八話 列車での戦闘(二回目)
「くそっ、おまえ、何者だ!」
食堂車にいた男がその場に不似合いなロングソードを手に凄む。クリエムハルトの氷魔法によっていきなり仲間を吹っ飛ばされたジャック犯たちの顔には焦りがあった。
グレイルはその問いには答えず、近くにあった皿を運ぶカートを男に向かって蹴飛ばした。
「うおっ!?」
男が怯んだ隙に、グレイルは近くのテーブルからかっぱらったフォークをその男の手首に突き立てた。悲鳴が上がり、男の手から剣が落ちる。グレイルはその男をヒョイと窓から捨てた。
「うぎゃああああぁ〜〜!」
「あばよ」
流れていく悲鳴を背に、グレイルはまだ無傷の男二人に向かい構えを取った。
「貴様っ、よくも!」
「ふざけやがって!」
またしても仲間を失い激高した二人が襲いかかってきた。素手のグレイルに対し一人は棍棒を、もう一人は斧を手にしている。二対一ではあまりにも分が悪い。しかしグレイルは座席を上手く使って立ち回る。
「グレイルさん!」
アイスシュークが叫んだ。
「な、何か武器になる物を……」
「いや……必要、ないね!」
「ぐあっ!?」
グレイルは近くの席から熱々の料理の皿を拝借し、棍棒を持った男に投げつけた。客たちの悲鳴が上がる。
掴みかかろうとするもう一人には、客の手から奪った食べかけのチキンを突き刺し怯ませた。
「ギッ!?」
骨が刺さって動きの止まったそいつの顔面に拳を叩き込むと、その男は廊下に轟沈して動かなくなった。そこへ最初の一人が切り込んでくるが、グレイルはそれを体をひねって回避。敵の下半身にタックルしてそのまま持ち上げ、窓の外へ放り投げた。
「よし、片付いたな。おい水色、運転席に案内しろ」
「えっ、あっ、はい」
言われたアイスシュークは、食堂車の中を駆け抜けて先頭車両への扉に張り付き、窓を覗き込んで向こう側を確認し始めた。
「おいカス、お前も魔力回復したら援護しろ」
「フンッ、無理だな。せいぜいあと一度槍を出せるくらいだ」
「出せるんじゃねぇか。また俺にぶん回されてえのか?」
「チッ。……仕方がないな」
何だかんだ言って結局は従う姿勢を見せるクリエムハルト。グレイルは「コイツ、単純だよなあ」という感想を抱いた。どうせ協力するつもりなら、最初から素直になっていれば余計な敵を作ることもないというのに。
「この先、いません。行けます」
アイスシュークの言葉に従い、三等列車に進む三人。しかしそのとき、運転席から男たちが出てきた。四人組だ。
「おいこら、よくも列車乗っ取りやがって。メーワクなんだよ、オメーら。さっさとここから出て行けよ」
「な、なんだお前ら!」
「どこから来やがった? 後ろの客車にゃオレたちの仲間がいたはずだぜ」
男たちは立ちはだかったグレイルを見て狼狽え始めた。列車はどんどん減速していっている。彼らが列車に何か細工をしたことは確かだろう。
「さぁな。一足先に降りたんじゃねぇかぁ?」
「何だとテメェ!」
「おいカス、お見舞いしてやれ」
「お前っ! その呼び名、本当にどうにかしろ……“氷の槍”!」
「ぐおえっ…」
クリエムハルトの魔法は的確に急所を捉え、男は血を吐きながら倒れた。
「ひっ!」
「やべぇ……!」
「あ、相手はガキとジジイだ、怯むな! やれ!」
「誰がジジイだぁぁ!」
とびかかってきた男を、その勢いを利用して盛大に巴投げ。男は後ろの壁にぶち当たってそのままズルズルと崩れ落ちた。グレイルは第二、第三の男も投げ飛ばし、窓の外に放り捨てる。
「くそがぁっ!」
「おい、何事だ。早く逃げないと……」
「あっ、あれは……!」
運転席から新たに一人、列車ジャック犯の男が出てきた。その開けられた扉の隙間から見えた物に、瞬間、アイスシュークは悲鳴を上げていた。
「ば、爆弾っ!!」
「なにぃ、爆弾?」
「は、はい。魔力爆弾です。もう、カウントダウンが始まっているみたいです……」
アイスシュークの言葉にグレイルは叫んだ。魔力爆弾という代物については何もわからないが、周囲の反応を見るに現実の爆弾と大差ないようだ。グレイルは列車ジャック犯を振り返った。
その男は仲間がやられているのを見てとると、逃げようとしてか手近な窓へと駆け寄っていく。
「逃がすかよ!」
「くそっ」
グレイルは男の襟首をひっつかみ、側頭部に三発ほど拳をお見舞いした。
「おい、爆弾止めろ!」
「へ、へへへ……」
男は力なく笑うとグッタリし、体ごと意識を投げ出した。目の焦点もうつろで、これでは爆弾の処理方法を聞き出せそうにない。
「ど、どうしましょう」
「決まってる、さっさと投げ捨てろ!」
爆弾の入ったカバンを抱えてオドオドしているばかりのアイスシュークに向かって、グレイルは叫んだ。クリエムハルトが命令する。しかし、ひ弱な少年は大きなカバンを持ち上げるだけで精いっぱいだ。
「ったく。貸せ。これで投げちまえばいいだろ」
「あっ」
グレイルは前後不覚になっている列車ジャック犯の一人に爆弾の入ったカバンを抱かせた。そうして爆弾ごと窓の外に投げ捨てようとしたところを、クリエムハルトが引き留めた。
「よせ、グレイル。今投げ捨てたらこの列車に被害が出る。この中途半端な速度を普通に戻してから、カーブのタイミングで捨てるんだ」
「ったく、偉そうに命令すんな」
そう言いながらもグレイルは運転席に入り込み、ざっと様子を見回した。敵はいない。コントロール盤にうつ伏せになっていた瀕死の運転手を抱き起こし、シートにもたせかける。
「おい、死ぬなよ。なあ、これを戻せばいいのか?」
「あ、ああ、それだ……」
「おい、水色の。救急箱とかないのか」
「え、あ、取ってきます!」
アイスシュークが別の車両へ移ったとほぼ同時、クリエムハルトがグレイルに向かって合図をした。ちょうどカーブのきつい部分に差し掛かっており、速度もまずまず。タイミングは抜群だった。
「そんじゃ、あ〜ばよっと!」
「うわぁぁぁあ」
男の悲鳴が尾を引いて去っていき、やがて小さく爆発音が聞こえた。
「それにしても、ためらいがねぇなぁ。ガキンチョのくせに」
「フン、やりたくてやってるわけじゃない」
「じゃーどうしてこうやって付き合ってくれてるんだよ?」
「……こういうことが珍しくない環境だという、ただ、それだけだ。でなきゃ普通、王子がこんな場所にひとりでなんていないだろ」
「ふぅん」
スッと表情をなくしたクリエムハルトに、グレイルはそれ以上何も言わなかった。