二章 朧月
二章 朧月
昨日起きた事件のせいでよく寝れなかった。
幸い、今日は土曜日だ。じっくり休むとしよう…
ご飯に納豆をいれかき混ぜ、そこに卵を割り入れる。そして醤油。これで卵かけ納豆ご飯の完成だ。一人暮らしになってから、朝ご飯は大体これだ。ユーチューブを見ながら卵かけ納豆ご飯を食べる。これほどの至福はない…。まあ、昨日のこともあってそんなに至福でもないんだけど。
そんなことを思いながら飯を食べていると、「ピンポーン」とインターホンが鳴った。
(なんだろう、回覧板か?)
そう思い玄関モニターを見てみると、そこには警察がいた。
(あー、事情聴取か。そういえば昨日竜胆の父さんが「事情聴取は明日にする」とか言ってたな)
鍵を開けドアを引き、警察の方と顔を合わせる。
「あなたが神智白亜さんですね?」
「は、はい。事情聴取ですよね?できれば修二さんと話したいのですが。」
「いえ、事情聴取ではありません。朝9時32分、殺人の容疑であなたを逮捕します。」
…は?何を言ってる?俺が逮捕?どういうことだ?俺は恐る恐る聞いた。
「俺が逮捕って、どういうことですか?」
「昨日の午後5時頃、純紺高校校舎裏で神崎咲さんの死体が発見されました。その人を殺したという容疑が、現在あなたにかかっています。」
俺は死体を発見しただけ…と言おうとしたけれど、警察の人に「話は警察署で聞きます」と言われ、何もいえなかった。どうせすぐ冤罪ってわかるだろ。と思い、周りを歩いている人に指を指されながらパトカーに乗って警察署に向かった。
警察署までは30分ほどかかった。向かう途中で、死因はなんだったのか、なぜ俺が逮捕されたのか、など、事件についてたくさんのことを聞いてみたが、全て「事件のことは警察署で。」と適当に返された。
警察署につき、階段を登って、よくドラマでカツ丼が出されるような個室に案内された。その個室に入り、椅子に座り、4〜5分待っていると修二さんが来た。
「待たせたね。神智くん。まず言っておくが警視庁は君が今回の犯人だと踏んでいる。」
俺は、「俺は殺してないっ!発見しただけだ!」と言った。修二さんは、
「ああ、わたしも無実を信じている、君が人を殺すはずがないからな」
良かった…、味方がいた。心の底からほっとした。修二さんが、「今回の事件のこと、詳しく聞かせてもらえるかな?」と言ったので、コクりとうなずき、昨日起きたことを話した。
全て話し終えた時、修二さんは言った。
「実は、真犯人はある程度絞り込めているんだ。」
「え、じゃあなんで俺が捕まったんですか?」
「それは…警察上層部の都合だ。目撃証言もあって、すぐさま神智白亜を逮捕しろ。という指令が下った。」
本当に大人は汚い。改めて自覚した。
「そ、そうですか…、それで真犯人は誰なんですか?」
そう言った瞬間、少し空気が濁ったような感じがした。でも、修二さんは言ってくれた。
「君は…、吸血鬼を知っているかい?」
吸血鬼?たまにホラゲーで出てくるあれか?なぜ急にそんなことを…
「わたしは、今回の事件の真犯人は吸血鬼だと踏んでいる。」
おいおい、なんの冗談だ?吸血鬼なんて実在するわけないだろう。幼稚園児でもわかるぞそんなこと。
「なんの冗談ですか?吸血鬼なんて…」
修二さんは、真剣そうな顔で言った。
「吸血鬼は実在する。わたしも、君の父親も吸血鬼について調べていた。そして、君の父親は吸血鬼に殺された。」
え、俺の父さんが?吸血鬼に?
「な、なぜそんなことが…」
「君の父親の死体は、すごく青ざめていただろう?あれは血を吸われたんだ。首の後ろに小さな穴があった。あそこに歯を刺され、吸われた。明らかに吸血鬼の犯行だ。なのに警察上層部はそれを隠蔽した。ただの刺殺と言って世間に公開したんだ。おそらく上層部と吸血鬼は深く関わっている。君が逮捕されたのも、何か関係しているはずだ。」
今回の事件が吸血鬼に関係している?そんなことが本当にあるのか?
「とりあえず今回の事件はわたしがなんとかする。まだ君の犯行が決まったわけではないから、まだ刑務所には入らなくて済むと思う。君はこれからも狙われるかもしれないから、十分に気をつけるようにな。」
良かった、今日のところはひとまず安心だ。
ぶるるるる、ぶるるるると、修二さんのスマホが鳴った。「すまん、電話だ。すぐ戻る」と言って修二さんは部屋をでた。2〜3分後、修二さんは戻ってきた。
「神崎さんの死体が消えたらしい。急用ができたから今日はもう帰りなさい、念のため君の家の周りを警察が監視しているが許してくれ。万が一だ。」
そう言われ、俺はパトカーに乗って帰宅した。
その日はすぐに寝れた。神崎が消えたことは気になってはいたが、誰かがなんらかの理由で持ち出したのだろう。朝から警察に連れてかれて、俺は身も心も疲れきっていた。
俺はいつの間にか眠りに落ちていた。
翌朝、俺はインターホンの音で目を覚ました。ベットの隣の棚の上にあったスマホを手に取り、時刻を確認した。
A.M.11時43分、結構寝たっぽいな。まあ、とにかく玄関に行かないと。と思い、玄関モニターを覗いた。
そこには警察がいた。またか…と思いながらもドアを開け警察の方と顔を合わせた。
空気が鉛のように重たいのを肌で感じた。
「…神智さん。あなたの死刑が決まりました。」
………は?なんだこいつ。寝ぼけてんのか?
俺は抵抗しようとしたが、そんな間もなく手錠をかけられ、パトカーに乗せられた。パトカーの中で、俺は「冤罪です!修二さんに聞けばわかります!」と叫んだ。
俺の隣に乗っていた警察の若い男は、静かに、苦い顔で言った。
「修二さんは…昨夜死体で発見されました。」
は、死体?修二さんが?なんでそんなことが…
「な、なんで修二さんが???」
「僕もよくわかりませんが何者かに殺されたらしいです。」
「おい、部外者に余計なことをいうな。」
「す、すみません。」
それくらいいいじゃないか、まさか修二さんが殺されたことを隠したがっているのか?
でもそんなことを考えている時間はない。
このままじゃ俺は本当に死んでしまう。
そんなことを思っているうちに、刑務所に着いてしまった。
夢ならばもうすぐ覚めてほしい。自分のほっぺたを何度ちねっても赤く腫れるだけだ。どうやらこれは夢ではないらしい。
パトカーを降り、刑務所の門を潜った。俺は何もしていないのに…。
刑務所に入ると、そこの所長が挨拶をしにきた。
「君が、人を殺して死刑判決が下ったという少年か。君の死刑は7日後だ。それまで存分に刑務所生活を楽しむがいい」
俺は無言でお辞儀をした。こいつに俺の無罪を訴えても何も変わらない。牢屋で、冤罪を晴らす方法をじっくり考えるとしよう。
俺の看守らしき人が俺を案内した。「お前の牢屋はここだ。」と言いながら牢を開け、入れと言わんばかりに目で圧をかけてくる。俺は抵抗しようもなく、そのまま牢屋に入った。
さあ、これからどうしようか。このままじゃ本当に死んでしまう。タイムリミットは7日間、その間にどうにかして俺の無実を証明しなければならない。
なんだろう、普通なら焦るはずなのに、今の俺は異様に落ち着いている。なぜだろうか、なぜこんなに心に余裕があるのだろうか。今は何もわからないけれど、いつか分かるのだろう。
そんなことを考えている間に夕食の時間になったようだ。囚人達が一斉に食堂へ向かっている。おれも向かうことにした。
夕食は、ご飯に焼き魚といった質素な飯で、そこらへんの生ゴミをかき集めて作ったような味だった。こんなのが7日続くと思うと吐きそうになる。
夕食を食べている途中、囚人に話しかけられた。
「よう新人!おまえ7日後死刑なんだってなー、なにやらかしたんだよ〜」
全く知らない人だったけれど、同じくらいの背丈だったし向こうが気楽に話しかけてきたのでおれも話した。
「殺人の容疑をかけられてんだよ、やってないんだけどな」
「冤罪ってやつか、それで死刑とか可哀想だなぁ。もういっそのこと脱獄でもしちまえばいんじゃねぇか?」
脱獄…か。牢屋の鉄格子さえ破れれば簡単に抜けれるのだが。
「無理だ、俺に鉄格子を壊すほどの力はねぇ。てか鉄格子破るなんて人間なんだから無理に決まってんだろ。」
「はははっ、まぁ確かにな!脱獄は諦めた方がいいな!」
楽しそうなやつだな、竜胆に似てる。死ぬ前に竜胆には会いたいな。でも無理か、諦めるしかないな。
と、そんなことを思いながら夕食を食った。そして夕食を食べ終わり、牢屋に戻って寝た。
それから他愛のない4日間が過ぎた。
何にもない、つまらない時間。普通に暮らせることが、どれだけの至福か。改めて自覚した。俺は明日死ぬ。
そんなとき、少しばかりの至福ができた。今日の夜、俺の牢屋に1人、男が来るらしい。話し相手ができるだけでもこんなつまらない日々に比べたら断然楽しめるだろう。
それから少しばかり時間がたち、夜になった。看守が1人、男を連れてきた。
お互いお辞儀をし、無言の挨拶を交わした。それから2時間ほど、2人で会話をした。久しぶりにまともな会話ができたというのもあり、楽しかった。
どうやらこの男は会社の金を横領し、捕まったらしい。二重人格で、知らないうちに横領してしまったため自首したらしい。名前は凪 涼平といって、まだ20歳前後の若い人だった。まあ俺の方が若いけど。
2人で楽しく話していると、あっという間に就寝時間がきた。
「それじゃ、おやすみ」と言って眠りについた。
………んあ、なんで俺こんな時間に起きちゃったんだろ。
もう0時は過ぎている。今日、おれは死ぬのか…、そう思い鉄格子の外を見た。きれいな満月だった。
狼が吠えるような満月。俺が死んだら、あの月のように星屑となるのだろうか。
そう思った刹那、何故かはわからないけど脳内に言葉が浮かんだ。
[脱獄]、[二重人格]、[満月]…、俺は無意識のうちに、霞のかかる月に手をかざしていた。そこにあったのは
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
爪が尖り、純黒に染まった手だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
まるで、吸血鬼のような…
「イテッ」舌を噛んだ。そのとき、やっと気づいた。上の歯が長く伸びていた。そう、僕は吸血鬼になった。
いや、僕は吸血鬼だった。その歯で鉄格子を噛みちぎり「さようなら」といってその牢屋を、刑務所を出た。
二重人格…か。
俺は人間。
僕は吸血鬼。
自分の全てを知るには7年前の事件の全ての謎の糸を解かなくてはならない。
これは、自分を知る為、俺と僕とで紡ぐ物語。
十五夜、月は淡く火照っていた。