三章 夜凪
三章 夜凪
いつの間にか俺は刑務所を出ていた。何が起きたのか全く覚えていない。
目を覚ますと、そこは公園の芝生の上だった。とりあえず、昨日何が起きたのか思い出さなければ。昨日の記憶を時系列順に引きずり出した。
確か、俺の牢屋に新人が来たんだ。20歳ぐらいの男、名前は凪 良平。その男と2時間ほど話し、眠りについた。そして、真夜中に目を覚まし…、!?!?!?
そうだ、思い出した。俺の手が、吸血鬼のように黒く染まっていたんだ…。そこから先の記憶はない。あの手は一体、誰の手だったんだ???
「その手は僕の手さ」
「だ、誰だ!」突如、脳に誰かの声が響いた。
「僕は、君だよ。」
何を言ってるんだこいつは、それにどこから話しかけている???
「だから、僕は君だって。君は二重人格なんだ。僕は君で、君は僕だ。」
は、俺が二重人格?そんなはずはない。だって、今までは普通に暮らせていたじゃないか。
「僕はずっと君の心に身を潜めていたんだ。僕が吸血鬼だとバレたら殺されてしまうからね。今も僕は君の心の中から話しかけている。」
吸血鬼…、まさか脱獄したのは!!
「そう、僕だよ。鉄格子を噛みちぎり、刑務所を出たのさ。あのままじゃ死んでいたからね。僕には知りたいことがあるから、あそこで死ぬわけにはいかなかったのさ。」
知りたいこと?
「僕は吸血鬼だけど、何故か血を吸わなくても生きていけるんだ。だからずっと君の心の中に隠れることができた。」
血を吸わない吸血鬼?それではもうただの鬼ではないか。
「体の作りは吸血鬼なんだよ。人格が変わることによって、体格や体質が入れ替わるらしい。
普通、吸血鬼は血を吸わなければ死んでしまう。人間でいうと、酸素と二酸化炭素かな。血(酸素)を吸って、それをエネルギー(二酸化炭素)として消費する。
だから血を吸わなければ吸血鬼は朽ちて死ぬ。そのはずなんだけど、何故か僕は血を吸わなくても生きていけるんだ。その謎が知りたい。だから脱獄した。」
なるほど。大体わかった。俺は人間、僕は吸血鬼。人格が入れ替われば体格、体質も入れ替わる。僕は血を吸わなくても死なない。その理由を知るため脱獄。こんなところか。
まあ、俺も死ぬのは勘弁だったし、7年前の事件と神崎の事件のことも知りたい。さあ、これからどうしようか。
そう思いながらとりあえず俺の家に向かって歩いていた。途中、家電製品屋を通った。
「えー、次は今日未明の脱獄事件についてです。」と家電製品屋前のテレビから聴こえた。ふと、テレビに目を向けた。
「今日、0時過ぎごろに脱獄事件が起こりました。脱獄囚の名は、神智白亜(16) 竜胆那智(16)です。2人は違う牢屋に入れられていましたが、どちらも鉄格子が破られており、2人とも純紺高校の生徒で親しい仲にあったことから、警察は脱獄囚2人が手を組んで脱獄したと考えているようです…」
…え?竜胆が脱獄?そもそも捕まってたのかあいつ。
ていうか、どうやって脱獄したんだ?俺は偶然二重人格で吸血鬼が鉄格子壊せたからよかったけど…竜胆は普通の人間だから、鉄格子を壊せるわけがない。
まさか竜胆も…、いや、変なことを考えるのはやめよう。
とにかく、今の俺は脱獄囚だ。こんな人目につくところじゃあすぐに見つかってしまう。とりあえず人気のないところへ移動しよう。
そう思い、家電製品屋の隣の狭い道へ入った。
こういう道を通るのは初めてだ。
まだ朝だというのに、暗く、不気味だ。そんな不気味な道に入って数分たった頃、道端にひどく汚れた古本が落ちているのを見つけた。なんだろう、何かに導かれるように俺はその本を手に取った。
「なんだい?その本は」
僕が言う。てか、僕っていうとわかりずらいよな。
「おい、お前何か名前はないのか。」
「僕の名前か。たしか君は白亜だったね。じゃあ僕は黒亜でいいよ。吸血鬼の血は黒いからね。」
俺が白亜だから黒亜って…、適当すぎないか。まあそれでいいや。てか、吸血鬼の血は黒い?赤じゃないのか?
「吸血鬼の血は古から黒なんだ。理由はわからないけどね。」
なんで黒亜がそんなことを…、と思ったがそんなことよりも本が気になった。
本についた埃を振り払い、タイトルを見る。そこには
[古の世界と4種族の協定]
と書いてあった。古の世界?4種族?なんの話か全くわからない。何故この本を手に取ったのかも分からなかった。
とりあえず、ざっと中身を見た。
これは…、その本には衝撃的な、遥か昔の世界のことが書かれていた。
どうやら、かつてのこの世界には4種族が存在していたらしい。
人間、吸血鬼族、竜族、神族、の4種族だ。この4種族はとても仲が悪く、100万年前にその4種族が大規模戦争をしたらしい。
そして多大な被害が出た為、停戦した。そこで4種族協定を結び、お互いに危害を加えないことを約束した。
と、その本には書かれていた。
なんだこれ、おかしいぞ。
いまこの世界に竜族や神族なんていないし、吸血鬼族の存在も公にはなっていない。なぜ3種族が公の場から消えてしまったのだろう。
それに、協定を結んだと書いているが、実際、吸血鬼は人間に手を出している。
しかも吸血鬼は血を吸わなければ生きていけないんだから危害を加えないなんてできるわけが無い。
血を吸わなれば死んでしまうのだから。
だが、この本は7年前の事件にも、神崎の事件にも深く関わっているような気がしてならなかった。
100万年前の世界のことをもっと知る必要がある と直感した。
とりあえずおれの家に行こう。修二さんが、おれのお父さんは吸血鬼について調べていた。と言っていた。
その資料がまだ家に残っているかもしれない。そう思い、おれは家に向かった。
俺の家のまわりは、案の定警察がうろついていた。
まあ脱獄囚の家を見張るくらい当然といえば当然なのだが。
こんななか俺の家に忍び込むのは流石に骨が折れそうだ。
俺は脳みそをフル回転させ、家に忍び込む方法を考えた。
そして、おれの脳内CPUが弾き出した最適解。それは…
「あのー、僕さっき純紺高校付近で神智白亜?でしたっけ、脱獄した人を見かけたんですけど…」
警察は、「なにっ!?みんな!直ちに純紺高校へ向かえ!」と大きな声で言った。
俺の家のまわりをうろついていた警察らは、一目散に純紺高校へ向かっていった。
…おれこういうの向いてるのかもな。意外とすんなりいった。まあとりあえずこれで俺の家に忍び込むことができる。
警察が戻ってくる前にとっとと吸血鬼についての資料を取って帰ろう。どこに帰るかは知らないけども。
そう思いながら玄関に足を踏み入れ、かつての父さんの仕事部屋に入った。
この部屋に入るのは何年ぶりだろうか。父さんが死んでから入ってない。息を吸うと、埃が空を舞い鼻に入ってくる。7年間この部屋を放置していたこともあり、埃まみれだった。
たしか、資料はデスクの棚に入っていたはずだ。小さい頃、よくここで父さんから色んな事件の話を聞いていたから鮮明に覚えている。
デスクの棚を引くとそこには英語でvampire(日本語で吸血鬼)と書かれている資料があった。
その資料を手を取り、少しばかり目を通した。これが吸血鬼に関する資料だと分かったところで、おれはすぐに家を出た。
幸い、警察はまだ戻ってきていなかったから、純紺高校とは逆の方向に走り、裏路地に入った。
さあ、資料をじっくり見るとするか。資料の表紙をめくった。
1ページ目、落丁していた。破られた跡があった。2ページ目からはしっかり吸血鬼に関することが書き綴られていた。
資料を長らく見ていたが、黒亜に関することは全くかかれていなかった。あと、最後の4ページほども落丁していた。どうやら雑に破られたようだ。
「僕に関することは書いてないか…」
もしかしたら落丁しているページに書かれていたのかもしれない。
「手がかりはほとんどなかったね。次は何をするんだい?」
次は…、竜胆と会わなければ。聞きたいことが山程ある。竜胆がいるとしたらどこだろうか。そういえばおれと竜胆はよく青凪公園で遊んでいたな。竜胆ならそこにいるかもしれない。
青凪公園は海のちかくにある。ここからなら…走れば10分くらいで着くな。もうすぐ日が落ちる、すぐに青凪公園へ向かおう。
走り始めて10分程たった。かなり暗くなってきたが、青凪公園が見えてきた。
上り坂を駆け上がり、青凪公園に着いた。
俺は竜胆とよく遊んでいたブランコに目を向けた。ブランコには誰かが座っていた。
夕日が、彼の顔を照らした。そこには…やはり竜胆がいた。
「竜胆!!おれだ!白亜だ!」
「白亜!?やっぱり来たか!俺らだけの思い出の場所だもんな!脱獄したっていうニュースみてびっくりしたぞ!?どうやって脱獄したんだ?」
俺は竜胆に全てを言った。俺が二重人格で、吸血鬼の黒亜が鉄格子を壊し、脱獄したことを。
「なるほどなー、そういうことか!」
ん、意外と飲み込みが早いんだな。もっと泡吹いて倒れるくらい驚くかと思った。
「竜胆はどうやって脱獄したんだ?」
竜胆は、明るい顔でこう言った。
「実は俺、竜族だったんだ。」
竜族?あぁ、なるほど。
前の俺なら相当困惑していただろう。だけれど、今は冷静に解釈することができた。だって俺自身(正確には俺じゃなくて黒亜だけど)、吸血鬼だったわけだからな。
「刑務所でとある男から竜族の話を聞いてな、そこで自分が竜族だってことを知ったんだ。そして死刑前夜、おれは鉄格子を壊して脱獄した。」
「俺もお前も色々あったんだな。」と俺がいうと、
「まあな。そろそろどっかに移動しようぜ」
移動?どこへ行こうとしているのだろう。
「どこへ行くんだ?」
竜胆は笑顔で、「ちょっとしたドライブさ」と言って、両手を組み、空を見上げた。
何か、神聖な雰囲気が滲み出ていた。
「リュウよ、我にチカラヲ。」
竜胆が呪文のようなものを唱えたその刹那
竜胆の体は淡く火照り、薄紫色の霞が纏った。
その霞が徐々に晴れてきて、翼のシルエットが見えた。
霞が完全に晴れ、
現れたのは、
体全身が葡萄色に染まり、
純白の翼の生えた竜胆、
いや、竜であった。
その日の夜は、風が無く、静かであった。
海に波は無く、ただ蒼く、暗く染まっていた。