九話 疑問・尋問・後始末
運転手の応急処置を終え、その辺の乗客の中から詳しそうな者を見繕って補助につかせた後、グレイルたちは一人気絶したままになっていた列車ジャック犯の男を尋問することにした。
列車を襲った目的や、他の仲間についてなど、確認しておくことはいくつもある。列車の後部、貨物車にあったロープで厳重に縛った後、グレイルは男を起こした。
「おい、起きろこのやろー。ちっとオハナシしようぜ」
「くそ……どうせ殺すならひと思いにやれ!」
「うるせぇよ。質問にだけ答えろ」
グレイルは床の上の縛られた男を蹴っ飛ばした。クリエムハルトがそれをさらに踏みつけにし、底冷えする声で尋ねる。
「おい、他に仲間は?」
「仲間はもう、いない。まさか全員やられるなんて……」
「それにしたってお前ら、どういうつもりで爆弾なんか仕掛けやがったんだよ。自分たちは助かるつもりだったのか?」
グレイルは当然の疑問を突きつけた。危うく大事故を起こすところだったのだ、彼らの中にも犠牲が出ていたっておかしくなかった。
「……王子を殺すのが目的だった。爆発させて列車を横転させれば、死ぬかと……。死ななくても這い出てきたところを殺るつもりだったんだよぉ! 王都は厳重すぎて無理だからな。こんな僻地の、しかも列車なんていうセキュリティの甘い乗り物だからやれたことさ」
「何が僻地だ! 殺すぞ貴様!」
「いやー、ここは僻地だろー」
「何だと!? ジジイ、このっ、離せーっ!」
男の言葉に激高して暴れるクリエムハルトを押さえつけながら、グレイルは真顔で列車ジャック犯に同意した。荒れ果てて無人の旧王都が僻地でなくて何なのだ。あれが国の中心だとしたら、そこはとっくの昔に滅んでいる。
言うことを言ってすっかり反抗する気力もなくしてしまった男を見下ろして、アイスシュークが重い口を開いた。
「……この男、どうするんですか?」
「どうするって言われても。とりあえずこのまま列車で王都に連れてって騎士団なりなんなりに任せようぜ。俺らがどーこーできるやつじゃねーだろ」
「えっ」
アイスシュークは思わずそう声に出してから両手で口を押さえた。
(さっきまで列車の窓から捨ててたのに……)
まるで他人事のように真っ当なことを言い出すグレイルにアイスシュークはちょっぴり呆れていた。一方、殺されかけたクリエムハルトはもっと直接的だ。
「さっさと殺せ、こんな奴!」
むしろ自分が手を下しそうな程の怒りを見せるクリエムハルトを、グレイルはからかうように鼻で笑った。
「いやぁ、一人ぐらいは生かしておかねえと、こいつらが何考えてっかわかんねえしな。先の先まで読んで行動しなきゃならんのだよ、わかるか、ボク?」
「!!!!!」
小さいオウジサマは当然怒り狂ったが、いかんせんリーチが足りない。魔力はすでになく、ならば肉弾戦でと手足をばたつかせるも、頭を抑えられては反撃も叶わない。
「グレイル! 貴っ様……!」
「お? やんのか?」
クリエムハルトの頬を人差し指でつんつんしながらバカにするグレイル。アイスシュークがこっそりと笑いをこぼしたのは、幸いにもクリエムハルトには見つからなかった。
やがて列車の乗務員がやってきて、片付けを始めた。クリエムハルトが彼らにテキパキと指示を出していく。列車ジャック犯の男はグレイルたちがいたような箱型の部屋がある客車に収められるようだ。
そしてクリエムハルトはふと思いついたように、グレイルを指して言った。
「コイツも空いた部屋へ案内して閉じ込めておけ。暴れると手がつけられん」
「うるせーよ。この権力のバーゲンセール野郎」
「……。もう俺様は疲れた。休ませてもらうぞ」
クリエムハルトは怒ったように口を開きかけ、しかし憎まれ口を叩くことなくグレイルに背を向けた。
グレイルとしてはこのワガママ王子の側を離れるつもりはなかった。それはクリエムハルトが命を狙われていること以前に、グレイル自身が元の世界に帰るためにはこの少年王子か重要な存在ではないかと思っていたためだ。
だが、深くため息をついて背をむけた、その様子があんまりにも疲れているように見えたので、グレイルは口論するのをやめておとなしく従うことにした。しかし、アイスシュークに警告をすることは忘れない。
「おい、水色の。アイツから目を離すなよ。何かあったら叫べよな。たぶん、近い客室に案内されるはずだ」
「は、はい。わかりました……」
そして旧王都を出発してから約五時間、グレイルは列車が駅に到着したのとほぼ同時に仮眠から目覚めていた。一人使っていた部屋を出て、クリエムハルトたちがいた隣の部屋のドアを開ける。
「おいこら、降りるぞチビ」
しかし、そこに二人はいなかった。
すでに降りてしまったかと、慌てたグレイルが列車を飛び出すと、そこには警棒を手にした制服姿の男たちが五人ほど、グレイルの方へ駆けつけてきた。
「おいちょっと待て、何だこの不思議展開!? 本当不思議だな!?」
男たちは手錠を手に、グレイルにジリジリと近寄る。だが、このまま捕まるわけにはいかない。グレイルは慌ててクリエムハルトの姿を探した。
「おい、カス! 水色くん? どこだ?」
そのオウジサマはちょうど通りがかるところだった。
彼とその付き人は別の車輌から出てきて、警備員の向こう側にグレイルに一瞥をくれると、完全に無視して出口方向へ歩き始める。
「ちょっと待て、おい、アイツの連れなんだ俺は。おいこら、お前なにしれっとしてんだよ、おい、こらあぁぁ!!」
「おとなしくしろ!」
警備員たちが各々グレイルに手を伸ばしてくる。
(ハメられた!!)
グレイルはそれを避けながら、心の中で盛大にクリエムハルトを罵った。