七話 列車ジャック!
グレイルはナイフをテーブルの上に投げ、両手で少年王子の首を絞め始めた。
「最初は俺を暗殺者と勘違いして殺そうとしておきながら、今度はどうせ皆死ぬんだとか、言ってることがめちゃくちゃだよなあ……そー思わねえか? あん?」
「うぐっ……! 貴様、俺様に手を上げて、元の世界に戻りたくないのか!?」
必死で抵抗するクリエムハルトに、鼻先がつくほど顔を近づけてグレイルは嗤った。
「おいおい……死ぬのがくだらないんだったら何で抵抗するんだよ? このまま黙って俺に殺されちまえよ? くだらねえから」
「お前らと! 俺様の命じゃ、価値が、違うっ!」
「ははっ、価値? 本当にお前にそんな価値があるのかよ。それなら俺が確かめてやる。おい水色、コイツどうする? ここで殺しちまうか?」
「貴、様っ! 何を……っ!」
「従わせるより慕わせろってな。オメーの日頃の行ないを見てるんだよ。救う価値があるかどうかはアイツが決める。ずっと虐げてきてたとしたら、見放されても文句は言えねえだろ? どうだ?」
「くっ……あ……」
「僕は……ど、どうしたら……」
アイスシュークは青褪めた顔で、グレイルはとクリエムハルトを交互に見ていた。片や異世界からやってきた見知らぬ四十過ぎの男、片や主人でありこの国の王子でもある年下の少年だ。
そのクリエムハルトは細い首を男の両手で締め上げられ、体を突っ張らせ宙を足掻きながら息をすることに必死である。
アイスシュークが「助けて」と言えば王子は助かり、「殺して」と言えば死ぬだろう。そんな選択を前にして、アイスシュークは戸惑い、そして、どちらを選ぶことなく逃げ出してしまった。
「あーあ、逃げちゃった。どーすんだ? オメーは助けてもらえなかったんだぜ? 殺し屋から助けてもらえなくって、このまま死ぬしかないんじゃないかなあ?」
「かひゅっ…!」
「ん~、でもまぁ、あの水色と国民に『奴隷扱いして御免なさい』って謝るってんならこの手を放してやってもいいけど……」
アイスシュークを利用して説教してやろうという試みに見事失敗したグレイルは、何とか別の方面からクリエムハルトの意識に揺さぶりをかけたい。
絞め殺してやろうというのは、もちろん本気ではない。クリエムハルトの答えがどうだろうと、離してやるつもりではあった。だが、この未熟児みたいななりをして化石のように頑固なオウジサマは、この期に及んで頷こうとはしないのだ。
呆れたグレイルがさらなる脅しをかけようとしたそのとき、列車が急ブレーキかけて減速した。その拍子にグレイルの手から逃れたクリエムハルトは、咳き込みながら部屋の外への脱出を試みた。
「おいこら、逃げんなよ」
「うぐっ! は、離せ!」
グレイルはクリエムハルトの襟首を掴んで引き寄せると、ひょいと小脇に抱きかかえた。そして様子を確かめようと廊下に出たタイミングで、血相を変えたアイスシュークが走ってくるのに出くわしたのだった。
「あ、あのっ! 大変ですっ、列車が乗っ取られてます!」
アイスシュークは息を切らせながらグレイルたちに急を告げた。
「お、男たちが、先頭車両で暴れてます!」
「どんな奴がどれくらいいた? 見たんだろ?」
「あ、えと……十人くらい。屈強な男たちばっかりでした。彼らは運転士を襲ったんです!」
「ふぅん」
先程の男たちと同じ奴らなのか、それとも別口か。
グレイルはひとまず、アイスシュークからもたらされた相手の人数と風体の情報を頭に刻み込んだ。
「おい、ジジイ。お前行って何とかしてこい」
「オメーも一緒に行くんだよ。それから水色、お前もついてこい」
「俺様を危険にさらそうなんていい度胸だな!」
「無理です! 後ろの貨物車から車を出して逃げましょう!」
グレイルの言葉に、クリエムハルトとアイスシュークが同時に叫ぶ。
「うるせー、同時に叫ぶな。そもそもこの列車じゃなきゃ王都にゃ行けないんだろうが。そいつらさっさと倒しちまうぞ!」
「そ、そんな……」
強行突破を決めたグレイルに対し、アイスシュークは哀れみを誘う声を上げた。とはいえ、戦闘能力のないこの少年の出番なぞ回っては来ないのだが。
一方、グレイルに抱えられたままのクリエムハルトは、こんな事態になってもツンとした澄まし顔で、まるで他人事のように振る舞っている。
「おい、なに他人事みてーな面してやがるんだよ、このカス王子」
「口を慎め、野蛮人! 勝手にしろと言ってるんだ、俺様は協力しないぞ」
「だから、オメーの魔術も使うんだよ、話聞いてたか? 撃つんだよ、あの、アイスランスとかってのをよ!」
「俺様には関係ない!」
列車の客室前で言い合う二人。
だが当然、クリエムハルトが無関係のはずがなかった。
「あの、あいつらは……殿下を、探していたみたいです」
「なっ」
「やっぱりな。さっきの三人は、タイミングがずれたのか、それとも別の一味かもしれないな」
「それから、前の乗客から順番に金目のものを集めていました」
「ふぅん。あんま余裕ねぇな。じゃあ、行くぞ。全員投げ落としちまおうぜ」
「……お前がどうやって切り抜けるか、楽しみだよ」
クリエルハルトは嗤うが、実際には魔力の消費が激しいため、グレイルが頼みの綱なのである。素直になれないオウジサマだった。
(盾にされちゃうんじゃ……?)
(盾にするか……)
そして奇しくもアイスシュークの予想とグレイルの心の内は一致する。
そういうわけで、グレイルはクリエムハルトを抱えたまま、先頭車両にいるという暴漢目指し列車の廊下を走り出す。
「下ろせ! 下ろせよ!」
「馬鹿、黙ってろ!」
クリエムハルトが叫んでも今さら遅い。グレイルは食堂車に接続する扉を引き開けた。
「“氷の槍”!」
その瞬間、クリエムハルトの左手から飛び出た氷の塊が、顔を隠した男たち二人に突き刺さり薙ぎ倒す。
「チッ、魔力が薄い! もう乱発できないぞ!」
「なら仕方ない」
グレイルはクリエムハルトを後ろにいたアイスシュークに向かって放り投げ、目の前の相手に集中した。残りは三人、油断はできない。