四章 黒雨
四章 黒雨
「さあ、ソラを駆け旅にデヨウ。」
少し片言気味だけれど、それは確かに竜胆であった。
これが竜族か!その洗練されたフォルム、純白の翼に、俺は目を見開いて驚いた。
いや、感動した。という方が正しいのかもしれない。
竜族が今も存在していたことや竜胆が竜人だったことにはもちろん驚愕したが、そんなことよりも目の前にいる竜胆(竜)に対しての好奇心の方が勝っていた。
「ノレ。」竜胆は力強くそういった。
言われるがままに、俺は竜胆に乗った。竜といっても大きさは少ししか変わっていないので、おんぶされている感覚で、少し恥ずかしかった。
「ユクゾ」
行くぞ。かな?
片言で少し聞き取りずらい。俺の憶測だが、竜族に形態変化したことで体の作りそのものが変わり、その体に慣れていないためうまく言葉を喋れないのだと思う。
バサッ、竜胆の翼が勢いよく広がったその時、俺たちは重力を裏切って空高く舞い上がった。
「す、すげえ…」俺は唖然とした。俺が空を飛べるときが来るなんて、いつ誰が予想しただろう。空を駆け、ただ前へ、上へ突き進んでいく。これほど気持ちがいいのは人生で初めてかもしれない。
「サア、これからドコへムカう?」
俺は、特に行きたいところないなあ。自分の家にはもう行ったからなー。
「俺は特にないが、竜胆はどっか行きたいとこあるか?」
「オレは…、親父が死ンだリユウヲ知りたイ。だから、オレの家にイッテ親父がかつてシラべていたキロクを調べタイ」
あ、そういえばそうだった。竜胆の父さんの竜胆修二さんは亡くなってしまったんだった。俺が刑務所に向かってる途中で聞いたな。修二さんは吸血鬼について調べていたといっていた。もしかしたら7年前の事件についての記録も見つかるかもしれないな。
「よし、そうしよう」
俺がそういうと竜胆は向きをかえ、純紺高校の方角、竜胆家へ向かった。
10分後、竜胆家についた。竜胆は
「アリガトウ、竜ヨ。翼をヤスメヨ。」
といった。
その刹那、竜胆の翼は消え、葡萄色の体はもとの色に戻り、肌色となった。
竜胆は「あー、疲れた!」といってそそくさと玄関に向かった。
俺は、その竜胆の後を走ってついていった。
竜胆の家にお邪魔するのは初めてだ。玄関には女性用の靴が一足あった。どうやら竜胆の母親が家にいるらしい。
竜胆は「母さん、俺だ!那智だ!」といってリビングに入っていった。
俺も「はじめまして。お邪魔しますー。」といって竜胆に続いた。
「那智!?那智なの!?」竜胆の母親はそう言って竜胆に抱きついた。
「か、母さん…、恥ずいからやめて…」
あ、と。何かに気づいたように竜胆の母親は抱きつくのをやめた。
「はじめまして、那智の母の霞です。」
霞…、フルネームは竜胆霞か。いい名前だな。
「神智白亜といいます。はじめまして。」
お互い軽く会釈をし、挨拶を終えた。
竜胆は思い詰めたような顔をして霞さんの方を向いた。
「実は俺、脱獄してきたんだ。俺、竜人だった。」
「!?!?!?!?」
霞さんはとても驚いたような顔をして、その後なにか考えるような素振りをみせ、竜胆の方を向いた。
「遂に、話す時が来たのね。」
おいおいこれから何が話されるんだ?とても重要な話がこれからされると直感した。恐らく竜胆もおれと同じ感覚だろう。
俺たちは唾を呑み込んで、大人しく、霞さんの話を聞きはじめた。
「まず、自分が何族かは血筋で決まるわ。実は私も竜人なのよ。修二は普通の人間だったから、那智は必然的に竜人か普通の人間になるの。稀にどちらの血もついで生まれてくる子もいるけどね。」
「母さんも竜人だったの!?全く知らなかった!」
「隠していたからね。そして、これから本題に入るわ。これから、竜胆家が100年前から代々受け継がれてきた話を伝えるわ。
100万年前、その時は人間、神族、竜族、そして吸血鬼がこの世界で暮らしていたわ。吸血鬼は私たち3種族の血を吸って暮らしていて、よく吸血鬼に血を吸われて死人が出ていたわ。
神族には特殊な血が流れていて無限に血を体内に作り出すことができたらしいから、神族から死人は出なかったけれど、竜族と人間からは毎年多大な死者が出たわ。
もうこれ以上死人を出させたくなかった竜族と人間は、4種族の王同士で話し合う場を設けたわ。[夢幻輪廻]という神族の天境家が作り出した異空間よ。
そこには、竜族の王 竜胆大智 人間の王 凪悟 神族の女王 神崎茜 吸血鬼の王 緋闇業 らが集まったわ。
そこで、もう二度と吸血鬼が私たちの血を吸わないという約束を取り付けた。その代わりに、大量の食用児を吸血鬼たちによこしたわ。
そして、天境家が何かあったらすぐに夢幻輪廻にアクセスすることを王全員に伝え、解散した。。
それからしばらくは誰も死なず、落ち着いた生活を送れていた。でも、数ヶ月たったある日。一般の人間が10名ほど吸血鬼に殺されたわ。
それで、緊急で夢幻輪廻に王同士が集まった。でも、いつまで経っても緋闇業だけは来なかったわ。それで呆れた天境家は「今日のところはこれで解散としましょう」と言って、夢幻輪廻を解除したの。
夢幻輪廻が消え、目の前には…血に溢れた世界が待っていたわ。
話し合いの最中、吸血鬼による大量虐殺が起きていたのよ。でも、人間だけはなぜか殺されていなかったわ。
そして、生き残った竜族と神族は姿を隠して今まで生きてきたわ。吸血鬼も姿を隠して、今もなお大量の人を殺しているのよ。これが、100万年前から竜胆家に代々受け継がれてきた話の全てよ。」
あそこの路地裏で拾った古本に書いていた100万年前の事件とはこれのことか。新事実が多すぎてまだまとまりきっていないが、大体わかってきた。
まず、種族が血筋によって変わるとのことだったな。つまり俺の父さんか母さんは吸血鬼ということになる。どちらかはわからないが。
そして各種族の王。まず竜族の王が竜胆という名字。つまり恐らくは俺の友達の竜胆は竜族の王の子孫なのだと思う。そして神崎…、もしかするともう死んだ神崎も神族の子孫だったのかもしれない。
竜胆は「そ、そんなことがあったのか…」と言って呆然としていた。
「那智には、吸血鬼を根絶やしにして欲しいの…」
霞さんはそう言って、青い玉を竜胆に渡した。
「ん、?何これ」
「それは、蒼核よ。蒼核、赫核、白核、黒核の4つの玉を集めて夢幻輪廻へ向かいなさい。赫核と黒核は吸血鬼の王の血筋、白核は神族の王の血筋が持っているはずよ。」
「な、なんでそんなことをしなきゃいけないの」
「4つの玉を集め、夢幻輪廻にある石板にはめれば、一つだけ願いが叶えられるの。そこで吸血鬼の根絶やしを願えば、全て終わらせることができるわ。」
夢が叶う?そんなことが本当にあるのか?まあ、霞さんがいうのなら信じるしかないだろう。
つまり、俺たちはこれから各種族の王またはその子孫のもとへ行き、4つの玉を集め、その夢幻輪廻とやらにいって吸血鬼のいない世界にするという願いを叶えなければいけないというわけか。
大体わかった。でも、どうやって各種族の王の場所を知ればいいのだろう。
「わかった。母さんの頼みならやるよ。でも、どうやって各種族の王を見つけるの?」
俺が疑問に思ったことを、そのまま竜胆は言ってくれた。どうやら竜胆も俺と同じことを思っていたらしい。
「うーん、神族の王の血筋さえ見つけられればいいんだけどね…。神族の王の血筋なら、特殊能力[神眼]を使って各王の居場所がわかるんだけど…」
神族の王の血筋にはそんなチート能力があるのか…。全く知らなかった。
まだ未知数なことが多すぎるな。神族の王は…神崎茜といったか。神崎という名字は俺の友達にもいるが、その神崎咲はもう死んでしまった。
霞さんは、「もう深夜の2時ね。少し長く話しすぎたみたい。今日のところはとりあえず寝なさいな。」といった。
もうそんな時間なのか。と思い、掛け時計を見ると時針はⅡを指していた。俺は竜胆と同じ部屋で寝ることにした。
その部屋のベッドにうつ伏せになって、俺は少し考え事をしていた。
各種族の王の居場所を知る術は、もうわからない。なぜなら神崎は死んだからだ。そう、神崎は死んだ。神崎は…死んだ?本当に死んだのか?神崎は。
今思い出したが、そういえば修二さんは警察署で奇妙なことを言っていた。「神崎さんの死体が消えた」と。
俺はてっきり誰かに死体が持ち出されただけだと思っていたけれど、今日霞さんから神族についての話を聞いて、神崎が消えたのは、持ち出されたとは違う、また別の可能性があると思った。
神族は、体内の血が特殊で、無限に血を作り出せるため、吸血鬼に吸われて死んだ被害者の仲に神族はいなかったとのことだった。つまり、神族は吸血鬼に血を吸われても死なないということだ。
ここで、修二さんが言っていたことをまた思い出した。確か、「神崎の死体は青く変色していて、後ろに小さな穴があったことから、吸血鬼が神崎の血を吸い、殺したと踏んでいる」と言っていたはずだ。
本当に神崎が神族の王の子孫で、犯人が吸血鬼なのだとしたら…。神崎は死なない。神族だからだ。ここから導き出される結論、それは、神崎咲は自分の力で逃げた。ということだ。
この場合、なぜ死んだふりをしたのか、なぜ逃げ出したのか、などの疑問が出てくるが、そんなことはどうだっていい。神崎が生きている可能性があるということだけで十分だ。
神崎がもし生きているのなら、あいつがいれば、俺はなんだってできる。
これからは神崎を探すことになりそうだな。まあ、あくまで憶測だから本当に生きているかは分からないが。そんなことを思いながら、俺は眠りについた。
AM7:30、いつもは青く澄んだ空が世界を包む時間。
その日は、空が暗く、黒く見えるほどの土砂降りの雨であった。