは外から笑い声が聞こえた気がしたが、気のせいだと思うことにした。この塔の周囲に人が寄り付くことはない。ファナエラが自分の真っ白い髪に埋もれながら、天蓋付きの広いベッドで再びまどろんでいると、部屋の扉を叩く音が聞こえた。
この部屋まで訪ねてくる人は、両親兄弟姉妹を含めて誰もいない。外とのやり取りは手紙がほとんどだ。何事かと思いながら、乱れていた恰好を整えて、ファナエラは豪奢な扉を開けた。
そこにいたのは眼鏡をかけた茶色い髪の青年だった。柔和な笑顔で青年はファナエラに自己紹介をした。
「初めまして、ファナエラ・フォリアーナ様。俺はジムノフ・ジューノニアと言います」
世間に疎いファナエラでも、名前を聞いたことがある。彼はジューノニア王国の王子だ。だが一国の王子がわざわざこんな辺鄙な場所に来たことよりも、ファナエラには驚くことがあった。
「どうして、どうして、貴方は何ともないのよ!?」
「それは俺が君と同じだからです。毒をもって毒を制すということでしょう」
にこやかに答えるジムノフに対して、ファナエラの声は震えていた。
「貴方も同じなのね。貴方も魔女に呪われている」
ファナエラの目に浮かぶのは、皆の苦しそうな姿。その姿を見続けることは、ファナエラにとって耐えがたいものだった。
「そう……貴方も……周囲の人々を?」
ファナエラの問いかけに、ジムノフは力強く頷いた。
ファナエラとジムノフは、塔の最上階から下の階へと移動した。ティールームとしても利用できるようにされた一室に、気を利かせた侍女が紅茶とスコーンを用意してくれていた。ジムノフが椅子を引いてくれたので、ファナエラはそこに腰かけた。さすがは一国の王子、エスコートは完璧だ。
「こうして普通に人と話せるのは、ほとんど初めてなの。言葉使いとかは気にしないでもらえると助かるわ」
「構いませんよ」
「貴方は私が毒姫と呼ばれてるのは、知ってるのよね。そしてここで引きこもり生活を送っているのも」
「はい、知っています」
ファナエラは大きく息を吸った。
「毒姫って何よ。気を使ってるんだか使ってないんだか……。そうよ、たしかに私は毒をまき散らして生きているわ。しかも毒は毒でも、よりによってワライキノコの毒……。人に会うたびに爆笑されるのよ!? ひどいと呼吸困難寸前よ!? 引きこもりにもなるわ! 致死毒じゃないのはせめてもの救いだけど、私のメンタルはズタ! ボロ! 家族も含めて皆は気にするなって言ってくれるけど、私はとんだシリアスブレイカー! 皆こうして引きこもりを許してくれてるから、益々心苦しい!」
ファナエラの普段言えない不満が爆発していた。
「俺はむしろシリアスな場に乗り込んで行って、場をぶち壊しにするのを楽しんでいます。極一部の人々からは『人の心が分からない鬼畜眼鏡』と呼ばれ、日々の生活も普通に送ってます」
「メンタル強っ! 貴方のメンタルは何で出来てるのよ」
ファナエラはジムノフが同じ人間だと思えなかった。
「君はどうして魔女に呪われたのですか?」
「そっか、貴方は知らずにここまで来たのね。私が生まれる前のお姉様の誕生パーティーでの出来事よ。そのパーティーには魔女も招待されていたわ。そこで周囲が止めるのも聞かずに、お酒をたくさん飲んだお祖父様は連発したのよ。親父ギャグを。その親父ギャグがあまりにも寒すぎたせいで魔女は怒り、お母様のお腹の中にいた私に呪いをかけたわ」
びっくりするほど理不尽だった。
「く、どれだけ笑いに貪欲なのよ」
「魔女は笑いに対して妥協がありませんからね」
「貴方はどうして呪われたの?」
「君と似たようなものです。俺の五歳の誕生パーティーで、父上が披露した異世界仕込のアメリカンジョークが、面白くなさすぎたせいです。魔女は怒って俺に呪いをかけました」
「貴方と私って、たしか同い年よね? つまり貴方の方が後に呪われてるの? 知らなかったとはいえ、完全に私の二の舞だったわね」
ファナエラは紅茶にミルクを入れた。
「私も貴方も二人揃って、とんだとばっちりじゃない」
「はい、そうなんです」
「それで、こんな世間話をしにきたわけじゃないでしょう? 貴方がここに来た目的は何?」
ジムノフは眼鏡を中指で押し上げた。
「では本題に入らせてもらいます。似た者同士、俺と婚約しませんか? 俺と君なら笑わずに過ごすことができます。悪い提案ではないと思うのですが、いかがでしょうか」
ジムノフの提案に、ファナエラはなかなか返事できなかった。十分すぎる時間が経ち、ファナエラはようやく口を開いた。
「笑わないで聞いてくれる? 私は男性に対して全く免疫が無いの。こうして笑われずに話せてるだけで……貴方のことが実はもう好き……」
俯いて赤面したファナエラにつられて、ジムノフの顔も赤くなった。
「俺も君の美しさに、心を奪われています」
良い雰囲気の中ファナエラとジムノフは、ほぼ同時にテーブル上のシュガーポットに手を伸ばした。二人の手と手がぶつかった瞬間。
「「あはははっはっははは!!」」
爆笑に陥る二人。
「触るとやっぱり駄目じゃない!!」
ジムノフは頭を抱え、ファナエラは吠えた。
その後婚約した二人は猛特訓を始めた。その結果、二人は漫才で魔女から大爆笑をもぎ取り、後腐れなく呪いは解いてもらえた。結婚式は二国の総力を挙げて、それはもう盛大に行われ、二人はその場で祖父と父に見せつけるように、見事な夫婦漫才を披露したそうだ。




