一章 茜空
一章 茜空
「行ってきまーす」
と、一言告げて自分の家を出た。
まあ、家には誰もいないのだけれど。
俺の父さんは7年前に死んだ。そして母さんは未だに行方不明だ。当時はまだ小3だったからその時のことはほとんど覚えていないけれど、たまに思い出す。
あんな青ざめた死体はもう見たくない…
まあ、そんな嫌な思い出は置いておいて今日も純紺高校に行くとするか!
そんなことを思いながら道を歩いていたそのとき、
「まーた考え事か?神智」
と声が聞こえた。
「悪いか?竜胆。てかお前が俺を名字で呼ぶとか珍しいな。」
「なんか言ってみたくなっただけ!」
「相変わらず元気だなあ、お前は」
「まあな!人生楽しんだもん勝ちだからな!てか今日俺7時に起きたんだぜ」
「知らんがなそんなん」
「え?赤色の花がどうしたって?」
「それ彼岸花。俺言ってんの知らんがな。」
「え?世界的トップモデルがなんだって?」
「それミランダ・カー」
「え?誰がデブだって?」
「それニ段腹」
と、くだらない会話を繰り返してはや三千里(ちょっと盛った)、純紺高校についた。
じゃ、俺のクラスあっちだからじゃあな!」
と、竜胆が言ったので「じゃあなー」と言って別れた。
俺が高校生になって1ヶ月ほど経った。
クラスでは、まあ俺は人気者だと思う。
俺は割と性格いいし運動もできるからな。
そんなナルシストじみたことを思って歩いていると、
「白亜くん。ちょっといいかな?」
白亜、俺の名前だ。さっきまでずっと名字で呼ばれていたから一瞬わからなかった。
「は、はい?」
顔を見ようとしたけれど影に隠れてよく見えなかった。シルエットからして、多分女だ。
「今日の放課後、校舎裏で話したいことがあるの。きてくれない?」
「い、いいですけど。なんの話ですか?あとあなた誰ですか?」
「話は、7年前の事件についてなんだけど」
え、7年前の事件?って、俺の親が死んだあの事件か?
なぜそんなことを…と考えている間にその女は話を続けた。
「私が誰か。その答えは、君と同じよ」
は?ちょっと何を言っているのかわからなかった。
「まだ知るべきではないのよ」
なんだこいつ…と思ったけれどその女はすぐに立ち去ってしまった。
その女のことはどうしても気になったが、もうすぐチャイムがなるので仕方なく、急ぎ足で俺はすぐに教室へ向かった。
席につき、あーだこーだしていたら授業が始まった。
脳裏にあの女のことがこびりつき、全くといっていいほど授業が頭に入ってこなかった。
7年前の事件…本当にほとんど覚えていない。どうやら死体をみた時のショックで記憶が一部飛んだらしい。その死体はお父さんだった。顔が、いや全身がゾンビのように青ざめていて床に倒れ込んでいた。それだけは覚えている。
キーンコーンカーンコーン、と授業終わりのチャイムが鳴った。
「これからはお弁当を各自で食べてくださーい」と先生が言った。どうやらいつの間にか4時間目が終わっていたらしい。もう弁当の時間か。と思い教室のドアを開け廊下へ出ると、竜胆がそこで待っていた。
「今日も一緒に弁当食おうぜー」
俺は毎日、竜胆と幼馴染の神崎咲と弁当を食べている。なので今日も一緒に弁当を食べることにした。
神崎は多分屋上にいるだろう。あいつはいつも屋上で1人で弁当を食べている。どうやら群れるのが嫌いらしいから、周りからは嫌われていると思う。神崎は[一匹狼]と呼ばれている。なんでも1人でこなしてしまうからだ。学力、運動能力ではうちの学校でもトップクラスだ。何をしたらあんな人間になるのだろうか。そう思いながら階段を上り、屋上のドアを開けた。
そこにはやはり神崎が…あれ?神崎がいない。
「珍しいな、神崎が屋上にいないなんて」
竜胆がそういった。本当にそうだ。いつもはいるのに…
「何かあったのかな」
不穏な空気が漂った。
その空気をぶっ壊すように、竜胆が
「新しい友達でもできたんじゃね?今日は2人で食おうぜ!」
といった。こういう時の竜胆は本当に頼りになる。竜胆はいつも前向きだから、こいつといるとネガティブな気分になることはない。
小さい頃からそうだった。俺と竜胆は家が近く、保育園からずっと仲が良かった。いわゆる[親友]というやつだ。そういえば、竜胆も7年前の事件を知っているんだよな。俺と一緒に玄関前の死体を見つけてすぐに通報したんだった。こいつなら何か知っているだろうか?
「なあ、竜胆。7年前の事件、覚えてるか?」
「ん、黒亜のご両親が亡くなった事件だろ?お前も災難だったなあ。急にどうしたんだ?」
「実は…」
俺は弁当を食いながら、今日起きたことをそのまま竜胆に伝えた。謎の女が俺を呼び止めたこと、7年前の事件のことで話があると言われ、放課後に校舎裏へこい。と呼び出されたことなどなど。
竜胆は明るい顔で「じゃあ、俺も一緒に行くよ!何かあったら困るからな!」といった。
そこでキーンコーンカーンコーン、と弁当時間終了のチャイムが鳴った。「ありがとう」と言って竜胆と別れ、すぐに教室へ戻った。
5、6時間目も適当に授業を受け、すぐに全ての授業が終わった。
竜胆の教室へ行き、「行くぞ、竜胆。」といった。竜胆は「よし、行こう」と言って、カバンを背負って校舎裏へ向かった。
校舎裏へ行く途中、竜胆と7年前の事件について語った。
「そういえば、7年前の事件ちょっとおかしかったよなー」
「え、何がだ?」
「何がって、そりゃ死因だよ。」
死因?全く覚えていない。何が変だったのだろうか。
「まあ覚えていなくても無理はないかー。当時は小3だったしな。」
「ああ、で、死因の何がおかしかったんだ?」
「ほら、死体がえげつないほど青ざめていたのは覚えてるだろ?でも死因は、刺殺だったんだ。」
「…は?刺殺?そんなわけないだろ!血は全く出ていなかったんだぞ?」
「俺もよくわかんないけどさー、俺の父さんがそう言ってたんだって。血は出ていなかったんだけど首の後ろの方に小さな刺された跡があったらしいんだよ。不思議だよなあ。」
「父さん?あー、そういえばお前の父さんの竜胆修二さんは警察だったな。捜査にあたったのはお前の父さんだったのか。」
「そうそう、白亜の父さんも警察だったよな。かなりのエリートだったらしいじゃん。」
そうだった、俺の父さんは警察だった。いくつもの事件を解決していて、死ぬ直前までなにかの調査をしていたらしい。調査の内容は…忘れてしまった。よく話されていたからいつか思い出すかもしれない。
と、そんなことを思いながら道を曲がり、校舎裏に着いた。
「…え?」そこには…青ざめた死体があった。
7年前の事件と同じように、これでもかというほどに青ざめて倒れ込んでいる。誰だこれと思い顔を覗くとそこには…神崎がいた。嘘だと思った。嘘であってほしかった。
「お、おい…、なんの冗談だよ…」と竜胆。
俺も何がなんだかわからなかった。とりあえず通報しなくては…、と思ったその瞬間、後ろから甲高い声が聞こえた。
「きゃあああああああああああああ、ひ、人殺し!!!」
「ち、ちがうっ」という間もなく、その女は逃げていった。
俺はその場で、膝から転げ落ちた。竜胆も唖然としていた。[神崎が死んだ]というその事実は、俺たちの心を酷く傷つけるものに違いなかった。「と、とりあえず通報しよう…」と竜胆がいったので、俺は無言でスマホを取り出し、110番をした。
警察はすぐに来た。その警察は、修二さんだった。その人に起きたこと全てを話した。「それは、大変だったね。事情聴取は明日するから、今日のところはもう帰りなさい」と言われたので、竜胆と一緒に言われた通り帰った。
俺たちは帰り道、鮮やかに火照る夕焼けをみた。
その日の夕焼けは、血を吸ったように赤く、空まで赤く染まっていた。